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悪魔の音程

 09,2011 15:39
 テレビ番組の録画がいくつか溜まっていたのだけど、
 今日はヒマなので、それをのんびり観ていました。

 その中のある音楽番組で、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」に
 ついてやっていました。


 牧神の午後への前奏曲(ウィキより)


 私、この曲大好きです。

 ニジンスキーが振付けた「牧神の午後」というバレエがありますが、
 彼自身のその映像は、残念ながら残っていません。。。
 写真はあるのですけどね。。。

 
 20080605143857.jpg


 でもパリ・オペラ座のニコラ・ル・リッシュが、それを再現した
 舞台を観た時、そのあまりの妖しさに、、、そしてその美しさに
 もう、、、忘れられなくなりました。


 今回、その番組を観ていたら、私があの舞台から受けたそれらの
 印象というものは、どうやら、ダンサーや、衣裳やセットの雰囲気に
 よってだけではなく、音楽そのものに施された「仕掛け」からの
 影響もずいぶん強かったのではないのかな。。。

 ・・・なんて思ってしまいました。

 だいたい。。。
 ドビュッシーとかサティとか、、、
 あのあたりの人達は、薔薇十字団とかそれこそ例のシオン修道会とか、
 そういった怪しげなお話ともリンクしているような人達ですし。。。

 彼らがもし、人の心を惑わすような魔術的なものに精通していたとしても、
 それはそれで、なんだか納得できちゃったりして(笑)


 牧神の午後への前奏曲の主題には、「悪魔の音程」(diabolus in musica)と
 いうものが使われているらしく、これは、非常に音程をとりづらい音の幅を
 使うことのようなのですが、それによって、つかみどころのない、
 曖昧な感じのする世界を表現することが出来るのですって。。。

 ちなみに、この曲の中で使われているその音階は、ド♯とソなのだそうです。

 それをフルートという楽器を使って演奏することによって、
 さらにその惑う感じを強調することができるのだとか。。。

 フルートでド♯を出そうとすると、どうしても音が不安定に
 なってしまうのだそうですが、ドビュッシーはそれも意図的に
 効果的に使ったらしいと。。。そんな風に言われているのだそうです。


 悪魔。。。ってね。。。
 この頃この「悪魔」という言葉が、自分の日記によく出てくるなぁ。。。って。。。

 昨日もそう思っていたのですけど、今日の番組を観ていたら、
 またこの言葉が出てきたので、ちょっと気になりました。

 
 リヴァイアサンは、海の悪魔といわれていたこともあった。。。
 悪魔のアスモデウス。。。などなど。


 悪魔の音程についてもう少し知りたかったので検索してみたら、
 面白い記事にぶつかりました。。。
 ある方のブログのようですが、内容がすごく面白かったの。


 悪魔の音程、禁止の理由

 悪魔の音程、それがどうした?

 「3度の連続」禁止 


 周波数。。。
 そして、ピタゴラス派の人達が、、、

 「無理数の存在を広めることは、この世の破滅に繋がる」

 と考えていた。。。って。。。

 そのあたりのお話が、妙に気になりました。


 この「無理数」については、、、
 これも一昨日、娘と語り合っていたことだったので、ますますです(笑)

 彼女は、、、
 「0(ゼロ)」という数が一番気になるのですって。。。

 ゼロは無理数か、そうではないのか。。。
 もし無理数でないのなら、ゼロって何なのだろう?って。。。

 そして、今の娘の中にある考えは、、、

 「ゼロ=∞(無限大)」


 彼女には、何か教えたわけではないのに、、、
 人間ってなんだか、みんな同じようなことを考えるのですね。。。

 面白いです。


 ・・・と、お話ずれましたが^^;

 ドビュッシーはこの「牧神の午後への前奏曲」で、あるメッセージを
 伝えたかったのではないか。。。と、番組では言っていました。

 そのメッセージとは、それこそ、芸術の本質的なものにせまること。。。

 それは、求めても求めても手に入らないものを追い続けるという、、、
 永遠に美を追い求めるという、私達人類の、「永遠の課題」という
 ものを、そこで表現したのではないか。。。と。。。

 そんなようなお話でした。


 

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