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菩提樹の下で

 02,2006 15:40
 先日のお話会でリンポチェは、

 「あなた方が今生、こんな良い国に生まれてこられたのは、
  前世で善い行いをしたからなのですよ。」

 とおっしゃっていました。。。

 
 「天上のシンフォニー」という本を読んでいるのですが、今ちょうど主人公が
 インドの滞在を終え、チベットへ向うところです。。。

 
 その彼と一緒に旅をしている女性、彼女は今では社会的にも地位を得て、
 お金にも困らない生活を送っていましたが、インドの貧困の実態を目の当たりにし、
 今まで自分が生きてきた道を振りかえります。。。

 
 「今まで自分が求めていたもの、そして手に入れたもの。。。
  それは何だったのか。」

 ・・・と。

 
 私にはいくつかの前世とおぼしき記憶があります。。。

 最近、多くの人とヴィジョンのシンクロがあった記憶の物語。。。
 この記憶が「今」の私にとっては一番重要なメッセージを含んでいると感じています。。。

 ただ、あるキッカケで(これも流れの一部ではあるのですが)その記憶がかなり
 クリアになった時、それと同時に他の過去生の。。。その生を生きた意味が
 なんとなく解かったような気もしました。。。

 
 ある時私は男性で、裕福な家と縁を結ぶため、その家に無理矢理婿入りさせられました。

 子供ももうけ、家庭を持ちましたが、妻との心の交流は一切なかったので
 子供達も私になつかず、物質的には何ひとつ不自由しませんでしたが、
 心は冷えきっていました。

 そして私は、家の中の大きな書斎の机にうつぶせて一人で寂しく息をひきとりました。。。

 「虚しい」という気持ちをすごく強く感じました。。。

 
 亡くなったあと、だんだんと自分の身体が宙に浮いてきて、上から自分の姿を
 眺めていたのですが、私は泣きながら自分に「ご苦労様でした。」と思っていたのを
 覚えています。

 そこで醒めましたが、今の私も泣いていました。

 
 以前、WMの掲示板で、自分の過去生だと感じている記憶は、今の自分に必要な記憶を
 全体の記憶の中から引き出しているのでは?という話題が出ました。

 だとしたら、この記憶が私に訴えてきたものは?

 
 私は、あの生は。。。物質的な豊かさを体験するための生だったのかなぁ?とも思います。

 そしてそれは、最終的には何も残らないということを、心から納得するための
 ものだったのかもしれません。。。

 
 物質的に。。。この目に映るもの。。手にとれるもの。。。そういったものの中でのみ
 満たされたとしても、最後には何も残らない。。。

 でも、頭で解かっているだけでは、人はつい欲望に流されていってしまいます。。。

 
 そして、そういったことはキッカケがないとなかなか気づけなくて。。。
 でも、そのキッカケというものの多くが「苦悩」の中にあるというのは。。
 ちょっと悲しいですね。。。

 
 でも。。。リンポチェがおっしゃるように、今私達がこんなに素晴らしい場所に
 生きることが出来るのが、前世の善い行いによるものならば、それにもっと
 感謝しなくてはと思うし、それをありがたく受け入れたいとも思うのです。。。

 
 お釈迦さまは、6年間は山で苦行をされたそうですが、それでは本当の光に
 辿り着けないことを悟り、里におりてきたそうです。。。

 そして菩提樹の下に座り、最後の悟りを得られたと。。。

 
 今私たちが生きているこの場所は、一体どこなのでしょうか。。。

 今ここにいられることに感謝しながら、今を精一杯生きたいですね。。。

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