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Brain Magic

 16,2013 11:44
 
死と神秘と夢のボーダーランド: 死ぬとき、脳はなにを感じるか死と神秘と夢のボーダーランド: 死ぬとき、脳はなにを感じるか
(2013/02/05)
ケヴィン ネルソン

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 モネが細かい筆勢で置き並べた色彩を融合させて私たちに睡蓮と知覚させるのは、
 脳の仕業である。死の淵を覗きこんだジョーに異常なまでに臨場感のある映像を
 見せたのも、その脳であることは分かっていた。
 <中略>ジョーにとっては疑うべくもなくきわめて重要な宗教的体験をもたらした
 脳の活動領域は、果たしてどこだったのか?



 mone_301.jpg
  『睡蓮』1905年 クロード・モネ


 精神の主座は大脳皮質だという説を早々と唱えた人物のひとりが、現代医学の祖と
 言われるギリシャのヒポクラテスだ。これは今も主流となっている説である。

 <中略>デカルトはヒポクラテスとは意見を異にした。彼が『魂の座』であると
 したのは、松果体である。彼はこの松果体が、神、すなわち宇宙の非物質的な
 側面を物質世界に出現させる変換器だと考えた。その松果体を、現代神経学では、
 『暗闇の器官』と呼んでいるのは興味深い。

 数十億年のはるか昔、両生類と爬虫類の松果体は、頭頂部表面に張りついたような
 光受容細胞、俗にいう『第三の眼』だった。これが進化の過程で鳥類や哺乳類の
 頭蓋内に取り込まれ、現在は人間のメラトニン産生を担うに至っている。

 デカルトが松果体を支持したにもかかわらず、大脳皮質こそ『魂の座』という
 先入観は、19世紀を通して存続した。大脳の機能局在を初めて突き止めた
 脳神経科学の巨星、ポール・ブローカが大脳皮質一辺倒だっただけに、この分野では
 今も大脳皮質偏重が続いている。それも無理からぬことだ。
 人間が体験する数々の要素を統合するのが大脳皮質なのだから。



 20130616205937a60.jpg
  ※画像はこちらからお借りしました。


 こちらのブログも面白いですね。

 「男脳・女脳」に関しては、以前このブログでもチラッと書きました。。。

 息子を育て、そして息子がある程度大人になってきた今思うのは、、、
 男の子はどういう風に育てても、結局は「男」になる。。。ということで。

 ママ友と、「これはもう、ホルモンと脳の仕業としか思えないね。」と、、、
 つい先日話していたところでした。


 何かで読んだのですが、、、

 多くの男性が理想としてあげるのは、中学とか高校時代あたりの
 クラスメイトの女の子が多いそうで。

 逆に女性に聞くと、理想の男性は異次元にいることが多いそうです(笑)


 結局、男女ともに、現実をちゃんと見ていないってことなのね^^;


 私なんかは、女性の理想とする男性像というのは、「宝塚」に
 出てくるような男性なのだろうな。なんて思っていたりして。

 「そんな男はいるわけないだろ!」と、世の男性陣は思うと思いますが、
 少年マンガや、アニメ、ゲーム、それから演歌の歌詞に出てくるような女性は、
 多分この世界にはいないのではないのかなぁ。とか思っていたりもします。

 そういう演技をする女性はいるかもしれないけど。


 そういう部分では、、、
 男性も女性も、いつまでも妄想劇場から抜け出せずにいたりすることも
 あったりするのでは?

 綺麗な表現をするとしたら、、、
 永遠に夢を追う。。。みたいな。


 そんなわけで、、、
 「脳の仕組み」から男女の違いを理解することでも、だいぶ地に足がついて
 現実と向かい合えるような気もします。

 目の前にいるパートナーに対する「要求」も、かなり減ってくると思います。


 果たしてそれを「悟り」と呼ぶのか、「諦め」と呼ぶのかと、、、
 
 そんなことを、話し合ったこともあったけど(笑)


 ・・・と、話がそれましたが、もう少し本から抜粋です。


 本書では、臨死体験と、臨死体験に関連していると思われる霊的事象、
 つまり、体外離脱体験、恍惚感や解脱の境地、『合一』の神秘体験、聖人や
 死者の幻視について、現在私が進めている研究を紹介しよう。
 原始的な脳幹が、脳の中で進化上最も新しい大脳皮質のうち最も古く
 誕生した大脳辺縁系と連動して活動し、多種多様な霊的体験につながることを
 証明するつもりだ。

 私の研究は今後も論争の火種を撒き散らし続けることになるだろう。
 レム睡眠と臨死体験との関連を指摘したわけだから、そうした体験を、
 来世の存在を示す啓示、あるいは、複雑な潜在意識のつながりや神の存在の
 証明と考えている人々は憤慨した。彼らにしてみれば、臨死体験を夢と・・・
 言い換えるなら、現実ではない体験と同列に扱おうとする研究など不愉快千万
 である。

 その一方で、私の研究は筋金入りの無神論者の意にも染まなかった。
 理性的な脳が好むと好まざるとにかかわらず、霊性(スピリチュアリティ)が
 人間であることの証と表裏一体であって、誰も我が身から切り離せないことを
 示してしまったからだ。

 脳の最も原始的な部分に端を発する霊的体験は、言うなれば本能である。
 その発現には、感情と情動を生む辺縁系の構造物もかかわっている。
 私の研究は霊的体験と宗教の根源にある不都合な本質を解明するための
 新たな手掛かりを提示している。

 ただ、私にしても、原始的な脳幹と辺縁系といいつつ、それで霊的体験すべてを
 説明できるとは考えていない。私たちに霊性を見せるのは原始の脳かもしれないが、
 それを私たちがどう受け止めて処理するかは、また別の問題である。
 霊的なものに関するこれからの脳神経科学の研究は、私たちの霊的衝動を、
 それが高次の脳領域において引き起こす連想イメージ、思考と区別するうえで、
 一役買うことになるかもしれない。霊的なものがいかにして大脳皮質を
 形成したか解明する糸口が、ついにつかめる可能性があるのだ。

 本書はひとつのきっかけに過ぎない。霊性と脳を扱う分野は一歩を踏み出した
 ばかりである。霊的なものの意味と価値は私たちひとりひとりが自力で
 見出すものだ。これは人間に課せられた最大の試練のひとつだが、人間だからこそ
 与えられたまたとない機会のひとつでもある。今、この時代にあって、人間で
 あることの意味を理解するには、つまるところ、霊性の神経学的基盤を解明することが
 必要なのだから。



 すごく共感できることが、ここに書かれていました。

 「そこに意味をつけていくのは自分」

 これは、私のポリシーでもあったりするのです。。。

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