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週末のイベントに向けて、今週は毎日ホットヨガに行こうと思っていたのだけど、
風邪をひいてしまったので、結局一度も行けませんでした(涙)
ただね。。。
ヨガもいいのだけど、私はやっぱり、チベット体操が好きみたいです。
チベット体操は、ヨガみたいに終わった後すぐに心身の調子が変わる。。。
というような、そういった劇的な変化を体感することは、あまりないのですが、
その効果は、ふとある時、
「あれ?なんだか変わってない?」
というような形で、出てくる感じがするのです。。。
じわじわと。。。(笑)
だから怖いことに、毎日の体操をしばらくサボった結果もすぐにではなく、
気づいたら、、、
「あれ?なんかマズくない?」
と、そんな出かたをする。。。みたいな(苦笑)
もうずーーっと昔に読んだ『若さの泉』という本。。。
![]() | 5つのチベット体操──若さの泉・決定版 (2005/01/12) ピーター・ケルダー 商品詳細を見る |
これを先日、すごい久しぶりに読み返してみたら、そこには
こんなことが書かれていてね。。。
今まですっかり忘れてたのだけど。。。
イスラムのスーフィー達が行う「旋回舞踏」というのがありますが、、、
あれって、グルグル回り続けて恍惚状態になっていく、ひとつの
瞑想技法みたいなものですよね。。。
でもあれは、チベットのラマ僧達によると、微妙なんだそうです。。。
なぜならそれは、非常に有益な効果があると同時に、破壊的な効果も
あるからなのだそう。。。
過度な回転は、いくつかのチャクラを刺激して疲労させてしまう。。。
その結果、最初は活力に満ちた生命エネルギーの放出を加速させるけれども、
ある一定のところを過ぎると、逆にそれを押しとどめようとする。。。
加速されたり止められたりするエネルギーが、修行者たちに一種の
「霊的恍惚感」を感じさせ、彼らはそれを、宗教的な特別な現象だと
勘違いしてしまう。。。
って、書いてありました。
ダンスしたり歌ったりしている時に、そこにグッと入り込むと、、、
瞑想的な恍惚感というものを感じたりすることがあって、、、
それは、本当にとても気持ちのよいもので。。。
自分の周りの景色が溶けてしまって、まるで万華鏡の中にいるようだ。。。と。。。
そう表現していたダンサーもいました。
そういうのも、こういう原理なのかな?
よせてはかえす波のような、、、
生命エネルギー。。。

なんとなく思うのは、、、
歌にしてもダンスにしても、、、多分、他のものでもそうなのかもしれないけど、
例えば「発表会」のような、そういう、人前で自分のそれまでの成果を
披露するという経験。。。
・・・というのが、ひとつのターニングポイントになるような気がしていて。。。
ここで自分がそれを本当に好きなのか、実はそうでもなかったのか、、、
というのが、すごくよく解るような気がしています。
人前で何かを披露する時、、、
ステージにあがった時、、、
よっぽど場馴れしている場合は別として、初心者の頃というのは、
そこで予期せぬハプニングが起きるというのが普通で。。。
本番では、普段の70%でも出せれば、、、
もうそれで万々歳。。。みたいなところがある。。。と、私は、思っていてね。。。
そうやって、、、
自分の失敗してしまった、ちょっと恥ずかしい姿を人前に晒してしまった時、
「これをバネにして次に繋げたい、絶対に繋げてやる!!」と、前向きになれるか、
「私ってやっぱりダメかもしれない。。。」と、落ち込んでしまうか。。。
それってなんだか、、、
その人の性格云々というよりかは、その人がそれを本当に、、、
心から愛しているのか、そうではないのか。。。という。。。
なんだか、そのあたりに関わっているような気がしてね。。。
娘がバレエをやっていた頃は、、、
私はそのことに関してだけは鬼母で^^;
彼女の踊りにダメだしばかりしていたけれども、でも、私のそういったエゴを
彼女に押し付けてしまったその結果。。。
娘はバレエをやめて以来、自分が何かを踊るということを
不自然なほど頑なに拒むようになってしまいました。
自分は踊りには全く興味ない。。。
踊ることは好きじゃない、、、と、頑なに言い張る。。。
小さなころは、何か音楽が流れると、、、
楽しそうに、すぐに踊りだしていた彼女なのにね。。。
私が否定していたのは、娘の踊りだったのだけど、、、
それがきっと、彼女にとっては「自分自身を否定された」のと同じように
感じていたのだろうし、(未熟な母は、当時そこに気づけなかったの)
だからそれが、娘の心の深いところで何かを生んでしまって。。。
それが、「踊ることを頑なに拒否する」という、彼女の態度に
現れているのでしょうねぇ。。。
こういうことは、娘ともよく話したりしているから、、、
娘自身もいろいろと、頭では理解しているし、私を恨んでいるとか、
そういった感情を抱いているみたいなことは全くないのだけれども。。。
でもそうやって、経験の中で無意識の部分に創られてしまったトラウマのようなものは、、、
気づいて溶かそうと思っても、そう簡単に溶けてなくなるわけでもなく。。。
なにせ、無意識の領域だからね。。。
だからきっと。。。
娘が自分の道というか、ホームがハッキリ見えてきて、自分はそこを進むんだ、、、
という決意のようなものが彼女の中に確立された時、、、
おそらく同時に、自分に対する自信が湧いてくるでしょうから、、、
きっとその時は、あっさりとそのトラウマは消えてしまうのだろうな。。。と、、、
その元凶を作ってしまった私が言うのもなんですが、、、
母は、そう思っていたりするのです。。。
こうやって、エゴの視点でその物語を眺めてみると、、、
そこには誰でも、失敗したりとか反省しなくてはいけない部分はたくさんあって。。。
だからそういった部分では私は、、、
自分自身に対してはこれからも、いろいろとダメだしをし続けると思うし、
それが結果、レベルアップに繋がっていくのだとも思っています。
ただ、、、
もっと大いなる視点で見たら、、、
娘がそういったことで、ダンスに関心を持たなくなったことも、、、
彼女の魂レベルで見れば、彼女にはもっと他にやりたいことがあるからで、、、
だからこそ、私のような母を選んで生まれてきたのだろうし、、、
バレエでそういう想いをさせられたことによって培われた何かは、
彼女が本当にやりたいことへと向かわせるための原動力ともなるのでしょう。。。
私も、、、
私のそういう失敗を、寛容に受け止めてくれる娘のおかげで、、、
こういう経験から、本当にたくさんのことを学ばせてもらうことができて、、、
そしてそうやって、、、
大いなるひとつの物語の一部、、、一役となっている。。。
だから、、、
その視点から見れば、全ては完璧。。。
本当にこの世って、、、
完璧なことしか起こらない。。。
そんなわけで、、、
発表会後にやる気をなくして、去っていく人がいたとしても。。。
それは、その人が自分の「ホーム」へと向かう、新たな旅立ち、、、
ということなのだろうなぁ。。。ってね。。。
そんな風に思います。。。
私の場合、、、
歌と踊りに関しては、発表会後は反省することばかりで、なかなか
自分を褒めてあげることなんて出来ないのですが^^;
実はそれすらも楽しくて楽しくて仕方ないんです。。。
次はもっと上手くなりたい、もっと頑張りたいってね。。。
なんだか、ワクワクするのですよ。。。
人前で歌やダンスを披露したあとは、いつもそんな風に思うのだから、、、
好きなんでしょうねぇ。。。やっぱり。。。

女性が女性でいられることって、、、
とても素晴らしいことだと思います。。。
これって当たり前のことのようだけれども、、、
この社会の中で、女性が女性本来のままでいられることって、
実はちょっぴり難しい。。。
女性が女性でいたら捕まってしまった、そんな魔女狩りの時代は、、、
もう、ずっと昔のことなのにね。。。
ベリーダンスをやっている女性は、本当にとても美しい人が
多いなぁ。。。と感じていたりするのだけれども、
それはきっと、自分の中にある女性性を、隠すことなく、
思う存分解放させてあげられるからなのかもしれません。。。
その美しさは、、、
顔やスタイルといった外見、、、そういった「形」の美しさとは
ちょっと違っていて、、、
内側から光を放ち、キラキラと輝いているような。。。
そんな美しさなのです。。。
同性の私でさえも、、、
彼女達の、その美しさにうっとりしてしまうほど。。。
ベリーダンスは、女性なら誰でも踊れる踊りなのだそうです。
だから、多くの女性にベリーダンスを踊ってほしいなぁ。。。って。。。
そんな風に思います。。。
そうしたらきっと、、、
世の中平和になりそう(笑)
私は、、、
「自分はこれが好き」っていうことはあっても、「これってお薦めよ。」って、
そうやって人に何かを薦めることって、実はあんまりしないほう。。。
普段はね。。。
でもなんだか、ベリーダンスって、、、
すべての女性に薦めたくなってしまうくらい、
そこに「魔法」を感じます。。。

あるお友達は、私と二人だけでいる時と、他のお仲間と一緒にいる時とは
まるで別人。。。
他のみんなと一緒の時は、自分のこういう一面は絶対に出せないわぁ。。。って
言っていました。
彼女の言う「こういう一面」というのは、スピリチュアル的な一面という意味で。。。
私もそうだけど、、、
一般社会の中で、自分のそういった側面をそのまんま出すことって、
やっぱり今の時代はまだちょっと、難しいですね。
実感してます。。。
私はある時から、そういう「仮面」をとっぱらいたくなり、、、
外でもなるべく無理はせず、自然体でいようと思うようにはなりましたが。。。
それでもやはり、完全に素。。。というわけには、なかなかいかないですよねぇ。。。
スピリチュアル産業というか、宗教界というか、、、
そんな感じの世界でだったらいいけど、子供のPTAとか会社の職場仲間とか、、、
そんな中でそれをしたら、周囲からドン引きされるか、不思議ちゃん扱いされるか(笑)
そして、、、
スピの世界にどっぷり浸ることはとても気持ちがいいし、楽なことだけど。。。
私はやっぱり、聖域にこもった修行者になって、普通の社会との繋がりを
完全に断ち切ってしまう、、、みたいなことは望んでいないので、
だからやはり、その社会との折り合いを、上手につけていく必要があり。。。
そのあたりのバランスを取っていくことが、大変でもあり、、、
でも実は、すご~く楽しいことだったりもします(笑)
だってね。。。
影響というものは、目には見えないところで広がっていくものだから。。。
そんな感じで、、、
普段は私も、自分のそういった側面はあまり表には出さないし、
このブログで書いているようなことはそれこそ、彼女のように、
話しても大丈夫なんだなぁ。。。と思った相手にしか話しません。。。
でも昨日、、、
ベリーダンスお仲間のひとりの方からメールが来てね。。。
なんと彼女、偶然私のこのブログを見つけてしまったそうで。
「Lyricaさんもスピリチュアルな人だったんですね。私もです^^」
・・・っておっしゃっていました。
そういうものなのですよねぇ。。。
ホント、類は友を呼ぶ。。。なんだなぁ。。。と、いつも思います。
初めてベリーダンスを習い始めたお教室でも、同じことがありました。。。
たまたま仲良くなった人が、やっぱりとてもスピリチュアル的な人で。
そして彼女もまた、偶然に、私のこのブログを発見してしまって(笑)
それからしばらくの間、、、
彼女とは本当に、深い話をたくさんしました。
私は、、、
そういうことを求めてベリーダンスを始めたわけではなかったのに、
ベリーのお教室で、そういう人に出会ってしまって、、、
その時は予想外でちょっとびっくりしたのだけど、同時にすごく嬉しくて。。。
そういうものなんだなぁ。。。って、その時もしみじみ思ったことを
覚えています。
同じベリーダンス好き、、、と言っても、そこにはやはり、いろいろな
タイプの人がいます。。。
それでもなぜか、似たような波動を持つ者同士というのは、そうやって
不思議な流れで引き合ってしまったりするのですよね。
以前のベリーで知り合ったその人とは、ある時から自然と疎遠になり、
ここ数年は全く連絡も取り合っていなかったのですが、つい先日、
その彼女からも、本当に久しぶりに連絡がきたのでした。。。
なんだかいろいろ。。。
流れって、本当に面白いなぁ。。。と思う、今日この頃です。

今日はものすごく久しぶりに、声楽のレッスンに行ってきました。
風邪をひいたり、レッスン自体がなかったりで、もう一ヶ月近く
行っていなかったかな?
風邪は治っても、喉の調子は今一つだったので、家でもほとんど
歌っていなくて、本当に今日は、声を出すこと自体久しぶりだったのですが、
なぜか先生には、
「あれ?なんだか今日、すごいいいですね。」
・・・って(笑)
いつもそうなんです。。。
しばらく歌わないでいて、家での練習もサボりまくって、、、
そして久しぶりにレッスンに行った時って、、、
必ずと言っていいほど、先生に褒められるのです。。。
ベルカントの発声の練習をしている時は、喉をどう開いてとか
呼吸をどう使ってとか、腹筋とか背筋をどういう風に使ってとか。。。
そういうことをあれこれ考えながら歌っていると、思考は飛ぶどころか、
私の頭の中は大忙しになります。
もちろん、そんなことを考えなくても出来てしまうくらい、
身体でそれを覚えきってしまえば、それはそれは気持ちよく歌えるように
なるのでしょうけれども、今の私は、そんなレベルにはまだまだで。
早く気持ちよく歌えるようになりたい。。。
早く、体に染み込ませたい。。。
・・・と、そんな気持ちがやはりどこかにあるので、、、
だから練習中、先生に言われたことを忠実に守って、それを意識しながら
発声をしなくちゃ。。。なんて考えていたりすると、いつしか頭が
いっぱいになってしまって、気づけばあちこちがガチガチに。。。
結果、逆に前以上に迷宮入りしてしまうところが、私にはあるなぁ。。。と。。。
そういうこと、うっすらとは解っていたけど。。。
でも、今回みたいにしばらく練習を休んだりすると、以前先生に
言われたこととかを、すっかり忘れてしまっていたりするので^^;
「え~い、もうどうでもいいからとりあえず歌っちゃえ~」
みたいに、あんまり考えないでいい加減にやってしまったりすると、、、
先生に、「良い声出てますね~」って、褒められるの。。。
なんだか、、、
面白いよね。
私があれこれ考えながら歌っている時って、先生も見ていて分かるんですって(笑)
それだけ真面目なんですね。っておっしゃってくれましたが^^;
真面目。。。というのは、とっても良いことだと思ってはいるけれども、
なんでもそうだけど、過ぎるのは良くないのですよね。
頑張りすぎると、力が入りすぎちゃって、いろいろうまくいかなくなる。。。
・・・かと言って、あんまりいい加減すぎるのもちょっとだけど^^;
なんでも、バランスなのだなぁ。。。って、思います。
前も書いたけど。。。
今歌っている歌は、娘にリクエストされた歌。。。
もともとは、ゲームに出てくる歌なのですが、なんだかこの歌、
入り込んで歌えたら、すごく気持ちよさそうだなぁ。。。って思います。
日本語で歌うのは、とても難しいのだけれども、、、
歌詞の意味がしっかり理解できるし、、、
日本人の魂には響きやすいのかなぁ。。。なんてね。。。
『鏡天花』
一陣の風舞う闇夜の世界
虚空へと旅立つ魂よ。
流れ逝く先の地は、桃苑の果て
ただ一つ祈りが通じるなら、命よ響け。
淡く光咲いて、供に信じる、
幾重にも連なるまなざしよ。
穏やかな旋律は、記憶の果て
ただ一つ願いがかなうのなら、命よ駆け巡れ
舞う土埃
浮ぶ月
奇跡包む
鏡天の花
木漏れ日の差し込む、眩い世界
平和への鐘打つ魂よ。
(作詞:TRI-CRESCEND 作曲:桜庭 統)
今日のスピリチュアル・ベリーダンスのクラスでは、とても素敵な時間を
過ごさせていただくことが出来ました。
先生が、こんな素敵な「花の場」を作ってくださったのです。。。

このクラスの時は、いつも部屋の明かりを落とすので、、、
そうすると、グッと雰囲気が出ます。。。

この花々を輪になって囲み、、、
みんなで瞑想的にダンスをしました。
初めはベールを持って。。。
そして、次はお花を持って。。。
置かれていたお花の中から、みんながそれぞれ、自分の好きなお花を
選んだのですが、、、
今日私を呼んでいたのは、赤いダリアでした。
ピンクのバラもあったので、いつもだったらそれに手が伸びそうな
ところですが、なぜか自然と、赤いダリアに手が伸びていました。。。
せっかく私を呼んでくれたお花だったので、私の中にある綺麗な
エネルギーをそのお花に送ってあげたかったし、ダリアからも
たくさんの素敵なエネルギーをいただき、、、
ダンスをしながら、しばしお花と二人の世界に。。。
しばらく踊ったあと、先生と、そしてお仲間の方々と輪になって座り、
みんなで手を繋ぎ、それぞれの想いをシェアしあいました。。。
その時、、、
突然みんなのクリーンなエネルギーがドッと伝わってきて。。。
急にハートが開いた感じがしてきて、感動して泣きそうになりました。
あぁ。。。
もう、、、本当に気持ちがいい。。。
素晴らしい体験でした。。。
こういう、神聖な時間を持つことって大好き。。。
一人で瞑想するのもいいのですが、、、
大好きな人達に囲まれ、みんなで一緒にこういった素敵な時間を
共有出来ることって。。。
本当に、、、
なんて素晴らしいことなのでしょう。。。
先生に、お仲間の方々に、、、
そしてすべてに、感謝です。。。
今日そこにいたのは、6人でした。。。
「6」という数字は、私の中では「美」と繋がっている数字です。。。
偶然?
偶然ではないですよね。。。
今日、私を呼んでくれたお花はこの子。。。

持って帰ってあげてくださいね。。。と、先生がおっしゃってくださったので、
お家に連れてきたのですが、ちょっとシナッとなってしまっていてね。。。
でもね、、、
水切りしてあげたら、元気になってきました^^
今日のダンスで流れていた音楽がまた、、、
私の大好きな音楽でね。。。
本当にもう、、、どこまでもどこまでも、、、
何から何まで、、、
私のツボにハマってしまうところが、、、すごく嬉しい。。。
過ごさせていただくことが出来ました。
先生が、こんな素敵な「花の場」を作ってくださったのです。。。

このクラスの時は、いつも部屋の明かりを落とすので、、、
そうすると、グッと雰囲気が出ます。。。

この花々を輪になって囲み、、、
みんなで瞑想的にダンスをしました。
初めはベールを持って。。。
そして、次はお花を持って。。。
置かれていたお花の中から、みんながそれぞれ、自分の好きなお花を
選んだのですが、、、
今日私を呼んでいたのは、赤いダリアでした。
ピンクのバラもあったので、いつもだったらそれに手が伸びそうな
ところですが、なぜか自然と、赤いダリアに手が伸びていました。。。
せっかく私を呼んでくれたお花だったので、私の中にある綺麗な
エネルギーをそのお花に送ってあげたかったし、ダリアからも
たくさんの素敵なエネルギーをいただき、、、
ダンスをしながら、しばしお花と二人の世界に。。。
しばらく踊ったあと、先生と、そしてお仲間の方々と輪になって座り、
みんなで手を繋ぎ、それぞれの想いをシェアしあいました。。。
その時、、、
突然みんなのクリーンなエネルギーがドッと伝わってきて。。。
急にハートが開いた感じがしてきて、感動して泣きそうになりました。
あぁ。。。
もう、、、本当に気持ちがいい。。。
素晴らしい体験でした。。。
こういう、神聖な時間を持つことって大好き。。。
一人で瞑想するのもいいのですが、、、
大好きな人達に囲まれ、みんなで一緒にこういった素敵な時間を
共有出来ることって。。。
本当に、、、
なんて素晴らしいことなのでしょう。。。
先生に、お仲間の方々に、、、
そしてすべてに、感謝です。。。
今日そこにいたのは、6人でした。。。
「6」という数字は、私の中では「美」と繋がっている数字です。。。
偶然?
偶然ではないですよね。。。
今日、私を呼んでくれたお花はこの子。。。

持って帰ってあげてくださいね。。。と、先生がおっしゃってくださったので、
お家に連れてきたのですが、ちょっとシナッとなってしまっていてね。。。
でもね、、、
水切りしてあげたら、元気になってきました^^
今日のダンスで流れていた音楽がまた、、、
私の大好きな音楽でね。。。
本当にもう、、、どこまでもどこまでも、、、
何から何まで、、、
私のツボにハマってしまうところが、、、すごく嬉しい。。。

今練習している『鏡天花』の歌は、一部が「アウフタクト」になっているのだそう。。。
アウフタクトをネットで調べると、、、
楽曲が強拍以外の拍、つまり弱拍から始まる場合に、最初の小節線の前に
現れる冒頭の一個あるいは数個の音のこと。上拍。アウフタクトでの開始を弱起という。
・・・と書かれていて、これを読んでも、素人の私には何を言っているのか
さっぱり解りません^^;
アウフタクトというのはドイツ語で、日本語では「弱起」というらしく、
ウィキではこんな風に説明されていました。

曲の中で、1、2、1、2とリズムをとる時、この「1」の部分を表拍、
「2」の部分を裏拍と言って、表拍を強く、裏拍を弱く。。。と、
そう表現することが、普通、、、というか、なんとなく自然なリズムの
取り方なのだそうです。。。
相当昔に、ブログで書いたことがありましたが、、、
日本人とアイルランド人は特に、この表拍で手拍子を打つんですよね。。。
それとは逆に今の西洋音楽(クラシックではなくて)は、裏拍で手拍子を
入れることが圧倒的に多いです。
私も含め、最近の世代は日本人でも裏でリズムをとること多いですが、
民謡や演歌なんかの手拍子は、完全に表拍。。。
表拍でリズムを刻む由来は、農耕民族が鍬で土を耕していた時のリズムだと、、、
そんな話を聞いたこともありましたが。。。
話し戻しまして。。。
弱起の曲というのは、この裏拍の弱くなる部分に、本当は
強く発音しなくてはいけない言葉が当てられていたりするのだそうで。。。
たとえば、「大好き~♪」と歌う時に、一小節の中で「大好き~♪」と
歌うのだったら、そのままで大丈夫なのですが、弱起の場合だと、
前の小節の一番最後の音(裏拍)に、「大好き」の「だ」の音が当てられていて、
次の小節の一番最初の音(表拍)に「大好き」の「い」の音が当てられていて。。。
ですので、それを、あまり意識しないで無意識に歌ってしまうと、、、
「だいすき~♪」となってしまうようで、
聞いているほうは、何て言っているのかよく解らなくなってしまうのですって。
なので、前の小節の最後の音を意識して強めにするか、、、
次の小節の最初の音を意識して弱めにするか、、、
どちらにしても、少し考えて歌わないと、言葉の意味が、
なんだか変な風に聞こえてしまうみたいです。。。
先生曰く、、、
こういう弱起の曲って、ポップス系には多いのですって。
昔のオペラとか歌曲には、そんなにたくさんないらしいです。
(全くないわけではないけれども。)
こんなお話を聞いていてふと思ったのは、、、
人間ってやっぱり、、、
モーツァルトの時代よりも今のほうが、だいぶ複雑になってきているのだろうなぁ。。。
なんてことでね。。。
複雑になったってことは、、、
それだけ「進化したこと」だと、私は思っていたりします。
赤ちゃんはシンプルだけど、おじいちゃんおばあちゃんには、経験してきた
分だけ知恵がある。。。
・・・と、おんなじこと。
そういうのが、、、
創られる音楽ひとつにも現れているのかもしれないなぁ。。。と。。。
オペラ的に歌う時は、昔の作法?に乗っ取って、、、
弱起の歌を歌う時はそうやって、言葉の意味に注意しながら歌う必要が
あるのかもしれないけど。。。
それが現代の、ポップス系の歌の場合だったらどうなんでしょうね?
もしかしたら、、、
「だいすき~♪」
と歌ってしまっても、それはそれかも?なんて思ったりもして。。。
言葉の意味というよりも、ノリ重視というか。。。
いつかそのあたりを、、、
機会があったらボイトレの先生に聞いてみたいです。。。
赤ちゃんは常に自然のリズムと共にあって、とてもシンプルだけど、、、
大人になればなるほど、いろいろと複雑でめんどくさくなってきて。。。
でも、歳をとって智恵がついてくると、不思議とまた、、、
今まで大切に抱え込んできたものが、なぜだか次々といらなくなり、、、
手放していく。。。
そしてまた最後は、、、
自然と調和するような、そんなシンプルな生き方に戻っていったりする。。。
音楽も伝統的な民族音楽は、ペンタトニックスケール、、、
五音音階が多いけれども、西洋クラシック時代になると、
今度は、七音音階が主流となり。。。
いろんなことが、宇宙のエネルギーの流れ。。。
カバラ的に言えば、「生命の樹」の法則に則って、進化成長していくのが、
あちこちに見て取れて、面白いです。。。
このビデオでも、お客さん達、みんな表拍で手拍子してますよね。
私はこんな曲だったら、裏でリズムとってしまうので、最初観た時は、
ちょっと驚きでした。

今日はちょっと科学ネタをふたつ。
まずひとつめは、「臨死体験と脳」のこと。
今日Facebookで、アメリカの神経外科医、エベン・アレクサンダーさんが
体験した臨死体験の話が、ジェームズの『Quantusum』の中でソロモンが
体験する出来事と似ている。。。というお話が出ていました。
このお話、一年くらい前に、日本のWMフォーラムでも出ていましたね。

【10月15日 AFP=時事】ハーバード大医学部(Harvard Medical School)での
教職歴も持つ米国の神経外科医、エバン・アレキサンダー(Eban Alexander)氏が
書いた臨死体験に関する手記『Proof of Heaven: A Neurosurgeon's Journey
into the Afterlife』(天国の証:ある神経外科医の死後への旅)が26日、
米国で出版される。
2児の父で端正な外見の米バージニア大(University of Virginia)の医師、
アレキサンダー氏の死後への旅は頭痛から始まった。2008年11月、非常に珍しい
細菌性髄膜炎がアレキサンダー医師の脳の新皮質を停止させようとしていた。
新皮質は脳の中で、知覚や意識的な思考をつかさどる部分だ。それから7日間、
アレキサンダー氏は「深い昏睡状態だった」が、同時に「この宇宙のもっと大きな次元、
存在するとは想像をしたことさえなかった次元に旅していた」と言う。
その異次元でアレキサンダー医師を迎えてくれたのは「黒に近い深い紺色の空」に
浮かぶ「大きく膨らんだ薄いピンク色の雲」を背にした「揺らめく光を放つ透明な
存在の群れ」だった。「この世でわたしが知っている何物ともまるで違った」
そしてアレキサンダー医師は自分の他に何者かがいることに気付いた。
死後への旅の連れは、琥珀(こはく)色の髪に紺碧(こんぺき)の瞳をした
若い美女だった。女性は何百万というチョウに囲まれ「言葉をいっさい使わずに」
話し掛けてきた。「あなたは永遠に愛され、大切にされます。恐れることは何もありません。
あなたに過ちを犯させるものは、ここにはありません」
■さまざまな反響を呼ぶ
アレキサンダー医師の著書の抜粋が米誌ニューズウィーク(Newsweek)に掲載されると、
さまざまな反応が巻き起こった。
当然のごとくこの超常体験への疑念も投げ掛けられた。同誌のウェブサイトには
「単に『明晰夢(夢だと自覚しながら見る夢)』を見ていただけに聞こえる」、
「個人的なエピソードは感動的かもしれないが、証拠にも証明にもならない」
といった意見が投稿された。米ゴシップサイト「Gawker.com」は読者に、
アレキサンダー医師が見た死後の世界とLSD によるトリップ体験に違いがあれば
それを指摘してみてはと皮肉に呼び掛けた。
しかし、すでにテレビの科学番組に出演し臨死体験を語ったり、昨年は
科学と精神世界に関するブログメディア「Skeptico.com」で長いインタビューに
応じたアレキサンダー医師を擁護する声も少なくない。ローマ・カトリック教会の
ニュースサイト「カトリック・オンライン(Catholic Online)」は
「死後の世界に関する証拠や証明があるのならばそれは素晴らしい」と
アレキサンダー医師の説明を是認する姿勢を示した。
ある推計によれば米国人の約3%、900万人以上が臨死体験をしており、
「臨死体験研究財団(Near Death Experience Research Foundation)」の
ウェブサイトなどに体験記を寄せている。
■「天国」の描写は麻薬様物質と関連か
臨死体験に関する著作のあるポール・ペリー(Paul Perry)氏は「毎年数万人が
臨死体験をしており、その多くがアレキサンダー氏の体験と似たものだ」と言う。
ペリー氏はAFPの取材にメールで「そうした体験は私たちの次なる驚くべき冒険を
垣間見せているのかもしれない。しかしこの分野に関する有意義な研究は
今のところ行われていない」と回答した。
神経生物学と人間の恐れについて研究している米コロンビア大(Columbia University)の
心理学者、ディーン・モブス(Dean Mobbs)氏はアレキサンダー氏の体験を認めつつ、
「超常現象的な要素はないと思う」と語る。臨死体験とは「脳が通常通りに
機能しなくなっている現れだ」とモブス氏は言う。「わたしの考えでは、われわれの
脳は特に混乱した状況や外傷を受けた状況に置かれると、鮮明な体験を作り出すことが
できる。周囲で起きていることを脳が解釈し直そうとするのだ」
例えばスイスの神経科学者オラフ・ブランケ(Olaf Blanke)氏は、右側頭葉と
頭頂葉が接する部位を刺激して人工的に体外離脱体験を引き起こす実験を行っている。
ブランケ氏はまた、人間は究極の危険に直面すると麻薬様物質(オピオイド)を
大量分泌することがあるとも指摘している。オピオイドは臨死体験者の報告に
あるような多幸感を生み出す。
モブス氏はさらに臨死体験をしたと主張する人たちの多くは、実際には死ぬ寸前では
なかったとも指摘している。実際、一時的に死亡状態となりその後蘇生した人々の大多数は、
どこかへ行ったという記憶をまったく持っていないと言う。(c)AFP=時事/AFPBB News
臨死体験は体験したことはないけれども、不思議体験やヴィジョン体験は、
私自身もいろいろ経験してきました。
ああいった体験は本当に強烈で、それが「現実」だとか「真実」だと
信じ込んでしまう気持ちは、ものすごく解るのだけれども、、、
でも、私はそういったことに対しても、いつも懐疑的です(苦笑)
もちろん、その体験自体に関して懐疑的なのではなく、それが天国だ~とか
高次元の素晴らしい存在だ~とか。
そうやって簡単には思えない。。。という意味での疑い深さです。
何がどうなると、こういった現象が起こるのだろう?
・・・というほうに、いつも目が向いてしまうタチなんですね。
なぜなら、10代の時に体験した神秘体験によって、私の中には、
すべてのもののもとは一つであり、「あれ」だけが本当に存在しているものであり、
他のものは、全て幻想である。
・・・という信念が、生まれてしまっているからです。
この世は、この三次元だけでなく、高次元の世界でさえ、それは本当は
幻想の世界。。。
だから高次元でさえも、それはここ三次元と同じように、「意識」によって
生みだされている。。。
だから、人間であろうと異次元生物であろうと、その基本的なところは
何も変わらない。。。
ですので、天国がどうなっているのかとか、あっちで出会ったすごい知性を持った
異次元生物の話に翻弄されるよりも、なぜそういった現象が起こるのか、、、
そっちを知りたい気持ちが強くなるのです。
なのでどちらかというと、宗教やスピリチュアル的な「信じる」タイプのお話よりも、、、
科学的な「解明する」というお話のほうに、ワクワクしてしまう自分がいるような気がします。。。
大脳新皮質がシャットダウンしていても、ヴィジョン体験はする。。。
みたいなお話が載っていた本を、ある時読んだことがありましたよね。。。
これです。
![]() | 死と神秘と夢のボーダーランド: 死ぬとき、脳はなにを感じるか (2013/02/05) ケヴィン ネルソン 商品詳細を見る |
少し読み返してみようかなと思ったのだけど、どこか奥深くにしまって
しまったようなので、めんどうになってやめてしまいました(苦笑)
ただ、なんとく覚えているのは、、、
「夢というのは、心臓が創りだしている」と言っていたこと。。。
そして、実際のヴィジョン体験は、大脳新皮質ではなく、辺縁系や脳幹といった、
もっと原始的な脳と関わっていると言っていたこと。。。
そんな感じのこと。
もしこれが真実なら、、、
アレクサンダー博士のように、大脳新皮質の機能がシャットダウンしていても、
ヴィジョン体験は出来る。。。ということになりますよね。
自分の体験から感じたこと、それによって私の中に生まれた信念。。。
そういったものを強化できるものは、どちらかというとこちらの本に
出てくるようなお話なので、どうしてもそちらを支持したくなります。
こうやって人って、、、
自分の思いを強化してくれるような欠片を集めたがるものなんですよね(笑)
今現在のウイングメーカーの支持者は、、、
その多くの人が、私とは違う欠片を集めるのが好きな人のような気がしている、
今日この頃です。
そういった意味では、私はちょっと異端児なのかも?
ウイングメーカー・プロジェクトって。。。
一見、いろんなところからの情報の寄せ集めのように見えます。
でもそれは、あくまでも「パッと見」の話。
どうやったら人々の関心を引くことができるのか。。。ということを、
このプロジェクトの本当の中心にいる人達は、熟知しているように感じます。
そしてそういった情報を非常に高度なやり方でそこに取り込み、、、
マテリアルに引き寄せられた人々を、上手に導いていく。。。
ジェームズって、、、
というか、このプロジェクトチームを動かすその中心の人達って、、、
きっとそれこそ、エリート集団だとね。。。
私は、、、密かに思っていたりします。
そして、、、
彼らが私たちを、一体どんなところへ連れて行きたがっているのかというのも、
実は、なんとなーくだけど見えていて。。。
ただ私は、、、
今はまだ、諸手をあげてそれに賛同する気にはあまりなれなくて。。。
様子を見ている。。。みたいな感じです。
なんか、、、
話がまたそれましたね^^;
科学系のもうひとつの話は、別の記事に書きます。

今日は、のんびりといろんなものを作っていました。
チンキに、ヘアクリームに、ヘアミスト。。。
前々から作ろう作ろうと思っていたのですが、なかなかまとまった時間がとれず。。。
手際の良い主婦は、こういうものは空いた時間にパパッと作れて
しまうのだろうなぁ。。。と思うのですが、私って、ダメなんです^^;
落ちつける時間がある程度まとまって取れないと、なんだか気持ちが
ワサワサしてしまって、作る気が起きなくてね。
パッと即行動出来ない人なんですねぇ(苦笑)
この、一見なんだかちょっと毒々しい色に見えるのは、ハーブをウォッカに
漬け込んだもの。

だいたい、2週間くらいで出来上がります。
その間は、毎日一回、瓶を振ってあげるのです。
免疫力アップのためのエキナセアチンキと、うがい薬にするタイムとセージの
チンキです。
風邪やインフルエンザは、12月から3月くらいまで流行しやすいそうですので、
本当はもう少し早めに作りたかったのですが、、、
気づいたらもう、11月もあと数日に(汗)
また、いつものパターンでした(笑)
あとは、ヘアクリームとヘアミスト。。。
いつくらいからだったかなぁ。。。
もう、かなり前からなのですが、髪の癖が強くなってきてしまって、
パーマもかけていないのに、ウェーブが出てしまうし、それに伴い、
乾燥してパサパサしてきて、そのせいで髪が切れてしまって、
なかなか伸びてくれない。。。
そんな泣きたい状況だったのに、何をやっても効かなくてね。。。
一番の原因は、食べ物のような気がしていたりもするのですが、
でもとにかく、何かケアできるものはないのかと、いろいろ調べていました。
そうしたら、、、
「ブロッコリーシードオイル」が良い。。。という情報に出会いました。
もうずいぶん前から、シリコンは良くない。。。と言われるようになり、
シリコンフリーのシャンプーなどが今は主流になっていましたが、
髪や頭皮に良くないと言われていても、やはりシリコンが髪に艶を与え、
扱いやすくしてくれることも、事実でした。
かと言って、良くないと言われているものをわざわざ使う気持ちには
なれなかったのですが、このブロッコリーシードオイルって、
「天然のシリコン」と言われているそうで、、、
オイルをそのまま使ってみたら確かに、、、
少しだけど、以前よりはまともになった気がして。
なので今回は、そのオイルを使って作ってみることにしました。
これは、ヘアミスト。

ローズウォーターをベースに、使ったのはグリセリンとシルクセリシン、
あとは例のブロッコリーのオイル、そして何種類かの精油。
シルクセリシンって、髪の成分にとても近い天然のアミノ酸。。。
その一種である「セリン」というのが、たくさん含まれているのですって。
髪だけではなく、肌にもいいらしいです。
私の場合、肌に使うのはまだ怖いので、まずは髪から。
出来あがったものは、スプレーボトルに入れて使うのですが、
お水とオイルは混ざりませんので、使う前にはよく振って。。。
どんな効果が出るか、楽しみです^^
ヘアクリームは、ブロッコリーのオイルと椿油を使いました。
あとは、シアバターとアボカドバター。
そしてここでも、何種類かの精油。
シアバターだけでも良かったのですが、なぜかアボカドに呼ばれている
ような気がしたので(笑)
最近アボカドは、我が家ではすごい重宝していたりして、、、
密かなマイブームです。
こんな感じに出来あがり。
この写真は、まだ完全に固まってない状態ですが。

いろんなものを作るのは本当にとても楽しくて、、、
そして手作りタイムって、癒しの時間でもありますね。
植物の恵みに感謝☆

※Mandalas by Anja Koerts
先日、アレクサンダー博士の臨死体験のことを日記で書いた日の夜、
なぜか急に、『奇跡体験アンビリバボー』が観たくなり、なんとなく
観ていたのですが、普段テレビを観ることの少ない自分が、なぜ突然
それを観ているのか解らないまま、結局最後までダラダラと観てしまいました。。。
でも次回の予告を見て、すごいびっくりして、、、
そういうことだったのか。。。と、納得しました。
なんと来週のアンビリバボーで、そのアレクサンダー博士のことを
取り上げるようです。。。
すごいタイミングだなぁ。。。と思いましたし、、、
ということは、今は少し、このあたりのことを意識してなさいね。
ってことだと感じたので、今私の考えていることを、少し書いて
おいたほうがいいのかな。。。なんて、思いました。
これもまた、FC2版限定で(笑)
先日、ホーキング博士が「神が宇宙を創造したのではない。神はいない。」
と言っていた話を書きましたが、博士はその時、こんなことも言っていました。
「ついでに、天国も地獄もないでしょう。
このたった一度きりの人生の中で、宇宙の謎を解明することに
情熱を注げることに、幸せを感じます。」
・・・と。。。
ホーキング博士がこの宇宙を創ったのは、(おそらくバチカンの言うような)神ではない、、、
と言ったことには、すごく共感していたのですが、彼の話の中の、世界はここしかなくて、
死んだら終わり。。。的な部分には、どうもしっくりきていない自分がいるなぁ。。。
なんて思っていたりもします。
話は少し逸れますが、、、
この前、ご先祖探究をしていた時に、学校で使うような社会科資料集みたいな
本をパラパラと見ていたら、たまたま「ゾロアスター教」という文字が目に留まり。。。
そういえば、ゾロアスター教ってどんなのだったっけ?と、、、
ウィキで見てみたのです。

その時、「天国と地獄の概念」を初めて説いたのは、ゾロアスター教だった。。。
という部分がやたらと印象に残っていたのですが、ホーキング博士のあの
お話を聞いた時に、このことが私の頭の中に突然浮かんできて、そしてリンクして。。。
善と悪の二元論。。。みたいな「概念」が、私達人類の意識の中に
生まれ始めた時期は、、、その頃だったのかもしれないなぁ。。。と。
そんなことをね、、、なんとなく考えたりしたのでした。
脳神経学者達の話によれば、、、
神経伝達物質、脳内ホルモンなどの影響が起これば、私たちはみな、
どんな人でも、ヴィジョンを見るように出来ているらしいのです。
それが生まれつきの天然で起こるのであれ、ドラッグで起こるのであれ、
瞑想や、事故などによる臨死体験などの特殊な状態で起こるのであれ。。。
そのヴィジョン体験に深く関わる脳の部分は大脳新皮質である。。。と、
考える脳神経学者が多い中、先日読んだ本の著者の方は、同じ脳神経学者でも、
「いや、それは脳幹や辺縁系などの、もっと原始的な脳である」。。。
・・・と考えているみたいなんですね。
でもどちらであろうと、人の身体にはそういったシステムが組み込まれている、、、
という点では、脳神経学者のほとんどの人がイエスと言っているみたいなのです。。。
私には、、、
人間の身体がそんな風に創られていること自体がもう驚異で。。。
なので、どんなヴィジョンを見るのか、、、よりも、「なぜ」人間の、、、
人間装置の構造って、そんな風に創られているのか、、、というほうにね、
やはり、興味が向くのです。
ただ、、、
そのヴィジョンを、脳自身が全くの「無」の状態から生み出しているのかと言ったら、、、
私はなんだか、そうではないような気がしていたりします。
個人的には、、、
「脳は受信機」。。。という考え方のほうがしっくりきます。
何を受信しているかと言ったら、それはやっぱり、意識の世界です。。。
アレクサンダー博士の見てきた世界というものは、、、
個人的な意識の中、、、というよりも、もっと大きな、、、
人類全体の「集合的無意識」の中にある世界のような気がしてしまってね。
ウイングメーカー的に言ったら、それは、、、
「ジェネティック・マインド」の世界。。。
アレクサンダー博士の見てきた世界だけでなく、少し前にあちこちで
騒がれていたような、アトランティスの世界とか。。。
そんなのも、私にはどうしても、GMの中の世界のように感じてしまうの。。。
アトランティスに関しては、、、
その原型となった場所、出来事のようなものはあったのかもしれないなぁ、
とも思ったりするけど、、、
たとえば、シュメール時代に人々が頻繁に経験した大河の氾濫という出来事から
洪水伝説が生まれ、、、そこに尾ひれがついてアトランティス物語に
発展していった。。。とかね。。。
まぁ、それはともかく、、、
私自身がヴィジョン体験の中で観たものや、当時私とヴィジョンがシンクロしていた
たくさんの人達が観ていたヴィジョンというものは、、、
どうも、GMの世界のような気がするんですよねぇ。。。私は。。。
ですので、、、あの頃もやっぱり、私にとっては、、、
そのヴィジョンの内容云々よりも、、、
みんな揃って、同じところにアクセスすること自体のほうが、、、
興味をそそられるポイントだったりしました。
意識がチェンジして、、、
というか、脳の受信機が、いつもとは違う周波数のチャンネルにあった時、、、
太古の昔から、、、
それこそネアンデルタール人とかクロマニョン人とかそんな頃から、、、
人類のご先祖たちが、その経験を通して考えたり感じたり想像したりして、
そうやって少しづつGMの中に刻み込まれてきた「概念」によって生み出された世界。。。
ヴィジョン体験というものは、、、
そこにアクセスしてしまうのではないのかなぁ。。。と。
そんな気がしてしかたない。
ジェームズ達は、、、
私たち人類がこれまでの経験の中で築き上げてきたその世界、、、
ジェネティック・マインドの中にある、そういった世界を、一度崩して
新たなものを構築させようとしているような気がしてしかたないです。。。
私たちは何をするにしても、無意識に行動している限りはどうしても、
GMの影響を受けてしまうことを、ジェームズ達はよく解っているのだろうと
思うから。。。
アブダクション体験なんかは、、、
今は昔と違って、それは3次元的な経験というよりは、もっと異次元的、、、
意識の世界の出来事なのだと捉えられるようになってきていますが、、、
そういったヴィジョン体験しやすい人はおそらく、脳のチャンネルが
切り替わりやすい体質?なのだと、個人的には思っています。
なので、そういった人達の語る世界を観察してみると、、、
私たちのGMがどのような状態になっているのかがチラッと
垣間見れるような気がしてね。。。
映画やテレビの映像が無意識に与える影響というものは大きいので、
昔は精霊だったようなエネルギーが、今では宇宙人に職業を変えていたり、
それが活躍する舞台も、天国から宇宙に変わっていたりすることは多いけど、、、
でもやっぱり、基本的なところは今も昔とほとんど変わっていないように
感じています。
そして私たちはまだまだ、、、
GMに振り回されっぱなしのような気がしています。。。
これから私たちが、意識的に変わらないとなぁ。。。って思う一番の部分は、、、、
私たちが無意識に、自分の外側に「救世主」を求めてしまう癖だと。。。
そんな風に思っていたりします。
・・・と、こんなことを心に留めた上で。。。
来週のアンビリバボー。。。
今回は観なさいと言われた気がしますので、観てみたいと思います。
考え方、、、変わるかな?(笑)
「人は、自分の信じることを選べます。。。」
・・・と、ホーキング博士は言っていました。。。
素敵な言葉だなぁ。。。って思いました。
たとえ、ホーキング博士が意識の世界を全く信じていなかったとしても、、、
表面的な意見は、私の思いと違っていたとしても、、、
なんというか、もっともっと深い部分。。。
マインドではなく、ハートの部分で、、、
博士にとても共鳴している自分を感じていたりします。。。

先日録画しておいた、こんな映画を観ました。。。
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シャーリーズ・セロンが、キュートで可愛かったです。
物語自体はよくあるパターンみたいな感じで、これと言って
特筆するような展開ではなかったのですが、、、
でも、所々で胸にくる場面があってね、それでジワァときて。。。
何度か涙してしまいました。
あらすじは、こちらに載っていましたので、手抜きしてリンクを。。。^^;

女性に舵を握られて、女性のペースに乗せられた男性は、、、
「素晴らしい戦士」にはなれなくなるのでしょうね。。。
私から見たら、何よりもパートナーのことを大切にしていて、
愛に溢れていて、本当に素敵だなぁ。。。なんて思うような男性も、
企業戦士的な男性から見ると、
「女に骨抜きにされた負け犬」
・・・なんて映ってしまうみたいで。
まぁ、、、
そのあたり、映画では極端に描かれていましたけれども、、、
だから、、、
この動物意識の上で成り立った社会の中で、頑なに「社会的成功」を
目指している男性の場合、、、
どこかに本能的にガードがかかって、、、
なかなか素直に、女性の意見に耳を傾けられなくなるのだろうと思います。。。
王様になりたい。。。
・・・って、多くの男性がどこかでそう思っているのだなぁ。。。って
見ていて、そう感じてきました。。。
でもなんだか、、、
最近の若い男の子達は、、、そのあたりなんだか変わってきていますね。。。
男性が覚悟して女性のペースに巻き込まれる決心をしてくれた場合。。。
その男の人は、どこまでもどこまでも女性を受け入れてくれて、、、
そして、どこまでもどこまでも女性のことを許してくれる。。。
相手を受け入れる能力って、、、
女性よりも男性の方が断然大きいってね。。。
私はそう思っているから。。。
相手を理解する能力とか空気を読む能力は、女性の方が断然高いけど、
女性って、解っていても「嫌なものは嫌」。。。になることって多いよね。
生理的に受けつけない。。。って、良い言葉だと思います(笑)
女性がこういう風に愛してほしいと思う形と、、、
男性が愛する人に与えてあげたいと思う愛の形というものは、、、
なかなか一致しないのが、世の常だったりして。。。
でも、めんどくさがらずに、そして逃げずに相手と向かい合い、、、
長い時間をかけてお互いのことを理解し合い、、、
少しづつ少しづつその「差」がなくなっていった時。。。
そんな風に、二人の間でじっくりと育まれた愛って、、、
特に「愛してるよ」なんて言葉で言わなくても、、、
いつもハートがじんわりとしていて、いつもどこかで安心していて。。。
それなのに、映画の中のサラ(シャーリーズ・セロン演じる)は、、、
最後、ちょっとそれはワガママなんじゃない?みたいな感じで。
そこだけちょっと、腑に落ちなかったかな。
何が正しいのかって、、、
いろんなことが解ってくればくるほど、「これが正しい」って言えなくなっちゃうけど。。。
私だったらね。。。
多分、死ぬまで一緒にいたと思います。。。

by Matteo Alfanotti
昨日ふとしたことから、こんなサイトにたどり着きました。。。

ここで、自分の太陽星座である射手座の取り扱い説明書を読んでみたら、
なんだか爆笑してしまいました。
「射手座は束縛嫌い!少しでも不自由を感じると一目散に逃亡!!」
・・・って。。。(爆)
でも、ここに書かれていることって、自分にほとんど当てはまるなぁ。。。
なんて思いながら読んでいました。
当てはまりすぎちゃうから、爆笑しちゃうのね、きっと。
まだ、射手座までしか出ていないようだけど、、、
そのうち、続きも出るのかな?
なんだか、12星座の中で一番おバカっぽいことを書かれているのって、
いつも射手座のような気がして。
それを笑い飛ばせてしまう自分を見ていると、やっぱり私って、
射手座なのねぇ。。。なんて思ったりもします(笑)
楽天的。。。というのは、射手座のキーワードですものね。
前に何かで読んだことがあるけれども、12星座中、一番男らしい星座は?
というアンケートで、ダントツ一位だったのが、射手座でした。
その次が獅子座だったかな?たしか。
占星術のことをよく知れば、太陽星座だけでは、その人のことを
本当に知ることは出来ない。。。って思うようになりますけど、
でもその逆に、占星術というツールを本格的に扱えば、恐ろしいことに、
その人のだいたいのことは解ってしまうということも同時に解り。
だから私は、こういうのはもう、自分自身の「答え合わせ」以外には
あまり使わないようにしようと、ある時決めたの。
自分のこともそうだけど、相手のこともまずは、、、
自分のハートを通して感じたいよね。。。
そうやって自分自身で感じたことを、ずっとあとになってから
ホロスコープで答え合わせするのならいいけど、最初からホロスコープを頼って、
「この人はこうだから、こうするのがいい」とか考えながら付き合うのって、
なんだか打算的で嫌だなぁ。。。ってね。
そう思うようになったのです。
ホロスコープを通して自分や、相手のことを知ろうとすることって、、、
なんだか結局、マインドを通して理解しようとしているような感じがしちゃってね。
やっぱり、人とのお付き合いは、ハート to ハートがいいなぁ。。。
私は。。。
まずは出来事があり、体験があり、、、
その体験を通して自分で感じたり考えたりすることが好き。。。
知識は、その答え合わせのように使うことが好き。
先に知識から入っていくのは、好きじゃない。
射手座が12星座の中で男らしい星座だとすると、女らしい星座って
どれだと思います?
そういう時だいたい、蟹座と魚座があがるのですけれども、、、
私は個人的には、蟹座が一番女性っぽい星座のように感じていたりします。
射手座と蟹座には、共通するところがまったくないの。
射手座は、「陽」であり「火」であり「柔軟宮」
一方蟹座は、「陰」であり「水」であり「活動宮」
魚座は、「陰」であり「水」でありなんだけど、「柔軟宮」なので、
そこだけ射手座と一致しているのです。
男星座は、射手座と獅子座。
女星座は、蟹座と魚座。
・・・があがっている中、私のイメージだと、
The男、、、は射手座で、The女、、、は、蟹座というイメージかなぁ。。。
やっぱり。
なので、蟹座の取説もなんとなく読んでみたのだけれども、、、
こちらは、、、笑えはしなかった^^;
やっぱり、射手座とはツボが全然違うのねぇ。。。なんて思いながら
読み進めていたのですけれども、でも、あれ?という部分がありました。
つい数日前にね、ツイッターでこんなことをつぶやいていたのですけど。。。
普段、「感情レベル中心」で生きているタイプと「スピリットレベル中心」で
生きているタイプというのは、世界の体験の仕方が違うのだろうなぁ。なんて思います。
占星術用語を使うとすれば、「火」のタイプの人って、感情のアップダウンが
まったくないわけではないけれども、あんまりそこには巻き込まれない感じがする。
常に観察モード。。。みたいな。
「水」が強い人は、その感情のアップダウンに思いきり巻き込まれる・・・
そんな感じがします。
そうやって、「体験の仕方」が違うんだということを理解していれば、
自分と違うタイプと一緒にいても、そんなにグッタリしなくて済むのかもしれません。
私は、完全に「観察タイプ」で、感情のままに何かを言ったり、
行動したりということって、ほとんどありません。
私が「もうダメ」という時は、よっぽど我慢の限界か、あとは今はそういう風に
言う必要がある、、、と「思考」の部分でそう判断した時に、言ったりするのだけど。
「感情タイプ」の人は、その場の感情にそのまま巻き込まれて、
喜んだり怒ったり泣いたり笑ったりをそのまんま、思考を通さずに
表現することが多いんだな。。。と、見ていて思います。
どうしたら感情にまきこまれずに、中庸でいられるか、、、みたいな
アドバイスを淡々と語られるよりも、感情タイプの人は、その時一緒に
喜んだり怒ったり泣いたりと、共に感情に巻き込まれてアップダウンして
もらったほうが、実は嬉しいのだろうなぁ。って思います。
これってね。。。
実は、ある蟹座の男性との体験を通して、自分が感じたり
考えたりしたことをメモ的に書いたものでした。
そうしたら、蟹座の取説に、、、
感情的に生きている蟹座の気持ちの上下は一目瞭然、見たまま。
落ち込んでいるとき、悲しいときは、ぐったりとして泣いています。
そんなとき、問題の解決方法をアドバイスしてはいけません。
蟹座はそんなことは聞きたくないのです。彼と別れたほうがいいとか、
スキルアップのために転職すべきとか、理路整然としたアドバイスは
蟹座を怒らせるだけ。蟹座は、「そうだよね~!」と一緒に泣いたり
怒ったりしてほしいだけなのです。
・・・って書いてあったので、思わず苦笑いしてしまいました。
「共感」って、、、
射手座には、微妙に苦手なものだったりもするのかもしれませんねぇ。
だって射手座って、視野が広いのが特徴だったりするから、
どうしても、「共感」ではなくて「観察」モードになってしまう傾向が
あるような気がするから。
自分を見ているとね。
でもね、、、
面白いなぁ、、、と思ったのは、「私」という一個人的感覚を捨てて、
ひとりの女性としてこの、蟹座の取説を読んでみると、、、
ここに書かれていることが突然、すごーーーく理解出来てしまうの。。。
蟹座のキーワードは「I feel(私は感じる)」。データをそろえ、
何時間もかけて説明して納得させようとしても、「なんかヤな感じ」の
一言ですべてぶちこわしてくれます。
・・・って、こういうところ、自分にもあるから(笑)
夫なんて、「証拠がないと信じられないんだよね。」なんてよく言ってるけど、
私は逆に、「どうだ!こんなに証拠があるんだぞ!」とか言われると、
それでもうドン引きしてしまって、聞くのもイヤになってしまうところ、
ありますから。
男らしい射手座気質を持つ私でも、、、
女性である限りは、蟹座エネルギーを理解出来ない。。。ってことは、
きっとないんだな。。。
・・・と。
ちょっと、不思議な気分になりました。
数年前まで、私の課題は「魚座エネルギー」の理解だったのだけど、
ここのところは、「蟹座エネルギー」の理解でした。
その突破口がちょっと見つかったような気がしました。
※追記(11/27)
一晩明けてみたら、、、
いや、男らしい星座の一番は、やっぱり獅子座だなぁ。。。と、
考えが急に変わりました。
やっぱり射手座って、言ってることがコロコロ変わるのかしら?(笑)

バレエをやりたい!と親に訴えたのは、4歳の時でした。
実際に習わせてもらえたのはもう少しあとだったけれども、
でも私は4歳の時からずっと、バレエを愛し続けてきました。
いろいろ理由はあったのだけど、、、
なんであの時やめてしまったのかなぁ。。。と、今でも時々、、、
ふとそんなことを思うこともあるけれども。
これもまた、、、完璧な運命の流れなのだということも、、、
やっぱり、解っていて。。。
あんなに厳しい世界って、他にないよね。。。
・・・って思うくらい、バレエの世界って厳しいです。
ヨガ行者もビックリなくらい、身体は細く柔らかくないとダメだし、
トゥシューズでつま先は血だらけになり、足は変形し。。。
超人みたいなポーズを作らないといけない時は、たとえ身体のどこかが痛くても、
外でそれを見せることは一切NGで、顔では華やかな笑顔を作らないといけなくて。。。
そして、、、
いつも今の自分を否定しながら、日々の練習に励む。。。
こんなんじゃまだまだダメ。もっと上手にならなければ。。。と。。。
そうやって、常に上を目指して、常に完璧さを求めて。。。
理屈抜きで、、、
本当にバレエを愛していないと、やってられない世界です。。。
そして、打たれ強くないと。。。
だからね、、、
私の中ではバレエって、自分の中の男性性を思いっきり活性化させて
踊るものだというイメージが出来あがっているのです。
そして、理想を目指すのが大好き、、、という点においては、
射手座の私には、ぴったりな世界だと思いません?(笑)
私は今でもバレエをすごく愛しているけれども、、、
でも、、、もうさすがに、自分ではとても踊れないと思っていたりします。
ある時、ベリーダンスの世界に飛び込んだ時。。。
同じ「ダンスの世界」なのに、全然違う~~~って、、、
最初はただただ、唖然。。。という感じでした。
そして、「私がこの世界に馴染めるのかしら?なんだか無理そう。。。」
・・・と、そんな不安もどこかにありました。
今ではすっかり馴染んで、楽しんでいますが(笑)
でも何と言うのかな。。。
今の私の、ベリーダンスの世界との関わり方というのは、
バレエの時と比べると、非常にゆるいです。。。
バレエの時みたいな、「がむしゃらさ」とか「一生懸命さ」とか、
「盲目的にそこに没頭する」とか、、、
そういうのが、全然ないんです。
こうやって書くと、誤解を招きそうなのだけど^^;
でも私の中では、これでいい。。。これが、いいんです。。。
この境地こそ、、、
実は私の目指していたところだから。。。
バレエはものすごく大好きだったけれども、同時に苦しいものでもありました。。。
頑張りすぎてしまってね。。。
そして、目指しすぎてしまって。。。
今の私は、ベリーに関しては何も目指していないから。。。
ただただ、その時を心から楽しく踊っていたい。。。
ただ、それだけで。。。
技術の上達というものは、、、そのあとに「おまけ」でついてくるものだとね。。。
そんな風に、今は思っています。
だからもう、昔のように無理してストレッチをやって筋を切ってしまう、、、
なんてことも、しないでしょう。。。
ストレッチも、ただ気持ちよく伸ばせればいいや。。。みたいな心境に。。。
やっと、、、なれました。。。
でもね、、、
若いうちは、やはりどんどん目指した方がいいとも思っています。。。
まだ色んな意味で未熟なうちから、「このまんまでいい」って
いってしまうのも、どうなのかしら?って思うから。。。
子供達にも、これからもいろんな経験をして、そして少しは苦労も経験して、
今は何か目標を持ってそれに向かって頑張っていて欲しいな。。。なんて、
思っていたりします。
ゆるくなるのは、、、歳を重ねてからでいいのです(笑)
ベリーダンスの世界自体がゆるいものだとは、決して言いません。
これは単に、私の捉え方の話です。
捉える人によっては、そこはものすごく厳しい世界のように映ることも
あるでしょうから。。。
たとえば、、、
バレエに比べたら断然自由なベリーの世界でも、長い歴史の中で、
やはり少しづつその体系は形成され、「ここは、こうしなければいけない」
という、「規則」のようなものは生まれてしまっています。。。
ですので、頑なに伝統を守るようなタイプの先生は、結構あれこれと
うるさいことも言うでしょうから、そのあたりはいくらベリーといっても
「制限」を感じる場面もあったりするでしょう。。。
ただ私の中では、、、
ベリーダンスは、自分の中の女性性を活性化させて踊るダンスとされていて、、、
それがどういうことかといったら。。。
自分のすべてを受け入れ、ただありのままの自分で踊る。。。ということ。
ですから、基礎の最低限のことを身につけたあとは、その踊っている本人が、
心の底から「楽しい」と感じて踊れるのが一番いい。。。と。。。
そんな心境です。
プロを「目指す」人には、こんなことを言っては、もちろんダメだけど(苦笑)
バレエが、血のにじむような努力と共に、ダイヤモンドのように輝く、
眩しい極上の美を創りあげていくものだとしたら、、、
ベリーは、ありのままの自分を解放させて、誰の中にも最初からある、
透きとおるようなシンプルな美に光をあてるもの。。。
私の中では、そんなイメージです。

アンビリバボーの、アレクサンダー博士の臨死体験についてのお話を
観ました。
博士のお話を聞いていてふと思い出したのは、『コンタクト』という
映画のことでした。
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あの映画でもジョディ・フォスターの演じたある科学者は現実主義者で、
神を信じていなかったのだけれども、ある体験をしてからは、一転して
そういった世界を信じるようになりました。。。
人ってやっぱり、、、
自分自身が体験したことというのは、誰かに何と言われようとも、
否定できないものですよね。。。
番組の感想としては、、、
「脳幹」では、そこまで鮮明なヴィジョンを見ることは不可能。。。
・・・という点に、もっと突っ込んでほしかったなぁ。。。
そこらへんが、今とっても興味あるところだから。。。
あとは、記憶というのは本当に脳が司っているのか、、、
という点についても。
記憶は心臓とか、あとはよく言われているようにアストラル体とか、
そういった、脳とは違う部分に残るという説もあったりしますものね。
もちろん、、、
ああいった番組でそこまでやるはずないですけどねぇ。。。^^;
あの世はやっぱりあるんです。。。
・・・というところで話を終わらせないで、もっと次のステップに進んで
ほしいのです。。。
なぜそういった世界が存在するのか、私たちがそういった世界を体験するのは、
どのような仕組みになっているのか。。。って。。。
そのあたりが、もっともっとクリアに解明されていけばいいのに。。。
って思います。
番組を観たら、例の脳の本を読み返したい気持ちになったけれども、、、
でもやっぱり、、、発掘するのがめんどくさくて^^;
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どうしても必要!!って時は、頭でめんどくさいと思っていても、
身体が勝手に動き出したりするので、そうならないってことは、
今はまだ、読む必要ないのかもね(笑)
それから、、、
番組の中では、こんなエピソードが紹介されていましたが。。。
博士は臨死体験中、あっちの世界で見知らぬ美女と出会い、
「あなたはみんなから愛されている。だから今は向こうへ戻りなさい。」
・・・と言われたそうで。。。
その見知らぬ美女は、、、
いろいろと訳あって、今まで一度も会ったことのなかった実の妹だったということが、
その体験の数年後に発覚したのですって。。。
しかもその妹は、博士が臨死体験する以前に亡くなっていたのだ。。。と。。。
こういった話を聞いた場合、昔の私だったら素直に感動して、、、
それこそ涙を流して胸がジーンとなったりしたのでしょうけれども、、、
今ってもう、、、そうならなくなってしまっていて。。。
これって、、、
嬉しいやら、、、ちょっと寂しいやら。。。(苦笑)
このエピソードを聞いた時、とっさにこの本のことが浮かんでしまったの。。。
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「記憶の錯覚」
という、脳の錯覚についてのお話のことが。。。
こういうことを知ってしまうと、、、
こういった体験談をクールに分析してしまうようになり、、、
素直に共感したりとか、感動したりとかができなくなってしまったりしますねぇ(苦笑)
ただね。。。
こういった本と出会ってしまったことも、やはり私にはきっと必要な
ことだったのだろうなぁ。。。とも、思っています。
私と本との出会いというものは、いつも偶然とか、たまたま、、、で。。。
そして出会った時に、直観的に読みなさい、、、って言われているように
感じた本でなければ私はまず読まないし、、、
また、そうやって読みだしてもいつもだいたい途中で飽きてしまうのに、
めずらしく最後まで読み通せた本というものは、、、
やっぱりそれだけ縁を感じるから。。。
上の二冊の本って、そんな風に、私にとっては珍しい本の中の一部。。。
そういう風に「出会った本達」によって、少しづつ少しづつ、
私の中に養われていったもの。。。
そういうものもまた、、、
今の私というものを作る欠片になっている。。。
そこに書かれていたことの詳細は、顕在意識では忘れてしまっていても、
きっと、潜在意識には確実に刷り込まれているはずで。。。
あの番組を観た私の胸に、なんとなく「違和感」が残るのは、、、
その原因は、そうやってそこに刷り込まれた「記憶」なのかもしれない。。。と。。。
そして私は、、、
この違和感を感じている限りは、こういった臨死体験の記録を
証拠としていくつ並べられたとしても、、、
きっとどこかで、物足りないままなのだろうなぁ。。。
でもその、釈然としない気持ちがきっと、、、
次へ進むステップの原動力となったりもするのでしょうね。。。
こういった「物足りなさ」を解消してくれるものに出会えたら嬉しいなぁ。
ウイングメーカーと出会った時みたいに。。。
そんなことを思いながら番組を観ていた時、、、
脳神経外科で、臨死体験やあの世の存在に関しては完全な否定派だった博士に、
こういう体験が起こったということ自体が、、、
人類全体にとって、実はすごく意味のあることだったんだなぁ。。。
・・・なんて感じました。
アレクサンダー博士という、行動力もあり、説得力もあるひとりの脳神経外科が、
ああいった臨死体験を自分自身で体験し、それによって、今まで否定していたものを
信じるようになったこと。。。
目に見えない世界の存在を。。。
この「事実」こそに意味があるのだなぁ。。。ということを、、、
彼のような人の意見というものは、、、
世の中を動かす力があるし、それはもしかすると、彼が在籍している
今の科学界に変化を起こすための、起爆剤になるのではないかなぁ。。。
・・・なんてね。
そんな気がしたのでした。
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