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6つの錯覚

 13,2011 10:36
 
錯覚の科学錯覚の科学
(2011/02/04)
クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ 他

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 途中まで読み進んで、立ち止まっています。

 ウイングメーカーで脳について触れているので読んでみようと
 思った、、、と書きましたが、実はその他にも、この本を
 読んでみようと思った動機がありました。

 それはこのブログを書き始める際に、ウイングメーカーと
 出会うまでの私の人生のイヴェント・ストリングスを辿って
 いる途中、掘り返したいくつかの昔の出来事。。。

 子供の頃図鑑で見つけた星の名前。。。
 不思議体験をした時に読んでいたはずの本。。。

 私の記憶の中では確かにそうなっている出来事。。。
 けれども、今それを見つけようとしてもどこにも
 見つからないのはなぜなのだろう?

 それだけでなく、例えば、声楽のレッスンの時、その場では
 完璧に覚えたと思った音階を、家についた頃には忘れてしまって
 いるのはなぜなのだろう?

 ・・・のように。。。

 一体、私の頭はどうなっているの??と。。。
 軽く不安になるような出来事が、このところ続いていたので。。。(笑)


 そんな、「自分の記憶」について疑ってしまうような出来事が
 いくつか続く中、「記憶違い」。。。というものについて意識が
 向いていたところに、こんな本が発売になったことは、私に
 とっては、ひとつのシンクロでもありました。


 読み始め。。。
 つかみはOK!のような感じでした。

 けれども今、なかなか読み進めなくなってきているのは、
 最後の方が、私にとっては違和感がものすごくあるからで。。。

 さて。。。
 この違和感というものは、私のハートから来ているのでしょうか。。。
 それとも、エゴから来ているのでしょうか。。。

 そこらへんの判断が、今はまだつきかねます。。。


 以前、、、
 社会心理学を学んだ。。。とおっしゃっていた方から伺った
 ことがあるのですが、大部分の人は、自分が本当に言いたいことと
 いうものを、話の最後に持ってくる。。。と。。。
 これは、そういうことを解っている人は意図的にそうするかも
 しれませんが、ほとんどの人は、無意識にそうするようです。。。

 
 それがもし本当だとしたら。。。
 この本が本当に伝えたかったことも、本の後半部分の方が
 強いのではないかな?なんて思うのですが、、、、
 だとすると、私はちょっと。。。なのです。。。


 人が起こす「錯覚」というものについて、この本の中では
 6つ挙げています。。。

 「注意の錯覚」「記憶の錯覚」「自信の錯覚」「知識の錯覚」
 「原因の錯覚」「可能性の錯覚」

 このうち、前4つの「知識の錯覚」までは、スラスラ読めたのです。
 うんうん、、、と頷きながら。。。

 しかし「原因の錯覚」の話に差し掛かったところで、すごくモヤモヤ
 しはじめて、なかなか前に進まなくなりました。。。

 なので、そのあたりからパラパラと飛ばし読みです。。。

 そんな感じで、、、
 まだ最後までしっかり読んでいないので明言は出来ませんが、
 なんとなくこの本は、直感力、また、思い込みや信じること
 によって生まれる力を否定しているような気がしてしまってね。。。

 ほとんど直感勝負で生きてきた私としては(笑)
 そこらへん、ちょっとひっかかるのです。

 途中までは同士だったのに、肝心なところで裏切られた。。。
 みたいな?(笑)

 
 「因果の関連性を調べるには実験しかない。
  たったひとつの関係性だけを観察してみても、
  それは科学的には単なる偶然に過ぎない。。。」


 スピリチュアル的なことに傾倒しすぎて、暴走しすぎて
 しまうような時には、こういう言葉で目を覚まさせて
 もらえればありがたいですね。。。

 けれども、実験結果やデータを唯一の判断材料としてしまうのは、
 科学者の暴走でもありますね。。。


 「知識の錯覚」に対して、子供のように「なぜ?」を繰り返して
 いくと、大体が、自分は実際はほとんど理解していないという
 ことに気付くと。。。

 この本の著者自身が、そのことについて書いているのにも
 関わらず。。。
 なぜ自身がそう言い切ってしまうのだろう?と、疑問でした。。。


 実験結果やデータに対してさえも、「それはなぜなの?」を
 繰り返していくと、必ず、ある壁にぶち当たるんですよね。

 そしてその壁は、科学の力だけでは決して打ち破れません。

 けれどもその壁にぶち当たるまでの道案内としては、
 科学は非常に力を発揮してくれるものだとも思っています。。。


 だからたとえ最終的な意見が違ったとしても。。。

 みんながそれぞれ、その人の役割を果たしているのだという
 ことは解ってるけど^^


 私個人の意見としましては。。。

 直感はアリです。。。
 けれども、その直感を捻じ曲げるのが未熟なエゴの囁きです。。。

 未熟なエゴに映し出された捻じ曲がった像を「直感」だと言われたら、
 「直感なんて当てにならないよ」。。。と言いたくなって
 しまうのも解りますよね。。。


 なので、その直感をそのままの形で映し出せるように、
 エゴの鏡を磨き上げることが、私達には必要なのです。。。


 本の中の6つの錯覚については。。。
 ここでは詳しく書きませんが、とても興味深いお話ではありました。。。

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