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昨日の続きです。
あれから5,6年くらいは経った頃でしょうか。。。
その頃知り合った人が占星術にとても詳しい方で、その方とお話していると
たびたび、占星術のお話が出てきたりしていました。
当の私はその頃、「13の月の暦」にとても関心があったので、あまり
占星術に関して深く知りたいという気持ちは出てこなかったのですが、
お話を聞いているうちに、占星術というものは、真面目にお勉強をすれば
すごそうだな。。。と本当に思ったし、これはやはり「占い」ではなく
本当は、「宇宙の真理」を探究するためのツールのひとつなのだなぁ。。。
・・・と、そんなことを思ったりしました。
同じころ、その「13の月の暦」を深めたくて、月に一度くらいのペースで
その勉強会に通っていました。
その時、「13の月の暦とカバラ」というテーマでお話を進める会があり、
私はそこで、カバラの魅力にすっかりとりつかれたのでした。
それまではカバラって、いまひとつピンと来ていませんでした。
ネットでいろいろ見ても、当時、そういうところに出てくるカバラは大体が
「黄金の夜明け団」系のカバラで、ということはどちらかというと
クリスチャン・カバラの色が強く。。。
しかも、魔術とリンクしていくようなお話が多かったように思えます。
そういうのは、私にはあまりピンとこなかったんですね。。。
けれども、暦の勉強会で出会ったカバラは正統ユダヤ系のカバラで、
しかも、カバラの叡智をどのようにして日々の生活に反映させていくか。。。
というような、、、そんなあり方がとても気に入って、、、
私はそれから、その時ゲストでいらっしゃっていた先生のカバラ教室に
通うことにしたのでした。
そのカバラ教室でたまたま隣の席に座り、たまたまお話もあい、
なんとなく気があうなぁ。。。と思った人が、プロの占星術師の方でした。
そう言えば彼女は、太陽が蟹座で、月が射手座の方でした。。。
彼女は、「13の月の暦」については否定的な人だったな。。。
カバラの勉強が一通り終わったあと、彼女と一度だけふたりでランチを
したことがあったのだけど、彼女は私のホロスコープを見て(多分)
こんなことを言っていました。
「大学に行って、ちゃんとした資格をとりなさい。」
「あなたとわたしの縁は、そう長くは続かない。
でも、悪い縁ではない。悪い縁だったら、私はここには来なかった。」
そういうことをいきなり言われた時は、、、
正直、あまりいい気分にはならなかったです(苦笑)
その時思ったのは、、、
もし私がこの先、占星術を学んだとしても、私は絶対に占い師にはならない。。。
・・・と、そういうことでした。
占星術というツールは、、、
自分で学んで、自分で使いこなしていくものだというのが、
私のポリシーになりました。。。
他人の人生に介入するということは、、、
本当に、、、とても責任の重いことですしね。。。
でも占星術ってね、、、本当にすごいんですよ。。。
それを知れば知るほど、このツールのすごさが解り、、、
だから多くの占い師さん、、、経験を積んだ人ほど、ホロスコープ依存は
強くなる。。。
ただね。。。
占いもそうだし、宗教もそうだけれども、、、
私が一番イヤなのは、自分がそれに「依存」してしまうことなのです。。。
そういうことを、私は深いところでいつも危惧しています。。。
ですので、占星術は本当に素晴らしいツールだと思ってはいたのですが、
なんとなくそれ以上、近づくことを避けていました。
それからまた数年後。。。
アロマを通して再び、占星術と接触する機会を持ちました。
「ハーバル・アストロロジー」というものと出会ったのです。
日本では「アロマ占星術」とも呼ばれたりしていますが、そのルーツは
「医療占星術」です。
ホロスコープを見ながら、その人の病気を見つけ、それにあう薬も
ホロスコープを見ながら、探していくのです。
日本では、医療にそういったものは使えませんから、ハーバル・アストロロジーは
それをもう少しアレンジして、アロマテラピーに応用していくものです。
私はその時、シンプルに、星のエネルギーと植物のエネルギーがどのように
共鳴しているのか。。。
それを知りたかったのです。
そして、ホロスコープから精油を選び出し、自分にぴったりの香水などを
作れたら楽しいな。。。と。。。
私がそれを学びだした動機というものは、そんな感じでした。
けれども、そこで占星術の基礎から学んでいくうちに、、、
多分、先生の教え方が面白かったからなのかもしれませんが、なんだか
ものすごく占星術を深く知りたくなってきて、とうとう私は
そこでやっと、重い腰を持ちあげることとなったのでした。
勉強、、、と言っても、占星術に関しては、私にはそこまで真剣さが
ありませんので、何年経っても、細かいこととかはよく解りません。
そして、未だに相性占いや運勢占いは嫌いなままですが、、、
心理占星術とか医療占星術は、とても面白く感じていたりします。。。
また、占星術というものは、、、
今でこそ楽にホロスコープを作成できるようになりましたので、
理数系の人でなくても、そこに手を出せるようになりましたが、、、
本来は絶対!理数系の人向けのツールだと感じています。
女性より男性向け。。。というイメージ。
パズルを解いていくイメージ。。。とでも言うのかな。
私自身は、どう考えても自分は理数系ではありませんので、おそらく
本当はそういうの、向いてはいないのだろうと自分では思っています。
途中でめんどくさくなってしまうのです(苦笑)
でもなんて言うのでしょうね。。。
自分がその対象物から感じとった印象、イメージ。。。
こうなんじゃないかなぁ。。。と、漠然と感じたもの。。。
それが人でもモノでも。。。
そういったものが、あとからホロスコープを開いてみた時に、
そこに見事に表れていたりするのを確認できたりすると、
なんだか嬉しいのです。
自分がうまく言葉に出来なかったものが、「占星術用語」を借りると
結構簡単に説明出来てしまったりする。。。
そこが何とも言えず、心地よい部分だったりします。
正直言うと、便利なのです。。。
こうして、ここまでの流れを振り返ってみても、、、
私が占星術と関わるということは、必然だったのだなぁ。。。とも
思っています。
ただ、、、
ある時から少し気になっていたことがありました。。。
それは、自分が何かを見る時、まず占星術というツールを通して
物を見てしまうことが、以前よりも増えてしまっていたことでした。
自分自身で「感じてみる」前に。。。
占星術って、、、いわば、「知識」です。。。
その中には、「経験智」も含まれているけれども。。。
そして、それを喜ぶのは、、、マインドなんです。。。
ハートを通せば、占星術の知識を借りなくても、ちゃんと見えるはずなのです。
本来は。。。
そのハートよりも、マインドが前にしゃしゃり出てしまう場面がね。。。
占星術を学ぶことで、ちょっと増えてしまったような気もして。。。
ですのでもう、ずいぶん前からハートは、、、
「占星術を手放して!!」
・・・と訴えてきているのですけれども、その魅力に取りつかれてしまった
マインドが、それをなかなか手放そうとしてくれないのです。。。
私は歌って踊っていられれば、それで十分なはずなのにね。。。
欲ばりなんだなぁ。。。マインドは。。。
まとまりないですが、、、
自分自身がまとまっていないので、ここまでで。。。

ベリネシアンを始めてから、フラダンスにも興味が出てきたりして。。。
今はなんだか、ものすごくハワイ島に行きたい気分です(笑)
私がフラダンスと出会ったのは、ベリーダンスと出会うよりも
ずっとずっと前でした。
それはスポーツジムでだったのですが、その時私はフラには
まったく興味が持てませんでした。
同じようにジムでのベリーダンスにも、その時は関心を持ちませんでした。
バレエのことでいろいろ葛藤があった頃、娘のバレエ仲間のママ達に、
「Lyricaさんはベリーダンスが似合いそう。」と言われたことが
キッカケで私はベリーを始めたのですが、今思うとそれもちょっと面白いなぁ。。。
と思います。
普段の私だったら、いくら他の人が良いよと言っても、自分がそれに
関心がなければ、絶対に動かないからです。
みんなが面白いっていうから、私もやってみようかしら?
・・・という女性的な部分が、私にはあんまりないんです。
そういうとこ、男っぽいんだろうなぁ、私。。。と、自分では思っています。
ですから、いくらママ友に「あなたはベリーが似合いそう。」と言われても、
その時の私はバレエをやりたかったのですから、いつもだったら、
自分が関心を持っていなかったベリーなんて、多分やらなかったはずなのです。
でもその時はなぜか、他人の意見がスッと自分の中に入ってきたのですよね。。。
そういうタイミングもまた、不思議だなぁ。。。と思います。
特に女性に多いと思うのですが、、、
なんでもかんでも我慢して相手に合わせることが、「相手を受け入れること」
だと勘違いしてしまいがちなところ、ありますよね。。。
でも私はそれは、「受け入れること」ではなく「自己犠牲」だと思っています。
相手を受け入れる。。。
・・・ということは、誰かの思いを批判・判断することなしに、
そのままの形で、ただ「聴くこと」だと私は思っています。
「hear」ではなく「listen」です。。。
「聞く」ではなく「聴く」。。。
私は、、、
誰かに「アドバイスをする」「教える」ということは好きではないので、
そういうことはほとんどしませんが、もし唯一伝えるのだとしたら、
言えることはたったひとつで、、、
「自分自身のハートの声、エゴではなくてハートの声を聴いてね。」
・・・ということくらいです。
あとは、ただ、相手の話をひたすら聴くだけです。。。
ただ、、、
聴くというのも、むやみに同意ばかりすることとも違います。
自分の思いは自分の思いとして、率直に、嘘偽りなくそれを
相手にはしっかり伝えます。
でもね、、、
私自身が勘違いして、落とし穴に落ちてしまっていた頃は、、、
常にそれを「断定型」で話してしまうことが多かったなぁ。。。と、
思っていて、、、
今ではまた、昔に戻って、「私はそう感じる」とか「~~と思う」という
表現を意識的に使うようにしています。
「傲慢」というエゴは捨てて。。。
だってそれは。。。
「唯一の真実」なのではなく、私というフィルターを通した、
ひとつの「印象」または「解釈」に過ぎないのですからね。。。
そして、私の想いを相手がどのように受け止め、どのように
解釈するのかということは、その人に委ねます。。。
でもこういうことって、ふと無意識になった時って忘れがちです。。。
リアルの中でこれを実践していくことって、、、なかなか難しくて、
私もついつい、失敗することはよくあります(苦笑)
また、こうやって言葉で書くと、こんなに小難しくなってしまいますが、、、
実はこれ、相手とのエネルギーの循環のことを言っているだけです。。。
お互いのエネルギーがその間で綺麗に循環している時って、、、
感じますよね。深いところで。
「あぁ、気持ちがいい。。。」
・・・って。
その「心地よさ」が大事なのだと私は思っていて、、、
それを感じるのに、本当は表面的な言葉というものは、あまり関係ない。。。
相手が自分をガッチリガードしている時なんて、即解りますよ。。。
こちらが投げたボールを、相手はキャッチしようとしないどころか、
自分の前に分厚い壁を創ってしまいますから、エネルギーはまったく
循環しません。
こちらがそのボールを強く投げれば投げるほど、、、
それは跳ね返ってきて、自分にぶつかって、痛い。。。
そういう時は投げないに限るけど。。。
せっかく自分以外の人といるのに、そこにあの心地よさを感じられないのって、
ちょっと寂しい。。。と、私はいつも思ってしまいます。。。
だから私は、、、
出来るだけその壁を、自分の前に創らないようにしているのです。。。
できるだけ、ハートをオープンにしておくように努力しています。。。
相手のためにも。。。
そして、自分自身のためにも。。。
そうすると、傷つくことも増えるけど、、、
そこで負けてはいけないのだと、自分自身に言い聞かせながら。。。
壁を創ってしまうのは、、、怖いからなのですよね。。。
自分を開いていくことが。。。
なぜ怖いのかというと、、、なぜ迷うのかというと、、、
それは、、、自分自身のことをまだまだ知らないからです。
昔、、、
私もたくさん迷っていた頃、レイオルトという存在がこんなことを
言っていました。
「私は何でも知っているよ。
知っているから、そこに迷いが入る余地はないのです。」
・・・と。
あれは今にして思うと。。。
自分のハートからの声だったのかもしれません。。。
ソニアのこの、「清楚さ」が好きです。。。
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父の映画コレクションの中から、いろいろと観たりしていますが、
今週はなぜか、オーメンシリーズを観てしまいました。
父の遺した映画リストを見ていたら、それがなんとなく目についたので、
なんとなく観てみたのですが、期待していなかったわりには結構
面白く、結局連日見続けて、今日で三部作をすべて観終わりました。
父ったら、オーメン三部作だけでなく、オーメン4まで持ってて(笑)
それもそのうち、観ようかな。
『オーメン』って、当時とっても話題になった映画ではありましたが、
私は全然興味がなくて、実は詳しい内容はほとんど知りませんでした。
小さいダミアン(デミアンって聞こえるのだけど)が、三輪車で暴走するシーンと、
最後に振り返ってニッコリ笑うシーンだけはなんとなく記憶にありましたが、
それ以外はさっぱりでした。
ただ、高校時代。。。
そこはミッション・スクールだったので、中にはクリスチャンの子も
いたのですが、その子に『オーメン』の映画のこととか、あとは聖書の
黙示録の話を熱く語られた記憶があり。。。
彼女は完全に、「悪魔」の存在を信じきっていて。。。
本当に怖いんだよ~、こんな怖いこともあったんだよ~みたいなことを
いろいろ訴えてきていたような気がしますが。。。
私はどうしてもそこに入り込めずに。。。
彼女の話の詳細は、今ではすっかり忘れてしまっています。。。
でもその時聖書は持っていたので、黙示録の中に、あの言葉を
探してみたことは覚えています。
ここに知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。
その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は666である。
(13章18節)
当時はそれを読んでも、「???」でしたけど(笑)
『オーメン』の中では、それが思いきり「悪魔の印」として扱われていましたが、
実際はそんな単純なものではないですよねぇ。。。
でも学生の頃は、、、
聖書には本当に「666」のことが書いてあったし、、、
しかも、終末予言の書と言われている黙示録にそんなことが書いてあったので、
普段そんなことは全く信じていない私でもなんとなく、、、
「666」というのは、あまりよくない数字なんだなぁ。。。と、
そう思うようになってしまっていたりもしたような。。。
ちょっと調べてみたら、昔から多くの人達が、この数字に対して
様々な解釈を唱えてきていたのだ。。。ということを知りました。

今の私にとって「6」という数字は、「愛」とか「美」の象徴。。。
でももし、悪魔教信者の人とか、オーメンに出てくるようなキリスト教の
信じ方をしている人達の前でそんなことを言ったら、私もきっと、
悪魔教の人だと思われてしまいそう(苦笑)
もっとひどければ、魔女狩りでつかまって火あぶりとか。。。
オーメンの映画が創られた頃とは時代も変わり。。。
ヴァチカンですら、いろいろ様変わりしたように見える今では、
大丈夫だと思うけど。。。多分。
オーメンに出てくるような「悪魔」は、、、
キリスト教信者の中にしか存在しないと思っています。。。
だから結局、「悪魔崇拝」をするような人達というのは、
これまで教会が伝えてきたような聖書解釈や教えというものが、本当のこと
なのだと信じる気持ちが、自分でも気づいていないような深い無意識の中に
ある人達なのでしょうね。
聖書の神を信じていなければ、悪魔の存在も信じられないはずですから。
ここもまた、パラドックスですね。
そしてまた、、、
民族的なジェネティック・マインドの違い。。。というかなんというか。
ああいった映画、、、
たとえば『エクソシスト』なんかもそうですが、キリスト教的な恐怖映画は、
私たち日本人がその本当の怖さを感じることって、なかなか難しいのかも
しれませんね。
聖書の内容を、ほとんど知らないのですから。。。
映画を観ていて思ったのは、、、
たとえダミアンが悪魔の子かもしれないと思っても。。。
何年も我が子と思って大切に育ててきた子に、短剣を突きつけられたり
できるものなのだろうか?ということで。。。
私が息子を出産した時、看護婦さんの手違いで子供の取り違いが起きてしまって、、、
一晩だけ、違うお家の赤ちゃんを育ててしまった経験があるのだけれども。。。
それはたった一晩だけのことでしたが、その、自分の子じゃない子に対して、
何とも言えない感情?感覚?がわいてしまって、、、
それから退院するまでのしばらくの間、夜などに隣の部屋からその子の泣き声が
聞こえてくるたびに、胸が落ちつかなくなるような。。。
そんな複雑な心境を体験したことがありました。
あれって、理屈じゃないんですよね。
ですから、我が子が実は悪魔だったと解った時でも、、、
私だったら多分、殺せないな。。。とね。
でもそういった自然な感情を妨げてしまうものが時に、、、
「教え」や、それを信じきってしまうピュアな「信仰心」だったり、、、
あとは、「正義感」だったりしてしまうこともあるのでしょうね。。。
勧善懲悪な世界。
シンプルと言えばシンプルだけど。
私たちはあれから少し進化して、、、
もう少し物事を深く考えるようになったような気がします。。。
現代人が創ったら。。。
オーメンも、もうちょっと違う物語になりそうな。。。

約2年ぶりにダンスを再開した時は、ゆったりとしたスピリチュアル
ベリーダンスのクラスから始めましたが、復活一回目のレッスンの時は
終わったあとに腰が痛くなってしまって、びっくりするやら、情けないやら。。。
こんなにいろいろ落ちちゃってたんだぁ。。。と。
それなのに、一度踊りだしたらまた、ダンス熱があがってきてしまって、
徐々にレッスンの数を増やしていったのですが、私にとっては未知の世界であった
ベリネシアン・ダンスまで始めてしまって。
最初はそれがどんなダンスなのか解っていなかったのですが、
なぜだか妙に心惹かれてね。。。
先生に伺ったところ、それは、「ポリネシアンダンスとベリーダンスの融合で、
基本はポリネシアンです。」とのことでした。。。
始めてみてすぐ思ったのは、、、
「こ、、、これはキツイ(汗)」
・・・ということで(笑)
年齢的なことだけでなく、ブランクがあいて更に体力が落ちていたところに、
この動きはかなりハードだと。。。
そう感じました。。。
・・・が、身体はきつかったけど、ものすご~く楽しかったのです。
楽しかったらもう、あれこれ言ってないでやるしかない!
これが私のモットー(笑)
ですので、躊躇なく始めてしまったのですが、今はレッスンの度に、
毎回ゼイゼイしています^^;
けれども、人間って絶対に復活できるものなんですよ。
「私にはもう無理だ」と思った瞬間、自分自身でそこに限界を作りますから、
それは絶対にしないで、いつかはゼイゼイしなくなるだろうと、どこまでも
楽観的に(笑)
無理することなく、そして楽しく、、、
これからも、ただひたすら続けていこうと思っています。
ポリネシアンダンスと聞いて、私はまずフラダンスを思い浮かべたのですが、
よくよく調べてみたら、今踊っているのはフラというよりは、タヒチアンダンスの
要素が強いのだなぁということに、最近になってようやく気がつきました。
そして今やっている振付は、タヒチアンの中でも「オテア」という種類の踊りに、
ベリーダンスの動きが少しミックスされたもの。。。ということにも。。。
「オテア」って、タヒチアンの中でもハードな動きが多いみたいなので、、、
どうりで、ゼイゼイするわけですよねぇ(笑)
でも、大丈夫。楽しいから☆
この、ベリネシアンダンスを踊るようになってから、今まであまり
関心を向けていなかった南の島が、とっても気になるようになりました。
レッスンの時、波の音が聞こえる音楽なんて聞くと、、、
眩しい太陽の光がそこに本当に見えてくる感じがして、気分はまさにトロピカル。。。
そしてそういった時、、、
ものすごく癒されている自分に気づくのです。。。
あの気持ちよさを、現地で本当に体験したくなってくるの。。。
例えばチベット仏教に興味を持った時でさえも、チベットに行きたいと
思ったことはなかったし、ベリーダンスを始めた時も、エジプトやトルコに
すご~~く行きたい、、、という気持ちはあまり起きなかったのですが、、、
なぜか今回は、ハワイとかそういった、ポリネシアン地域に、
ものすごく行きたくなってきて。。。
それどころか、将来移住したい!って思ってしまうくらいで。。。
ハワイに行ったことはあるのですが、、、
その当時の私は、せっかくハワイに行ったのに、免税店めぐりばかりしてた(苦笑)
今にして思うと、なんてもったいない。
でも新婚旅行でニューカレドニアに行った時、、、
本当にのんびりしていて、時がゆったりと流れていく感じ。。。
心が解放されていく感覚。。。
そういった気持ちよさをものすごく感じたのは覚えていて、、、
今になって、、、
当時のあの感覚が鮮明に蘇ってきたのです。。。
南国の花々が、妙に美しく見えるし。。。
バレエや声楽、あとは西洋絵画などに集中したりすると、
無性にヨーロッパに行きたくなるのです。。。
フランス、ベルギー、イタリアなどなど。。。
もちろん今でも、ヨーロッパにも行きたいとは思っています。
でも。。。
もしかすると、みんな最後の最後には、なんにもないところで、、、
綺麗な砂浜の静かな海辺で、ただボーッと夕日を眺めていたくなったりするのかな。。。
私もね、、、
自分の人生の最後の一年をどこで過ごしたい?って聞かれたら。。。
もしかしたら、南の島って答えるかもしれない。。。
・・・なんてね。
この頃は思ったりしています。
最近、そんなことを考えていたのですが、そうしたら、今、久しぶりに
再読中の本、『心臓の暗号』という本の中の今日読んだ部分に、
とても興味深いことが書かれていました。
そのことについては、またいつか。。。
今日は40度を超えたところもあるのだそうですね。
私も日中外出して、暑い中帰ってきたら、さすがに少しクラクラしました。
昨日出掛けた時は、ちょうどお昼時だったのですが、工事現場などで
働く人達が、外でお昼休みをとっていてね。。。
そういった方々が道路の隅の木陰で横になって休んでいる姿を見ていたら、
なんだかものすごく可愛そうな気がしてきちゃって。。。
こんな猛暑の中、本当に大変だろうなぁ。。。と。
我慢大会みたいですよね。。。ホントに(涙)
だけど、ああいった方々がお昼休みに冷房の効いた快適な部屋で
休んでしまったりすると、その温度差で、逆に午後のお仕事の時に
具合が悪くなってしまったりするのですって。。。
なんだか。。。
日本人って、働き過ぎなような気がしてきちゃう(涙)
これって、気質なのでしょうけれども。。。日本人の。。。
世界中で、過労死と自殺者が一番多い国って、日本なんですってね。。。
あ、でも、今は中国が日本を抜いてトップだったかな。。。
過労死。。。
シエスタの習慣がある国とか、それこそ南国の人達みたいな、、、
あのくらいの仕事量にしたとしたら、日本の今の経済は破綻
しちゃうかもしれないけど。。。
どっちがいいのかなぁ?
どっちがいいですか?
一度手に入れてしまった便利さや快適さを手放すことって、、、
すごく難しいですよね。。。
でも、、、その代償が、心身症だったり過労死だったりするのだったら。。。
話は変わりますが、、、
ものすごい存在感と目力を持って踊るダンサー達がいて、、、
私はそれが素晴らしいなぁ。。。とずっと思っていたのですが、
そのダンサー達が、実はお酒の力を借りていることが解ってしまって、
「なぁ~んだ。」と思ってしまいました(苦笑)
お酒はダメ。。。と言っているのではないのだけど、、、
自力であそこにたどり着けていたのなら、本当に尊敬したのになぁ。。。と。
ヴォイトレの先生と、発表会前にお話していた時、冗談で、、、
「歌う前に一杯ひっかけたいところですよね。」
なんて言ったら先生が、「あ、でも、あまりに緊張してガチガチに
なっちゃってる人には、ちょっと飲んでくれば?とかいうことありますよ。」
なんておっしゃっていてね。
お酒には、たしかにそういう力、ありますよね。。。
昔私が好きだったあるミュージシャンが、実はあの時ドラッグをやっていた。。。
という事実を、あとになってから知って。。。
そのことが解った時私は、彼のあの時の異常さの理由が解り、
ものすごく納得したのですが、、、
・・・と同時に、ドラッグに手を出さなければそこを超えられなかった
彼の弱さに、腹が立つやら、同情心が湧くやらで。。。
ドラッグを使っている人って、、、見ていて、なんとなく解ります。。。
目が潤んでキラキラしていて、ちょっとの光でもとっても眩しがるの。。。
でもその目が、何とも言えないセクシーさというか。。。
普段と違う魅力みたいなものを醸し出していたりもして、、、
観ている人達を、いつも以上に魅了したりもするのですよね。。。
そういう時の彼らって、、、余計な思考も飛んでるしね。
私は、、、
そのミュージシャンに関しては、いろいろと知っていたので、
見ていて、彼のその異常さにはすぐに気づきました。
だから、魅力を感じるどころか「一体何があったんだろう?」と
心配しましたけれども、そこまでよく知らない相手であったら多分、
ドラッグに酔っているその姿を、それに気づかずに、、、
「いい感じだなぁ。。。」なんて思ってしまったかもしれません。
お酒とかドラッグの力を借りた方が、、、
たしかに、パフォーマンスが向上することってありますよね。。。
でも、、、
お酒はまぁしかたないとしても、ドラッグを使うことは、、、
絶対に良くないと、私はそう思っています。
特に文明社会の中で広く出回っているものは、古くからシャーマンたちが
使っていたような天然のドラッグとは全然違うから。。。
それは、普通の薬と同じように、その成分だけがギュッと濃縮されて
いたりするのでしょうから、、、そのリスクと言ったら半端ないのでしょうね。。。
だから、あんなものは、絶対に絶対に使わないに限ります。。。
そういったものの力を借りることなく、その境地に入っていける方法は、
他にあるんです。。。
それが。。。瞑想です。。。
瞑想を通して、どんな時でもスッとその境地に入っていけるような訓練を、
日頃からやっておくことです。
というか、パフォーマンスの時だけでなく、いつでもどこでも常に
瞑想状態を保っていられるようになる。。。
これだよなぁ。。。と、私は思っています。
お酒を飲めば楽だけど。。。
それだと私は、なんだか、ズルをしているみたいでイヤなの。。。
誰かがやっているのは構わないけど、、、
自分がそれをやるのは、イヤなんだ。。。
固すぎるって思う?(笑)
でも、それが私なんです。。。
その時エゴが完全に消えて、余計な思考は停止して。。。
そして、、、
宇宙の波動をそのまま放射することができる器になる。。。
自分が、歌や踊りそのものになること。。。
それを自力で成すこと。。。
それが私の目指すところかな。
私も日中外出して、暑い中帰ってきたら、さすがに少しクラクラしました。
昨日出掛けた時は、ちょうどお昼時だったのですが、工事現場などで
働く人達が、外でお昼休みをとっていてね。。。
そういった方々が道路の隅の木陰で横になって休んでいる姿を見ていたら、
なんだかものすごく可愛そうな気がしてきちゃって。。。
こんな猛暑の中、本当に大変だろうなぁ。。。と。
我慢大会みたいですよね。。。ホントに(涙)
だけど、ああいった方々がお昼休みに冷房の効いた快適な部屋で
休んでしまったりすると、その温度差で、逆に午後のお仕事の時に
具合が悪くなってしまったりするのですって。。。
なんだか。。。
日本人って、働き過ぎなような気がしてきちゃう(涙)
これって、気質なのでしょうけれども。。。日本人の。。。
世界中で、過労死と自殺者が一番多い国って、日本なんですってね。。。
あ、でも、今は中国が日本を抜いてトップだったかな。。。
過労死。。。
シエスタの習慣がある国とか、それこそ南国の人達みたいな、、、
あのくらいの仕事量にしたとしたら、日本の今の経済は破綻
しちゃうかもしれないけど。。。
どっちがいいのかなぁ?
どっちがいいですか?
一度手に入れてしまった便利さや快適さを手放すことって、、、
すごく難しいですよね。。。
でも、、、その代償が、心身症だったり過労死だったりするのだったら。。。
話は変わりますが、、、
ものすごい存在感と目力を持って踊るダンサー達がいて、、、
私はそれが素晴らしいなぁ。。。とずっと思っていたのですが、
そのダンサー達が、実はお酒の力を借りていることが解ってしまって、
「なぁ~んだ。」と思ってしまいました(苦笑)
お酒はダメ。。。と言っているのではないのだけど、、、
自力であそこにたどり着けていたのなら、本当に尊敬したのになぁ。。。と。
ヴォイトレの先生と、発表会前にお話していた時、冗談で、、、
「歌う前に一杯ひっかけたいところですよね。」
なんて言ったら先生が、「あ、でも、あまりに緊張してガチガチに
なっちゃってる人には、ちょっと飲んでくれば?とかいうことありますよ。」
なんておっしゃっていてね。
お酒には、たしかにそういう力、ありますよね。。。
昔私が好きだったあるミュージシャンが、実はあの時ドラッグをやっていた。。。
という事実を、あとになってから知って。。。
そのことが解った時私は、彼のあの時の異常さの理由が解り、
ものすごく納得したのですが、、、
・・・と同時に、ドラッグに手を出さなければそこを超えられなかった
彼の弱さに、腹が立つやら、同情心が湧くやらで。。。
ドラッグを使っている人って、、、見ていて、なんとなく解ります。。。
目が潤んでキラキラしていて、ちょっとの光でもとっても眩しがるの。。。
でもその目が、何とも言えないセクシーさというか。。。
普段と違う魅力みたいなものを醸し出していたりもして、、、
観ている人達を、いつも以上に魅了したりもするのですよね。。。
そういう時の彼らって、、、余計な思考も飛んでるしね。
私は、、、
そのミュージシャンに関しては、いろいろと知っていたので、
見ていて、彼のその異常さにはすぐに気づきました。
だから、魅力を感じるどころか「一体何があったんだろう?」と
心配しましたけれども、そこまでよく知らない相手であったら多分、
ドラッグに酔っているその姿を、それに気づかずに、、、
「いい感じだなぁ。。。」なんて思ってしまったかもしれません。
お酒とかドラッグの力を借りた方が、、、
たしかに、パフォーマンスが向上することってありますよね。。。
でも、、、
お酒はまぁしかたないとしても、ドラッグを使うことは、、、
絶対に良くないと、私はそう思っています。
特に文明社会の中で広く出回っているものは、古くからシャーマンたちが
使っていたような天然のドラッグとは全然違うから。。。
それは、普通の薬と同じように、その成分だけがギュッと濃縮されて
いたりするのでしょうから、、、そのリスクと言ったら半端ないのでしょうね。。。
だから、あんなものは、絶対に絶対に使わないに限ります。。。
そういったものの力を借りることなく、その境地に入っていける方法は、
他にあるんです。。。
それが。。。瞑想です。。。
瞑想を通して、どんな時でもスッとその境地に入っていけるような訓練を、
日頃からやっておくことです。
というか、パフォーマンスの時だけでなく、いつでもどこでも常に
瞑想状態を保っていられるようになる。。。
これだよなぁ。。。と、私は思っています。
お酒を飲めば楽だけど。。。
それだと私は、なんだか、ズルをしているみたいでイヤなの。。。
誰かがやっているのは構わないけど、、、
自分がそれをやるのは、イヤなんだ。。。
固すぎるって思う?(笑)
でも、それが私なんです。。。
その時エゴが完全に消えて、余計な思考は停止して。。。
そして、、、
宇宙の波動をそのまま放射することができる器になる。。。
自分が、歌や踊りそのものになること。。。
それを自力で成すこと。。。
それが私の目指すところかな。
昨日、ダンスの発表会が無事に終了しました。
すごい楽しかったです☆
最近は歌の発表会などで、だいぶ舞台慣れしたのか。。。
今回は、舞台上でも全然緊張しませんでした。
ダンス系発表会で、心の底から素直に楽しいと感じられたのは、子供の頃の
バレエの発表会以来かもしれないな。。。と思えるくらい楽しかったです。
これまでもベリーダンスでは、何度かステージに立ってきましたが、
いつもどこかに「物足りなさ」を抱えながら、なんとなく燃焼しきれない部分が
あったりしてね。。。
でも、今回はそれがなかったな。。。と感じています。
どこかに「物足りなさ」を感じるというのはおそらく、、、
自分自身が十分に楽しみきれていないからなのだと思いますが、、、
心から楽しめた、、、ということは、ここは自分のいるべき場所で
間違ってはいないのだな。。。と。。。
そんなことを感じながら。。。ね。。。
私は、キャンドルを持って踊るスピリチュアルダンスと、あとは
ベリネシアンダンスに出演したのですが、特にベリネシアン。
すごく気持ちよかったです。
いつも書いてますが、、、
「舞台には悪魔が棲んでいる」とよく言われているように、、、
普通本番では、普段の70%くらいの力が出せればいいほうなので、
私も高望みはしていなかったけど。。。
なんだか昨日は、本番が一番楽しく、そして一番上手に
踊れたような気がします。
踊ったあとにこういう気持ちになり、自分自身にダメだしすることもなく、
そういうことを言ってあげられるというのは、、、
もしかすると、生まれて初めての経験かも?!
私は、自分の好きなことに限って、自分自身に対してはものすご~く
厳しくなってしまうところがあり。。。
舞台に立つと常に、次の課題を見つけてしまうほうなので、
自分に「よし」と言ってあげることって、滅多にないのですが。。。
なんか今回、、、
めずらしいなぁ。。。と、そんなことも思いつつ(笑)
でもこれもまた、ひとつの啓示。
楽屋では、衣装を着替えたり、メイクを直したりなど、、、
いろいろとバタバタしたりしたのだけど、不思議といつも
気持ちは落ち着けていたなぁ。。。と。。。
芯の部分がね。
ここがブレてテンパってしまうと、いろいろとハプニングが
起こっちゃったりするのだけど、昨日は、そういうことを意識しなくても
なぜか自然と落ち着けていたので、それもまた、本当に楽しむことが
出来たひとつの要因なのでしょうね。
ブレてあれこれ失敗したりすると、いろいろと悔いが残りますものね。
ダンスの振付を間違えちゃったくらいならまだいいのですが、
「こういう時に限って」突然衣装や小道具が壊れてしまったりというようなことが、
本番にはよく起こったりして。。。
普段から考えたら「あり得ないようなハプニング」が本番に起こる原因は、
私は、すべて「そこ」にあるのだと思っているので、、、
自分の心のなかに。。。
なので、そこに「静寂」を保てたことは、私としては、今回の発表会での
自分の中での花丸点です(笑)
でも、今回静寂を保つことができたのは、これは私一人の力ではなく、
その場のエネルギーの影響もあったのだと思っています。
一緒に踊る仲間の方々、みんなの振りまくエネルギー。。。
なんだかすごい、温かい楽屋でした。。。
歌の舞台の楽屋って、、、
日頃のレッスンがみんな個人レッスンだということもあるので、
お互いにほとんど面識がないし、、、
みんなそれぞれがソロで歌うので、あまり「仲間」ということを
意識することなく、それぞれが、自分自身の世界に静かに没頭する。。。
というようなところがあるのですが。。。
昨日は本当に、「仲間同士の絆、協力、助け合い」のようなものを
強く感じさせられるような楽屋で。
それもまた、心から楽しいと感じた要因のひとつとなっているのでしょうね。
そして、先生によっては、本番になるとものすごくピリピリして、
当日は恐くて話しかけられないくらい、イライラオーラを
放つ人もいるのですけれども、、、
私たちの先生は、なんだか楽屋でもものすごく楽しそうだったし、
生徒の私たちに交じって、一緒の仲間同士になっちゃってるみたいで(笑)
そういうのも、すご~くいいなぁ。。。って思いました。
歌にしてもダンスにしても、そして日頃の何をするにしても。。。
私の「視点」って、こういうところなんですよねぇ。。。いつもいつも。
ですので、日記は常に内向的になる。。。
「誰々さん達はこういう衣装を着ていました。」とか「会場はこんな場所でした。」
みたいな、、、
そういう「目に見えるところ」ほど、実はあまり見ていなかったりするので、、、
日記として、あれこれ書けないのです。。。
そうそう。。。
面白いことがありました。
昨日、夫が客席で私の声楽の先生に会ったと言っていました。
彼は、てっきり私が招待したのかと思ったらしく、挨拶しにいったそうなのですが、
呼んだのは私じゃないのです。
私も先生を呼ぼうかと考えていたのですが、ここのところ風邪の後遺症が続き、
声楽のレッスンに行けなかったので、先生にチケットを渡す機会を
逃してしまっていたのでした。
ですので、夫から「先生がいたよ。」と聞かされた時、一瞬頭が
グルグルとなって、また記憶がおかしくなったのかと思ったのですが(笑)
どうやら、、、
先生を呼んだのは、ダンススタジオの違う人だということが解り。。。
なんと彼女は、私と同じ声楽の先生のところに通っているらしいことが発覚して。
もう、びっくり。
すごいご縁ですし、こういう「え~~!!」ってことがあるのもまた、
いい兆候。
今度レッスンで会った時、早速聞いてみようと思います。
昨日は、ネパール大使ご夫妻も観にいらしていたみたいです。
多分、ボリウッドを観に来られたのではないかな。
ボリウッド・ダンスというのは、インド映画の中で踊られている
ダンスのことです。
ボリウッドの衣装はとても煌びやかで美しく、
みんなは、その衣装着たさに「ボリウッドやりたい~」なんて言ってました(笑)
私はというと。。。
今は気分は、インドより南国ですが(笑)
でもこの曲は、今も好きです。
すごい楽しかったです☆
最近は歌の発表会などで、だいぶ舞台慣れしたのか。。。
今回は、舞台上でも全然緊張しませんでした。
ダンス系発表会で、心の底から素直に楽しいと感じられたのは、子供の頃の
バレエの発表会以来かもしれないな。。。と思えるくらい楽しかったです。
これまでもベリーダンスでは、何度かステージに立ってきましたが、
いつもどこかに「物足りなさ」を抱えながら、なんとなく燃焼しきれない部分が
あったりしてね。。。
でも、今回はそれがなかったな。。。と感じています。
どこかに「物足りなさ」を感じるというのはおそらく、、、
自分自身が十分に楽しみきれていないからなのだと思いますが、、、
心から楽しめた、、、ということは、ここは自分のいるべき場所で
間違ってはいないのだな。。。と。。。
そんなことを感じながら。。。ね。。。
私は、キャンドルを持って踊るスピリチュアルダンスと、あとは
ベリネシアンダンスに出演したのですが、特にベリネシアン。
すごく気持ちよかったです。
いつも書いてますが、、、
「舞台には悪魔が棲んでいる」とよく言われているように、、、
普通本番では、普段の70%くらいの力が出せればいいほうなので、
私も高望みはしていなかったけど。。。
なんだか昨日は、本番が一番楽しく、そして一番上手に
踊れたような気がします。
踊ったあとにこういう気持ちになり、自分自身にダメだしすることもなく、
そういうことを言ってあげられるというのは、、、
もしかすると、生まれて初めての経験かも?!
私は、自分の好きなことに限って、自分自身に対してはものすご~く
厳しくなってしまうところがあり。。。
舞台に立つと常に、次の課題を見つけてしまうほうなので、
自分に「よし」と言ってあげることって、滅多にないのですが。。。
なんか今回、、、
めずらしいなぁ。。。と、そんなことも思いつつ(笑)
でもこれもまた、ひとつの啓示。
楽屋では、衣装を着替えたり、メイクを直したりなど、、、
いろいろとバタバタしたりしたのだけど、不思議といつも
気持ちは落ち着けていたなぁ。。。と。。。
芯の部分がね。
ここがブレてテンパってしまうと、いろいろとハプニングが
起こっちゃったりするのだけど、昨日は、そういうことを意識しなくても
なぜか自然と落ち着けていたので、それもまた、本当に楽しむことが
出来たひとつの要因なのでしょうね。
ブレてあれこれ失敗したりすると、いろいろと悔いが残りますものね。
ダンスの振付を間違えちゃったくらいならまだいいのですが、
「こういう時に限って」突然衣装や小道具が壊れてしまったりというようなことが、
本番にはよく起こったりして。。。
普段から考えたら「あり得ないようなハプニング」が本番に起こる原因は、
私は、すべて「そこ」にあるのだと思っているので、、、
自分の心のなかに。。。
なので、そこに「静寂」を保てたことは、私としては、今回の発表会での
自分の中での花丸点です(笑)
でも、今回静寂を保つことができたのは、これは私一人の力ではなく、
その場のエネルギーの影響もあったのだと思っています。
一緒に踊る仲間の方々、みんなの振りまくエネルギー。。。
なんだかすごい、温かい楽屋でした。。。
歌の舞台の楽屋って、、、
日頃のレッスンがみんな個人レッスンだということもあるので、
お互いにほとんど面識がないし、、、
みんなそれぞれがソロで歌うので、あまり「仲間」ということを
意識することなく、それぞれが、自分自身の世界に静かに没頭する。。。
というようなところがあるのですが。。。
昨日は本当に、「仲間同士の絆、協力、助け合い」のようなものを
強く感じさせられるような楽屋で。
それもまた、心から楽しいと感じた要因のひとつとなっているのでしょうね。
そして、先生によっては、本番になるとものすごくピリピリして、
当日は恐くて話しかけられないくらい、イライラオーラを
放つ人もいるのですけれども、、、
私たちの先生は、なんだか楽屋でもものすごく楽しそうだったし、
生徒の私たちに交じって、一緒の仲間同士になっちゃってるみたいで(笑)
そういうのも、すご~くいいなぁ。。。って思いました。
歌にしてもダンスにしても、そして日頃の何をするにしても。。。
私の「視点」って、こういうところなんですよねぇ。。。いつもいつも。
ですので、日記は常に内向的になる。。。
「誰々さん達はこういう衣装を着ていました。」とか「会場はこんな場所でした。」
みたいな、、、
そういう「目に見えるところ」ほど、実はあまり見ていなかったりするので、、、
日記として、あれこれ書けないのです。。。
そうそう。。。
面白いことがありました。
昨日、夫が客席で私の声楽の先生に会ったと言っていました。
彼は、てっきり私が招待したのかと思ったらしく、挨拶しにいったそうなのですが、
呼んだのは私じゃないのです。
私も先生を呼ぼうかと考えていたのですが、ここのところ風邪の後遺症が続き、
声楽のレッスンに行けなかったので、先生にチケットを渡す機会を
逃してしまっていたのでした。
ですので、夫から「先生がいたよ。」と聞かされた時、一瞬頭が
グルグルとなって、また記憶がおかしくなったのかと思ったのですが(笑)
どうやら、、、
先生を呼んだのは、ダンススタジオの違う人だということが解り。。。
なんと彼女は、私と同じ声楽の先生のところに通っているらしいことが発覚して。
もう、びっくり。
すごいご縁ですし、こういう「え~~!!」ってことがあるのもまた、
いい兆候。
今度レッスンで会った時、早速聞いてみようと思います。
昨日は、ネパール大使ご夫妻も観にいらしていたみたいです。
多分、ボリウッドを観に来られたのではないかな。
ボリウッド・ダンスというのは、インド映画の中で踊られている
ダンスのことです。
ボリウッドの衣装はとても煌びやかで美しく、
みんなは、その衣装着たさに「ボリウッドやりたい~」なんて言ってました(笑)
私はというと。。。
今は気分は、インドより南国ですが(笑)
でもこの曲は、今も好きです。
今は世間はお盆休みの真っ最中ですね。。。
今年は我が家は、夫のお盆休みが少しずれていたりとか、
娘は時期関係なくお仕事だったりとか、それに私の習い事も
お盆関係なく普通にあったりするようなので、お盆と言えど、
全然実感わきません。
父が亡くなって初めてのお盆ではあるのですが。。。
こんなこと言うのもどうかと思うけど、、、
私はお盆とか、何回忌、、、とか、そういうのってほとんど形式だけのもので、
あまり意味ないな。。。と考えている変わり者なので^^;
そういうことにこだわらないのです。。。
お墓参りもそうだけど。。。
「供養」というものは、本当は亡くなった人のためというよりは、
生きてここに残っている人達のためにある。。。と、そう考えて
いたりするので。。。
今は普通、お盆というと8月ですが、父の実家は東京の下町で。。。
毎年お盆は7月にやっていました。
ですので私は、子供の頃からお盆というと、夏休みに入ってすぐの頃。。。
というイメージが強く。。。
未だに8月のお盆というと、旅行に行ったり家族でレジャーにというような、
「遊びに行く時期」。。。というイメージがついてしまっていたりします。
また、私には田舎がないので、お盆に田舎に帰省する、、、という感覚と
いうものが実感としてよく解らないのですが。。。
今年のこんな猛暑の中、、、
大渋滞の中、田舎へ帰る人達、、、大変だろうなぁ。。。と、
そんなことを思ったりしていました。
親というものは、、、いくつになっても子供は、常に自分の心の中心に
あるものだと私は思っていて、、、
だから、遠くに行った子供達には常に会いたいと思っているのだろうな。。。
・・・と。。。
逆に子供のほうは、、、
親から巣立ち、自分で新たな家庭を築いたりすると、どうしても気持ちは
そちらに集中しがちで、ですのでせっかくのお休みに遠い実家に帰るということは、
時に大変でめんどうに感じてしまうこともあったりするのではないかな。。。
そんな時、「お盆」というものは、、、
残された親にとっては、よい「口実」となるものだったりもしますよね。。。
父の映画コレクションをよく観ている。。。という話を書いたと思いますが、
それでも私や夫が観るのは、私たちが観たい映画ばかりで、、、
父をしのんで、父が好きそうだった映画を観ましょう。。。みたいなことは
していないのですが。。。
ある時、、、
「私、なんでこんな映画観てるんだろう??つまんないのに。」と
思うような映画を立て続けに観ていた時があり。。。
夫にも、「なんで急にこんなの観てるの?」とか言われていたのですが、
流れというかなんというか、自分でもよく解らないけど、急に観たく
なったりしたのです。
そしてふと気づけば、ちょうどその時は、7月のお盆の真っ最中で。
「なんだ。じいじが観たかったんだね。」
・・・みたいな話をしていたことがありました。
そんなことを言いつつも、、、
私は父が本当にそこにいて、自分の観たい映画を観ていた。。。
という風には、実は考えてはいません。。。
仮にそうだったとしたら、、、
父がいつまでもここに執着しているほうが心配になってしまう。。。
でも人はそうやって、、、
流れの中で起こる出来事に、意味をつけていくのだろうなぁ。。。と。。。
そんなことを考えたりもしました。。。
ちょうどそういった時期に、そういうことが起こるのは、、、
私たち人類の意識が、深いところでみんな繋がっていたりとか、、、
あとは宇宙の惑星の影響とか。。。
そんなエネルギー的なことが原因だったりするのかもしれないけど。。。
でも、そういったことが起きた時。。。
「あ、お父さんが今、帰ってきているんだ。。。」
・・・と、感じる気持ちというのは、、、
とっても人間らしいことだなぁ。。。とね。。。
そんな風に思いました。。。
だから。。。
お盆だから何をしなくてはいけない。。。とか、法事はこのようにしないと
いけないとか。。。
そういう「決まり事」とか「規則」というものに縛られるのって、
何かが違うような気がしてなりません。。。
「そうは言っても。。。」
・・・というのが、今のところの現実ですけれどもね(苦笑)
宇宙のエネルギーの流れに身を任せていると、、、
この時期日本では、そういう不思議なことが起こりやすかったりするの
かもしれませんね。。。
ジェネティック・マインドも関係しているのだろうと思います。。。
だから、、、
今ここに生きている私たちはそこに、、、
ただ、「心が安らぐような意味」を自分自身でつけていけばいいのだと。。。
私は、そんな風に思っていたりします。。。
だって。。。
「ハロウィン」なんてそれこそ、もともとはケルトの行事であり、、、
あの世とこの世の境界線が薄くなる、まるで日本のお盆みたいな日なのに、、、
今ではすっかり、、、仮装してはしゃぐ、楽しいお祭りの日みたいに
なっていたりするものね。。。
ふと父のことを思い出すようなことが起きて、、、
私と夫は、「あの時父はああだったね。」とか「あんなこと言ってたっけ。」と、
笑いながらそんな話をしていました。
そして、その時がたまたまお盆の時だったことに気づいた瞬間、、、
「なるほどねぇ。。。」
・・・と、何とも言えない気持ちに包まれたりしたのでした。。。
それでいいのだと思っています。。。
今年は我が家は、夫のお盆休みが少しずれていたりとか、
娘は時期関係なくお仕事だったりとか、それに私の習い事も
お盆関係なく普通にあったりするようなので、お盆と言えど、
全然実感わきません。
父が亡くなって初めてのお盆ではあるのですが。。。
こんなこと言うのもどうかと思うけど、、、
私はお盆とか、何回忌、、、とか、そういうのってほとんど形式だけのもので、
あまり意味ないな。。。と考えている変わり者なので^^;
そういうことにこだわらないのです。。。
お墓参りもそうだけど。。。
「供養」というものは、本当は亡くなった人のためというよりは、
生きてここに残っている人達のためにある。。。と、そう考えて
いたりするので。。。
今は普通、お盆というと8月ですが、父の実家は東京の下町で。。。
毎年お盆は7月にやっていました。
ですので私は、子供の頃からお盆というと、夏休みに入ってすぐの頃。。。
というイメージが強く。。。
未だに8月のお盆というと、旅行に行ったり家族でレジャーにというような、
「遊びに行く時期」。。。というイメージがついてしまっていたりします。
また、私には田舎がないので、お盆に田舎に帰省する、、、という感覚と
いうものが実感としてよく解らないのですが。。。
今年のこんな猛暑の中、、、
大渋滞の中、田舎へ帰る人達、、、大変だろうなぁ。。。と、
そんなことを思ったりしていました。
親というものは、、、いくつになっても子供は、常に自分の心の中心に
あるものだと私は思っていて、、、
だから、遠くに行った子供達には常に会いたいと思っているのだろうな。。。
・・・と。。。
逆に子供のほうは、、、
親から巣立ち、自分で新たな家庭を築いたりすると、どうしても気持ちは
そちらに集中しがちで、ですのでせっかくのお休みに遠い実家に帰るということは、
時に大変でめんどうに感じてしまうこともあったりするのではないかな。。。
そんな時、「お盆」というものは、、、
残された親にとっては、よい「口実」となるものだったりもしますよね。。。
父の映画コレクションをよく観ている。。。という話を書いたと思いますが、
それでも私や夫が観るのは、私たちが観たい映画ばかりで、、、
父をしのんで、父が好きそうだった映画を観ましょう。。。みたいなことは
していないのですが。。。
ある時、、、
「私、なんでこんな映画観てるんだろう??つまんないのに。」と
思うような映画を立て続けに観ていた時があり。。。
夫にも、「なんで急にこんなの観てるの?」とか言われていたのですが、
流れというかなんというか、自分でもよく解らないけど、急に観たく
なったりしたのです。
そしてふと気づけば、ちょうどその時は、7月のお盆の真っ最中で。
「なんだ。じいじが観たかったんだね。」
・・・みたいな話をしていたことがありました。
そんなことを言いつつも、、、
私は父が本当にそこにいて、自分の観たい映画を観ていた。。。
という風には、実は考えてはいません。。。
仮にそうだったとしたら、、、
父がいつまでもここに執着しているほうが心配になってしまう。。。
でも人はそうやって、、、
流れの中で起こる出来事に、意味をつけていくのだろうなぁ。。。と。。。
そんなことを考えたりもしました。。。
ちょうどそういった時期に、そういうことが起こるのは、、、
私たち人類の意識が、深いところでみんな繋がっていたりとか、、、
あとは宇宙の惑星の影響とか。。。
そんなエネルギー的なことが原因だったりするのかもしれないけど。。。
でも、そういったことが起きた時。。。
「あ、お父さんが今、帰ってきているんだ。。。」
・・・と、感じる気持ちというのは、、、
とっても人間らしいことだなぁ。。。とね。。。
そんな風に思いました。。。
だから。。。
お盆だから何をしなくてはいけない。。。とか、法事はこのようにしないと
いけないとか。。。
そういう「決まり事」とか「規則」というものに縛られるのって、
何かが違うような気がしてなりません。。。
「そうは言っても。。。」
・・・というのが、今のところの現実ですけれどもね(苦笑)
宇宙のエネルギーの流れに身を任せていると、、、
この時期日本では、そういう不思議なことが起こりやすかったりするの
かもしれませんね。。。
ジェネティック・マインドも関係しているのだろうと思います。。。
だから、、、
今ここに生きている私たちはそこに、、、
ただ、「心が安らぐような意味」を自分自身でつけていけばいいのだと。。。
私は、そんな風に思っていたりします。。。
だって。。。
「ハロウィン」なんてそれこそ、もともとはケルトの行事であり、、、
あの世とこの世の境界線が薄くなる、まるで日本のお盆みたいな日なのに、、、
今ではすっかり、、、仮装してはしゃぐ、楽しいお祭りの日みたいに
なっていたりするものね。。。
ふと父のことを思い出すようなことが起きて、、、
私と夫は、「あの時父はああだったね。」とか「あんなこと言ってたっけ。」と、
笑いながらそんな話をしていました。
そして、その時がたまたまお盆の時だったことに気づいた瞬間、、、
「なるほどねぇ。。。」
・・・と、何とも言えない気持ちに包まれたりしたのでした。。。
それでいいのだと思っています。。。

今回の夏風邪は本当にしつこくて、未だに咳が長引いています。
もう治ったかな?と思っても、突然思い出したように激しい咳が出たりして、
特に歌おうとすると咳がひどくなるので、あれから歌のレッスンには
全然行けてなかったりします。
こんな感じで歌はダメなのですが、ダンスなら大丈夫だろうと、
そちらのレッスンは楽しみにしているのですが、ここのところ
家の用事が重なってしまって、そちらもお休みが続いてしまっています。
まぁ、長い道のりの中、そんな時もあるよね。。。
以前通っていたベリーダンスのスタジオで、ある時クラスのみんなで
プチパーティーをやったことがあったのですが、その時、普段は
バリ島にいる先生も、ちょうど日本に帰ってきていてね。。。
それで先生も交え、みんなで日頃はなかなか話せなかった想いなどを
語りあったりする機会があったのだけど、、、
その時、先生も含めみんなが言っていたことは、、、
「ここでは、非日常を体験できる」
・・・ということでした。
あそこでは、スピリチュアルなアメリカ人先生の、、、
そういう彼女の考え方というか生き方が、一般の日本人にとっては
ある意味すごくめずらしかったり、強烈であったりしたから、
そんな彼女に影響を受けて自分の生き方すらガラッと変えてしまった人も、
きっと多かったと思います。
特に若い女性達なんて、すごく影響を受けやすかっただろうなぁって
思います。。。
日本の一般的なお教室では、基礎的な動きとか振付を覚えることとか、、、
まずはそういったことに重点が置かれがちで、最初から「意識」の部分に
触れることって少なかったりしますよね。。。
アメリカ人の先生は、そのあたりの感覚がやはり少し違っていたりもしたので、
私たち日本人にとっては、それがとても新鮮で、だからよけいにそこに、
「特別感」を感じさせられたりもするのかもしれません。
でも本当は、、、
あそこだけに限らず、ダンスをしている時や歌っている時というのは、
意識が、そういった「非日常」にトリップしやすいもので。。。
日頃忙しく活動しているマインドが鎮まって、ハートの波長に
合わせられる感じ。。。とでもいうのかな。
ハートのままでいても大丈夫な空間が、そこに生まれるのです。
歌っていたり踊っていたりする時、、、
そこに「没入」すれば、頭では理解していなくてもきっと、
「それ」を体感することだろうと思います。
だから、歌や踊りが大好きでやめられない。。。という人の多くが、
その快感を知ってしまった人達なのだろうなと思っていたりします。
ダンスのそういった部分を「意識的」に体験させ、頭でもそれを理解させ、
もっと「それ」を自覚しながら踊る。。。
至福に満たされながら。。。
そういうことを、あの先生はとっても大切にしていたような気がする。。。
そして彼女のそういった部分には、、、
私はとても共鳴していました。。。
そこで「非日常」を経験していた女性達は、、、
みんな女神。。。
みんなハートのまま。
そしてみんな、どんどん美しくなっていってたな。。。って思います。
欲を言えば、、、
そういった「非日常」が「日常」となる世界が、
いつか実現してくれたらいいなぁ。。。と思っています。
「非日常」が、「日常」となる。。。
これが、グランド・ポータル後の世界だと思っています。。。

歌のレッスンに行けてない、、、と、昨日書いたばかりですが、
今日は歌のレッスンに行ってきました(笑)
今まで全く練習をしていなかったので、どうなることかと
思ったのですが、なぜか、咳も全く出ずに、それどころか
とっても調子よく歌えたので、自分でもびっくりです。
それで、、、
今までの経験から思ったことは、、、
喉の調子が悪かったりとか、家の用事があったりとか、、、
そんなことでしばらくレッスンに行けず、また家でもまったく
練習しなかったあとに久々にレッスンに行った時に限って、
いつもなぜかものすごく調子がいいなぁ。。。ということで。。。
なんだか。。。
口の開き方とか、身体の使い方がまだしっかり身についていないうちに、
家で自分ひとりで勝手にたくさん練習するのって、、、
もしやかえって逆効果??って思ってしまいますよねぇ。。。
先生はよく、「歌うための身体」についてお話されるのですが、
歌うにしてもやはり、筋肉をつける必要があって。。。
その筋肉がついてくると、息を支えられるようになり、
急に歌が上手になったりするそうで。。。
「身体づくり」。。。
もしかして、そっちが先?なんて思ったりもしました。
でもね、、、
今日、久々に歌を見てもらったら、すごく上達していますね。と言われ。。。
身体もだいぶ出来てきましたね。。。と言われ。。。
私としては、、、
「え。。。?特に何もしてないんですけど。。。」
・・・みたいな感じだったのですが。。。
でもこれってもしかすると、ベリーダンスのおかげかもしれません。
歯を食いしばって苦しい感じで筋トレをしなくても、ベリーで
気持ちよく踊っていれば、知らないうちに必要な筋肉がついて、
歌まで上達。。。って。
それって、、、こんなに嬉しいことはない!(笑)
今日は先生のお家でのレッスンだったのですが、先生の、
生後4ヶ月の赤ちゃんを抱っこさせていただきました。
ものすごーく久々に赤ちゃんを抱っこしましたが、、、
たった数キロの赤ちゃんが、なんだかとっても重く感じました。
えー、私って、毎日こんなに重い赤ちゃんを抱っこしてたんだ。。。と、
当時のことが思い出され、懐かしくなりました。
自分が子育てで赤ちゃんを抱っこしていた時は、それは毎日のことでしたし、
子供も日々、少しづつ体重が増えていくものですから、
重いなんて感じたこともなかったのだけどね。
やっぱり突然だと、重いのですねぇ。。。赤ちゃんって。
そして考えてみればあの頃は、お米10キロよりも重い我が子を
毎日毎日、普通に抱っこしてたなぁ。。。と。
ああやって世のママ達は、知らないうちに腕の筋トレをしていて、
だんだんと腕が太く、そしてたくましくなっていってしまうのですねぇ^^;
なんだか。。。
筋肉をつけよう!!と頑張るのではなく、好きなことを楽しくやっていたら、
それに必要な筋肉は自然とついていた。。。みたいな。。。
そういうのがいいなぁ。。。って思いました。
頑張って筋トレを始めると、いつしか「筋肉をつけること」自体が
目的になってしまうことが多々あるのです。私の場合。
本来何のために筋肉をつけたかったのかと言ったら、
歌や踊りのためなのにね。
その「本来」を、心から思う存分楽しんでいれば、、、
必要なものというのは、あとからついてくるのかもしれませんね。
好きこそ物の上手なれ。。。
今やっている歌は、とっても好きな歌だから、、、
その分、上達も早かったりして?(笑)

今日、注文していたベルガモットの精油が届きました。。。
とってもいい香り。。。
今でこそ精油も、様々な精油を使うようになりましたが、昔は、
このベルガモットとローズウッド、あとはグレープフルーツ。
この三種類の精油くらいしか使っていませんでした。
あとの精油は、香りはおろか、他にどんなものがあるのかすら、
よく知らなかったと思います。
香水を浴びるようにつけていたOL時代。。。
私の好きだった香水はどの香水を見ても、その成分表の中に
だいたいいつも「ベルガモット」という文字が入っていて、、、
これって何なのだろう?と思っていました。
その頃は、アロマテラピーなど日本では誰も知らないのでは?という
時代でしたから、私もその「ベルガモット」というものが何なのか、
全然知りませんでした。
当時はネットもなかったしね。
主婦になってから一時期、玄関などに飾るリース作りにハマっていた
時があったのですが、その材料を買いに行ったあるお店で、初めて
精油というものを知り。。。
「あ!ベルガモット!!」
・・・って(笑)
そこで初めて、ベルガモット精油に出会ったのでした。
ですので私が一番最初に使った精油というのは、ベルガモットです。
アロマの試験を受ける時、様々な精油の香りを知るために、たくさんの
精油を買い込んだりしたのですが、その時、「この香りはもう
解っているから」・・・と、ベルガモット精油は除外していました。
そしてあれ以来、、、
実は、ベルガモット精油を手にすることって全くありませんでした。
いつも、精油を購入する時はまず、香りの勉強をするためにと、
今まで買ったことのない精油を選んだりとか、(たとえその香りが
あまり好きではなかったとしても。。。)あとは試験を受ける時に
勉強した「成分」や「効能」という面から、精油を選んだりとか、、、
最近ではそのようにして精油を購入することが多かったので、
ベルガモットは出番が全然なかったんですね。。。
精油のメーカーも、あれこれ巡り巡って、やっと納得のいくメーカーに
出会えたのですが、前回そこでいつものように精油を購入した時、
あれ???ってことが起きたのです。
私はローズマリーの香りが好きで、結構よく使うのですが、
その時に買ったローズマリーは、瓶の蓋をあけてみると、どう嗅いでも
いつもとは違っていて、それは、ユーカリの香りだったのです。。。
ユーカリもね、ラディアータ種はスッキリとしていて好きなのですが、
それはグロブルス種のほうの香りがしたの。。。
あっちは私、、、ちょっと苦手で^^;
原料となる植物の生育具合などによって、同じメーカーの同じ精油でも、
その年ごとに香りが微妙に変化しますから、もしかしたらその
ローズマリーも、そうだったのかもしれません。
特にローズマリーとユーカリって、その成分というのは、
かなり近いものだそうですから。。。
だから、今年のローズマリーはたまたまユーカリっぽくなった、、、
ということもあるのかもしれないし、、、
でももしかしたら、メーカーのほうで精油を瓶に詰める時に
間違えた。。。ということもあるかもしれないし。。。
そのあたりの真相は解りません。。。
メーカーと、英語でやり取りするのがめんどうだったので、
結局そのまんまにしてしまったから・・・
私は今までそこのメーカーの香りをとってもとっても愛していて、、、
それこそ、運命の出会いを感じていたりもして(笑)
だから、「私は一生ここの精油を使い続けるわ!」なんて
思っていたのですけど、、、
でも今回の一件で、一気にテンションが下がってしまってね。
自分でも驚くくらいに。。。
で、浮気したくなってしまったのです(笑)
浮気、、、というか、次のパートナーを見つけたくなってきて。。。
それでここのところ何か月もずっと、、、
新たなパートナーを探して奔走していたのですが、もしかしたら、、、
やっと出会えたかもしれない。。。
かもしれない、、、というのは、まだちょっと確信には至って
いないからなのですが、、、疑っているのはマインドで。。。
直観は、「イエス!」と言っているような気がしています。
そのメーカーで今回最初に買った精油が、この、ベルガモットでした。。。
それを注文して以来、、、
ことある毎に様々な場面で、この「ベルガモット」という言葉と
ぶつかりました。
ですので、なんとなくシンクロを感じつつ。。。
これって、どういうことなのかなぁ。。。なんて考えていました。
それについては、また今度。。。
精油のメーカーを選ぶ時、私の中でのチェックポイントというものが
いくつかあります。
そのひとつが「ラベンダー」と「ティートリー」の精油の香り。。。
このふたつは、特に大好きってわけではないのだけれども、
これらの精油って、メーカーによって本当に香りが違うと感じています。
そしてその分かれ方が、私にとっては極端で。。。
「すごい好き」か「すごい苦手」に分かれるんです。。。
そしてそのふたつが自分のツボにはまったメーカーというのは、、、
他の精油もだいたい、私の好みに沿っていたりすることが多かったです。
これまでの経験上。。。
今回のメーカーでは、ベルガモットとともにまずラベンダーを購入してみましたが、、、
これもまた、とっても良い香り♪
今使っているティートリーがなくなったら、次はそちらも
試してみようと思います。
そこで大丈夫だったら、本格的にこっちに乗り換えようかな。
マインドはこうやって、疑い深いのですよ(笑)
素直に直観に従っていれば、余計なお金も使わなくてすむのだろうにね。
・・・といいつつも。
こういうことをやっているのが、楽しいんです、本当は(笑)

台風が来ているのですってね。。。
最近はなんだか、いろいろとすっかり落ち着いてしまい、
若い頃のように、楽しくて心の底からからはしゃぐ。。。とか、
本気で悲しかったりとか、本気で怒ったりとか、、、
そういうことって、めっきり少なくなってきました。
若い頃は、いろいろなことが新鮮で、いろいろなことに興味津々で、
ちょっとしたことでテンションが高くなったり、熱くなったりしていたけれども、、、
最近は、そういう心の奥底にある海の、、、
その波はいつも穏やかで、波がたったとしてもそれは本当に小さな
小波程度で、、、
その小波すらも、、、あっという間に消えてしまう感じです。。。
良い意味でも悪い意味でも、ちょっとしたことで大波がたっていた
若い頃のことを思うと、今のそういうのはちょっと寂しかったりもするし、、、
見た目とか体力とか頭の回転とか。。。
あの頃のほうが今よりも、ずっとうまくいっていたこともたくさん
あるけれども、、、
でも、もう一度あの頃に戻ってやり直して。。。と言われたら、、、
それはやっぱり、、、ちょっとイヤかな(笑)
結局、、、今のほうが楽なんです。。。
今もね、、、
まったくの無感動になってしまった、、、というわけではなく、、、
「感動の質」というものが、、、
当時とは変わったような感じがしています。。。
そしてその質の変わった感動というものは、、、
特に何も起きなくても、何が起きても、、、
それは、常にじんわりと、自分の深いところにあったりします。。。
この感覚を、言葉で説明するのはちょっと難しいけど。。。
歌やダンスを始めて、発表会などの舞台に立つ機会が増えましたが、
ステージに立つその一瞬は、、、まるで花火みたいです。。。
一瞬パッと明るく輝いて、でもそれは、すぐに跡形もなく
消えていってしまう感じ。。。
イサドラ・ダンカンは、「その芸術はその一瞬だけのもの」と、、、
自分のダンスを映像として残すことを嫌ったそうですが。。。
彼女の気持ち、、、なんとなく解ります。
子供の頃はね、バレエの発表会が終わると、寂しくて寂しくて
仕方ありませんでした。。。
舞台の写真やビデオを何度も何度も観ては、あの時のことを
思い出したりしていました。。。
そして、、、次の発表会が待ち遠しくてね。。。
今はというと、、、
発表会自体は、昔と変わらずに、もちろん楽しくて仕方ないけど。。。
昔のように、ずっとそこに留まっていたい。。。みたいな感覚は、
起きなくなったな。。。って思います。
当時のように、そこにずっと執着していなくなったみたいです。。。
いろんなことが起こり、そしてすべては過ぎ去っていく。。。
そういう感覚で生きている今、、、
一生懸命創った花火を打ち上げるに至るまでの、準備期間というもの、、、
その創作時間というものが、、、
レッスンもそうだけど、例えば衣裳を縫ったりとか、アクセサリーを選んだりとか、、、
お気に入りのメイク用品が見つかるまで、お店を何軒も梯子したりとか(笑)
また、そこで関わる人達とのコミュニケーションから、様々なことを感じ、
考えたりとか。。。
そういったことすべてが、、、
発表会当日のステージ上と同じくらい、貴重な体験なのだと、、、
今は本当に、しみじみと感じるの。。。
毎日、毎日。。。しみじみと。。。
発表会って、、、
そうやって準備している期間が、実は一番楽しいのではないのかしら?
なんて思う今日この頃です。。。
そして、ステージでお客様が送ってくださる拍手は、、、
本当は、「そこ」に送られているものなのかもしれないなぁ。。。と。。。
こうやって発表会のことを喩えにしたけれども。。。
これは、、、
生きていることそのものにも、、、言えることだったりしますよね。。。
昨日、この「inception」という言葉をいろいろと調べていたら、、、
そういうタイトルの映画があることを知り、なんだかこれは、
観ないといけないような気がしてきて(笑)
早速観てみました。
面白かったです!
それにしても最近の映画って、、、そういうところまでつっこむのか。。。
と思ってしまうくらい、テーマが深いですね。
夢、潜在意識、そして「アイデア」が一体どこから生まれるのか。。。
過去のトラウマが、その人にどう影響するのかなどを、、、
SFチックに面白く、ドラマ化されていました。
心理学とか脳のこと、あとは「明晰夢」などに興味のある人には、
楽しめる映画だと思います。
あと、、、
自分にとっての「現実」ってどこなのか。。。
みたいなことを考えている人にも、ちょっとお薦めかな。
それにしても、こういう映画。。。
20年前の私が観たら、きっとさっぱり解らなかっただろうと思いますが、
これもインターネットのおかげなのか?
「面白いなぁ。」なんて思っている自分が、ちょっと不思議でした(笑)
きっと今は、多くの人達が、こういう話もすんなり受け入れられて
しまうのだろうなぁ。。。なんて思いながら観ていました。。。
この先、更にどんどん進化していくのかと思うと、、、
ちょっと、末恐ろしい感じもしなくもないですが(笑)
子供達を見ていると、時代の変化はいつもヒシヒシと感じますからねぇ。
私は、未来を憂いたりすることは嫌いです。
人間は、進化はしても決して退化はしないものだと信じています。
ですから、未来は必ず、素敵なものになると信じていますが、、、
今の私がついていけなくなることは、確かね(笑)
人はみんな、、、
自分にあった時代に生まれてくるのでしょうから。。。
話があちらこちらと飛びましたが、、、
私の中では、みんな繋がっていたりします。。。
映画もトリビュタリー・ゾーン。。。
そこから気づけることって、何気にいっぱいありますね。
そういうタイトルの映画があることを知り、なんだかこれは、
観ないといけないような気がしてきて(笑)
早速観てみました。
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面白かったです!
それにしても最近の映画って、、、そういうところまでつっこむのか。。。
と思ってしまうくらい、テーマが深いですね。
夢、潜在意識、そして「アイデア」が一体どこから生まれるのか。。。
過去のトラウマが、その人にどう影響するのかなどを、、、
SFチックに面白く、ドラマ化されていました。
心理学とか脳のこと、あとは「明晰夢」などに興味のある人には、
楽しめる映画だと思います。
あと、、、
自分にとっての「現実」ってどこなのか。。。
みたいなことを考えている人にも、ちょっとお薦めかな。
それにしても、こういう映画。。。
20年前の私が観たら、きっとさっぱり解らなかっただろうと思いますが、
これもインターネットのおかげなのか?
「面白いなぁ。」なんて思っている自分が、ちょっと不思議でした(笑)
きっと今は、多くの人達が、こういう話もすんなり受け入れられて
しまうのだろうなぁ。。。なんて思いながら観ていました。。。
この先、更にどんどん進化していくのかと思うと、、、
ちょっと、末恐ろしい感じもしなくもないですが(笑)
子供達を見ていると、時代の変化はいつもヒシヒシと感じますからねぇ。
私は、未来を憂いたりすることは嫌いです。
人間は、進化はしても決して退化はしないものだと信じています。
ですから、未来は必ず、素敵なものになると信じていますが、、、
今の私がついていけなくなることは、確かね(笑)
人はみんな、、、
自分にあった時代に生まれてくるのでしょうから。。。
話があちらこちらと飛びましたが、、、
私の中では、みんな繋がっていたりします。。。
映画もトリビュタリー・ゾーン。。。
そこから気づけることって、何気にいっぱいありますね。

自分の前世のヴィジョンというものを、、、
これまでに、いくつか見たことがあります。。。
でも実は、、、
私はそれが、自分の前世なのだと心から信じているわけではありません。
でも、、、
それはきっと、今を生きている自分の「潜在意識」の中にあるなにかの
投影ではあるのだろうなぁ。。。とは思っています。
いくつか見たヴィジョンのうち、、、
あるものは、私個人の潜在意識の中にある何かの投影であり、
またあるものは、、、、おそらく人類全体の集合的無意識の中にある
何かの投影であったと、、、
今はそんな風に感じていたりします。
そういった奥深いところにあるものが、今の私の生き方を決めるのに、
だいぶ影響を及ぼしているのだ。。。ということは、なんとなく解っています。
何かを選択しようとするときとかもね。。。
今までも何度も書きましたが、その中のひとつにこんなのがありました。。。
これは多分、個人的なものだと思いますが。。。
親のいいつけで、大金持ちの女性のところに無理矢理婿入りさせられた私は、
そこでふたりの娘をもうけますが、妻とも、その娘たちとも最後まで
心を通わせることが出来ず、広い書斎の大きな机のところで、大量の本に
囲まれながら、ひとり寂しくこの世を去る。。。
そんな物語。
その時の寂しさとか虚しさいったら。。。
あの人生の物語から私が学んだことは、、、
「物質的な豊かさは、結局何の意味もない。」
ということでした。
多分それが、、、
「家族の愛」に対する執着心として、今の私に反映しているのだと思います。
・・・余談ですが、、、今隣の部屋で母が見ているテレビから、、、
「家族」という言葉が連呼されてるのが聞こえてくる(苦笑)
自分の父や母との間にあった問題というものも実は、、、
私が自分自身で作った今の家族は、何が何でも守り抜く。。。
そこが一番心安らぐ場所なのだと、夫や子供達に思っていてほしいと。。。
そういう気持ちを生みだすことへの、ひとつの原動力となっていたり
するのです。
でも結局それは、、、
父がどう、母がどう、夫の両親がどうとか、、、
そういうことでは本当はなくて、、、
それは外部から来たものではなく、私自身の奥底にあるこの
「前世らしきものでの後悔」が、そういったものを引き寄せ、、、
今の私に、今回の人生での目的を思い出させようとしているの。。。
それが、、、
自分で作った家族というものを、何よりも大切にさせる。。。
・・・ということへと繋がっているような気がしています。
だからね。。。
もうずっと前から解っていたけれども、、、
今私がこの人生で達成したいことというのは、実はそこであって。。。
多分ね、、、ここが崩れていたら私はきっと、、、
ダンサーになっても、歌手になっても、社会的に成功しても。。。
きっとどこかで不安定なままだと思う。。。
自分の一番身近にいる人たちと、一緒に、真の安らぎを感じること。。。
ここなのです。。。
これは、最小単位では「家族」だけれども、、、
こういったことに気づいてしまったエゴは、欲張るので(笑)
「自分と関わる人全て」とも、そうできたらいいな。。。と、、、
今は思ったりもしているけれども。
でもそういった部分で、自分が納得出来るような生き方が出来れば、、、
きっと私は、満足して死ねるはずです。。。
さて。。。
実は、ここまでは、長い前振りでした。
まだまだ続くので、ここで音楽でもいれます。。。
昨日から、ヨガを始めました。。。
日本ではもう、何年も前からヨガブームが起きていて、、、
今は、インドマニアとか、精神世界に関心がある人ではなくても、
多くの人が普通にヨガをやるようになっていましたよね。。。
インドからというか、アメリカから流れてきたヨガは、
フィットネス化している感じです。
当時から気になっていながらも、私がヨガに手を出さなかった理由は
いろいろあって、、、
たとえば、もっと頭が固かった頃は、そういったフィットネス化した
ヨガに対して批判的だったことがそのひとつでした。
今はもう、、、そんなことはないです。
でも、、、
本格的なヨガには、、、とても惹かれつつも、それを始めるのは
とても怖かったのです。。。
これはそのまま、、、
私がインドに対して感じていた思いの反映です。。。
なぜ怖かったかというと、、、
一歩足を踏み入れたら、そこにどっぷり浸ってしまいそうな
気がしていたからです。。。
そうなったら私は、、、
命よりも大事に思っている「家族」というものまで、
手放してしまうかもしれない。。。と。。。
そんなことは絶対にしてはいけない。。。と、、、
私の中の何かが、ずっと頑張っているのを、常に感じていました。
私がインドに関わろうとするときは、いつも。。。
ある人の視点から見ると、私のこういうところはきっと、、
「執着」と映るのだろうなぁ。。。と感じていた時期がありました。
そしてその人には私が、その執着を手放せずにいる。。。と映っていたことも、
本当は解っていました。。。
解っていたけど、気づかないふりをしていたの。。。ずっと。。。
メールとかではなく、ちゃんと会って、きちんと説明したいと、、、
ずっと思っていたけど、その人は、そういう機会を持たせては
くれませんでした。。。
私にはそれが、「逃げている」と映ったけど、、、
今にして思えば、その人の中にあったその「危機感」は、、、
私が抱いていた「危機感」と同じだったのだろうと、そう感じています。
この人と一緒にいると、、、
自分の目的から逸れてしまうという、、、そういう危機感。。。
でもそういった出会いもまた、、、
結果的には、私がインドに対して拒絶反応を示すようになる一因となり、、、
ですからあれもきっと、、、
私自身の中にあった、あの「前世での後悔」という種が引き寄せた
イベントのひとつだったのかもしれません。。。
わざわざ、「家族に対する執着」を強めさせるような。。。ね。。。
昨日の日記で書いた『インセプション』という映画を観れば解ると
思いますが、、、
あのお話に出てくる主人公の妻が現実だと信じていたもの、、、
実は私も、、、そっちを現実だと思っているのです。。。
映画ではそれを、「虚無」と言っていた。。。
そして、、、
インドってね、、、私の感覚でいうと、そういう国なんです。。。
私と視点が同じなの。。。同じすぎるの。
でも、私と何が違うかといったら、、、
インドはこの「夢の世界」を、あまり大事に思っていないところ。。。
そこを大事に思うことを、「執着」だと捉えるところ。。。
インドでは、仏教は廃れてしまいました。。。
そして、そのインドで育ったゴータマ・シッダールタは、、、
実は「慈悲」については説かなかったと、、、そう聞いたこともあります。。。
あそこでは、、、
「夢から覚めること」が一番重要なのです。。。
インドって、、、
サヴァリン・インテグラルの、「インテグラル」の部分を獲得したい魂達が、
惹かれる場所なのだと思っています。。。
でも私は、、、それだけじゃなくて、この夢の世界を、、、
この夢を、どうせなら素敵な夢にしたいと思っているのです。。。
だから、インドにどっぷりつかってしまったら、、、
心地よすぎて、自分の目的をうっかり忘れてしまいそうでね。。。
そういうことが、今までヨガをやることにすらブレーキをかけさせて
いたのだろうなと思うのだけど。。。
その禁忌が解けたということは、、、
インドに触れてももう揺らぐことがないくらい、、、
その軸がしっかりしてきたってことなのかな?
・・・と、ここは前向きに解釈したいところです。
インドってね、、、
呼ばれた時に行くと、ものすごく良い面を見せてくれるのですって。
でも、呼ばれない時に行くと、最悪の体験ばかりするって
聴いたことがあります。
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