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本能と結びついた音

 24,2013 00:07
 歴史を紐解いてみれば、宗教や芸術というものは、私達人類といつも深く
 関わってきたものであったことが解りますが、その源泉を辿っていくと、
 最終的にいつもぶつかるものは、太古の「洞窟壁画」なのです。

 最近、こんな音楽を聴いていたりします。


 
瞑響・壁画洞窟―旧石器時代のクロマニョン・サウンズ [SHM-CD]瞑響・壁画洞窟―旧石器時代のクロマニョン・サウンズ [SHM-CD]
(2008/07/23)
土取利行

商品詳細を見る



 


 CDのブックレットから、土取さんのお話を少し・・・


 (洞窟という空間自体はどのような場ですか?という質問に対して)

 日常眠っている、身体の奥にある感覚を目覚めさせる何かが存在する場です。
 ガウディのサグラダファミリアを想わせる奇怪な鍾乳石の柱が体内の
 臓器のように拡がり、音も光も一切遮断された空間では、時折吹き抜ける
 微風や、ロウソクの明かりでさえ、生き物のように感じます。
 またじっと立っていると深い眠りに入ったときのようになります。
 だから洞窟の中ではすべてが夢を体験するような感じです。
 ネイティブ・アメリカンやアボリジニが、夢の世界で生きているといいますが、
 まさに、“ドリームタイム”の世界。神話が成立する場ともいえるのでは
 ないでしょうか・・・。
 旧石器時代の人々は、神話の中に生きていた。そして闇に包まれた洞窟は
 そういう夢や神話を育んだ非日常空間でもあったのだと思います。

 レ・トロア・フレール洞窟には、ネガティブ・ハンドと呼ばれる手形の絵、
 マンモスやライオンなど様々な動物の絵、そして意味のわからない点や
 図形が無数に描かれています。

 ここには、先に述べたように二箇所、巨大なドームがあって、その一番目の
 巨大なドームでは、あちこちからかすかな水の滴る音が聞こえてきます。
 <中略>このドームで注目すべきはその音響です。いわゆる西洋の教会内部の
 響きと雰囲気がとても似ています。この時空から西洋の音楽文明が始まったのかと
 思います。

 しかしここでは教会内では体験できない音も多く聴こえてきます。
 自分で声を出してみると、どこかから誰かが応えているような気がする。
 吹き抜けてくる風の音や水滴の音が、生命をもった何かの声に聞こえてくる。
 真っ暗闇で天井の高さもわからない。星のない夜空を見あげているような・・・
 天も地もない世界の中に放り出されているような・・・
 あまねく拡がる宇宙の暗闇の中を浮遊する感じになるのです。



 土取さんが入られた、レ・トロア・フレール洞窟には、こんな壁画が
 あります。


 20130224124035fb4.jpg


 多くの研究者が、この絵は当時のシャーマンを描いていると言っている
 そうです。

 シャーマンが動物の能力にあやかるためにその姿を模倣する、一種の
 「類感呪術」が、当時から用いられていたのだろうと。。。


 以前読んだ、マーガレット・マレーの『魔女の神』という本の中には、
 太古の人々は、シャーマン達が「テレパシー」を使い、動物をおびき寄せ、
 自ら罠にかかるようにしむけ、現代の私達が想像するよりも、もっと楽に
 狩りを行っていたのだ。。。というようなことが書かれていました。
 そして彼女も、この絵はそのシャーマンなのだと言っていました。


  マレーは、それ以前に出ていたジェームズ・フレイザーの『金枝篇』に
 影響され、このような説を打ち出したのだと思いますが、フレイザーは
 その中で、世界中の未開の民族の中に伝わっている「類感呪術」について
 触れたりしていましたよね。

 マレーの話は、「想像」や「妄想」が入りすぎているということで
 いろいろ批判されたりもしましたが、マレーの主張が、あの魔女の父とも
 言われるジェラルド・ガードナーに刺激をあたえ、のちに彼が「ウィッカ」、、
 つまり、「現代魔女宗」を興すこととなるひとつの要因になったことは
 確かだと思いますので、、、


 「創造主」のやることというのは、、、
 いろいろと面白いな。と、つい思ってしまいますね。

 いろんなことが繋がって、、、今に至っているのです。。。


 マレーの話は、トンデモすぎると批判されることが多かったようですが、、、
 いつだったかある音楽番組で、「キュールニング」というものが紹介
 されていたのを観た時は、、、あながち、そういうこともあり得ない話
 ではないな。。。と思ったことを覚えています。

 まぁ、、、それを「テレパシー」というと確かにトンデモ的に
 聞こえたりもしますが、、、「本能の赴くままに」、、、というと、
 なんとなく納得出来たりもしなくもないですね。


 過去の日記より少し転載します。。。


 スウェーデンの伝統的な唱法も紹介していました。

 それは、「キュールニング」というものなのだそうですが、
 キュールニング(kulning)とは、夏、牛飼いが牛を山の奥に
 連れていった際に、はぐれてしまった牛や山羊を呼んだり、
 オオカミの声の真似をして追い払ったりするために使った
 唱法なのだそうです。

 これを行っていたのは、女性だそうです。。。
 きっと、これに使うのは高音だから、、、なのでしょうねぇ。。。

 森を見て、風を読む。。。
 そして、どんな声を響かせるか判断するのだそうです。。。

 その声はまるで野生の鳥の声のような響きで、、、
 とても遠くまで響き渡り、こだましていました。。。

 木の多い森の中では、少し低め、遠くの山にぶつけて響きを
 拡散させたいときはかなりの高音。。。と、いろいろと
 使い分けるのだそうです。。。
 高い音の方が、遠くに響くのですって。。。

 このキュールニングは、スウェーデン・ダーラナ地方の山間部に
 伝わる伝統唱法なのだそうですが、その第一人者である、
 レーナ・ヴィッレマルク (Lena Willemark)さんという方が、
 いろいろお話しされていました。。。



 


 最後に再び、CDのブックレットから土取さんのお話を。。。

 
 旧石器時代の音楽を理解することで、ある時代というアイデンティティを超えた、
 人類にとっての「音楽とは何か?」というさらなる問いと向きあうことが
 できるはずなのです。

 四大文明以前に「動物の海の中」で人類が過ごした数百万年の間、どんな
 音楽があったのかを研究すれば、人間の心の謎もより解明されるはずです。
 ネアンデルタール人やクロマニョン人は洞窟の闇の奥にある、何らかの
 力の根源を壁の向こうに見ようとしていた・・・。私もこのことを探求
 することで、さらに現代の音楽の壁を越えて、音楽の源泉に触れたいわけです。



 

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