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ネアンデルタール人のイメージ

 11,2013 09:09
 『洞窟のなかの心』という本は、訳者のかたの解説によると、
 旧石器時代芸術研究の第一人者であるディヴィッド・ルイス=ウィリアムズの
 主著である『The Mind in the Cave』の全訳本であり、その原書は2002年に
 刊行されたのだそうです。


 
The Mind in the Cave: Consciousness and the Origins of ArtThe Mind in the Cave: Consciousness and the Origins of Art
(2004/04)
David Lewis-Williams

商品詳細を見る



 現在は、この日本語訳のほか、フランス語やスペイン語にも翻訳されているようです。

 「洞窟壁画」というキーワードでネット上をいろいろ彷徨っていましたら、
 ある先史岩絵の研究家の方のブログにたどり着きました。


 日本先史岩面画研究会


 こちらのブログを書かれている方は、その筋の専門家でいらっしゃるようで、
 ここにある情報は、今の私にとっては、もうワクワクしてしまうようなものばかり
 でしたし、とてもお勉強になりました。

 ただこちらでは、『洞窟のなかの心』の本は批判的に取り上げられていて、
 トンデモ扱いされていましたし、「シャーマニズム説」に関しても否定的な
 立場をとられているようでした。


 私は、「シャーマニズム説」は大好きですが、でも実のところは何も解らないので、
 肯定も否定もしない、、、というか出来ない立場であって、なのでここは、
 いろいろな人の意見を楽しんでいたいなと思います。


 さて本のお話に戻りますが、、、

 洞窟壁画のことを考えるうえで、誰もが気になること。。。
 それは、「この絵を描いた人は、どんな人で何のために描いたのだろう?」
 ということだと思います。

 先ほども書きましたように、こちらの本は原書は2002年に刊行されたようなので、
 今よりも少し古い情報の上に立脚して、その理論を展開させているような
 ところもあったりもします。

 ですので、洞窟壁画を遺したのは、ホモ・サピエンスであり、ネアンデルタール人
 ではなかった。。。ということがまず前提で話が進められています。

 現生人類にはできたことが、ネアンデルタール人にはできなかったのはなぜか?
 それは、彼らの脳の神経構造とその構造が生み出す意識のタイプの違いによる
 ものなのではないかと、ルイスさんは言っていました。


 ネアンデルタール人


 20130311172912bad.jpg  
  ネアンデルタール人の骨


 20130311172911118.jpg  
  現生人類(左)とネアンデルタール人(右)の頭蓋骨の比較図


 次の六つのこと。。。


 ・一定の振幅(レンジ)を持つ意識状態(内省状態、夢見、意識変容状態など)
  からもたらされる心的イメージを記憶し、自由に楽しむこと

 ・そのイメージを操作し、共有すること

 ・そのように心的イメージを社会化することで、「もうひとつの現実」(オルタナティヴ)
  「並行世界の存在」「精霊の世界」がそれ自身のリアリティと生命を持つと
  はっきり心に思い描き、また感情を込めて想像すること

 ・心的イメージと二次元・三次元のイメージとの繋がりを認識すること

 ・物質世界における三次元の事物の二次元的表象を認識すること

 ・こうした能力と、それぞれの心的イメージへの異なるアクセスによって
  支えられる社会区分に従って生きること


 
 これらのことがホモ・サピエンスにはできて、ネアンデルタール人には
 出来なかったことなのだとされていました。

 それゆえに、ネアンデルタール人は宗教や芸術はおろか、階層を持つ
 組織的な社会構造というものを構築することができなかったのだと。


 でも、もしこれが本当のことだとすると、ネアンデルタール人というのは、
 死も怖れない、そして今を生きていた人達だったということになるよなぁ。。。
 なんて思ったりもしました。

 過去を記憶することもできなければ、未来を想像することもできなかった
 そうなのですから。

 
 ジェームズの「プロジェクト・キャメロット・インタビュー」の中の
 アヌンナキですとかアトランティスのお話、またはHMSに関しては、
 私はあることの比喩だと受け止めているのですが、あのお話への
 理解を深めるためにも、このホモ・サピエンスとネアンデルタール人の
 神経システムの違いを把握しておくことが、何かの役に立ちそうな気が
 なんとなくして。

 私たちホモ・サピエンスがこの複雑な神経システムを持ったことゆえの
 メリット、そしてデメリット。

 そのデメリットの部分を改善していくために、シンプルそのものだったらしい
 ネアンデルタール人の生き方から、何か得られるものもあるのでは?と。。。

 もちろん、彼らのように生きる。。。なんていう極端なことを
 言うつもりはありませんが。


 まぁそれはともかく、、、

 ネアンデルタール人の化石の骨から取り出されたDNAのすべての解析が
 2009年に終了したらしいのですが、それによって現在では様々な情報が
 出てくるようになりました。

 たとえば、、、

 解読された塩基配列から、現生人類とネアンデルタール人のゲノムが99.5%
 同じであったこと。

 ネアンデルタール人のDNAと現生人類との間では、FOXP2と呼ばれる「言語遺伝子」の
 同じバージョンが共有されているので、彼らも現生人類と同じように「言語」を
 操れたのではないかということ。

 ほとんどの現代人の遺伝子構造の少なくとも1~4%は、ネアンデルタール人に
 由来するものだということがわかったこと。なので、異種間で交配があった
 可能性があるということ。

 などなど。。。


 他にも、洞窟壁画が描かれた年代を最新の測定法で調べてみたところ、
 その年代はどんどん古くまで遡っていき、4万年以上前に描かれた壁画
 なども見つかるようになってきて。

 時代がどんどん古くなり、それはホモ・サピエンスがヨーロッパに到着する
 以前に描かれた壁画だということになってしまうと、それを描いたのは、
 ネアンデルタール人だったという可能性も否定できなくなってしまうこと。


 このように、2002年と今とでは、「ネアンデルタール人とはどんな人達
 だったのか?」というそのイメージそのものが、また少し変わってきている
 ようなのです。


 20130311173454771.jpg
  ネアンデルタール人の子供の復元姿
 

 先日も、「ネアンデルタール人の復活?!」なんていうびっくりな
 ニュースを目にしたりもしました。

 人のクローンを創ることに関しては、やはり倫理的にひっかかるところが
 あったりしますが、今こうして、太古に絶滅した「ネアンデルタール人」と
 いうもののイメージが、すごいスピードで変化してきていることが、
 私にとっては、とても興味深いものであったりします。
 

 余談ですが、少し面白かったお話がありました。


 「ネアンデルタール人」というのは、その骨が最初に発見されたドイツの
 渓谷の名前をとってつけられたそうなのですが、そのネアンデル渓谷の
 名前自体は、この本によるとあるひとりの神学者の名前に由来するのだそうです。

 
 この渓谷はネアンデル渓谷を見渡せる石灰岩質の断崖の高所にあった。
 その渓谷を流れるデュッセル川は、デュッセルドルフのライン川と交わる
 合流点へと注がれる。広く信じられていることに反して、洞窟の下を流れる川が
 「蛇行する流れ(ネアンダー)」と呼ばれていたのではない。

 土地の名は、十七世紀の神学者であり教師でもあったヨアヒム・ネアンダーに
 由来している。彼は、聖体拝領を受けるのを拒んだため、デュッセルドルフ
 神学校での地位を解任されたのだった。神学上のジレンマについて
 考え込むような時に、彼がしばしばこの渓谷に散歩に出かけたことから、
 そこはネアンダーの渓谷---ネアンデルタールと地元で呼ばれるようになった。



 ヨアヒム・ネアンダー


 2013031117114994e.jpg


 ウィキペディアに書いてあったのですが、ヨアヒムの姓は本当は
 ノイマンだったそうで、でも音楽家だった祖父が、当時の流行に
 従ってネアンデルに変えたそうなのです。。。

 ただこの「ノイマン」というのは「新しい人」という意味であり、
 改名した「ネアンデル」はそれと同義のギリシャ語なのだそうです。

 この「新しい人」という意味の彼の名前がついたその渓谷で、
 現在ネアンデルタール人と呼ばれることとなった、ホモ・サピエンス以外の
 ヒトの骨が見つかった。。。という事実に、何とも言えない不思議さを
 感じてしまったりもしました。


 ヨアヒム・ネアンダーは、讃美歌もいくつか作っていたようで、
 こちらがその中でも有名なものなのだそうです。

 
  

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