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愛はPink Rose

 20,2006 11:57
 「どんな種類の愛のことを言っているのですか?エロス?フィロス?
  それともアガペですか?」

 ~星の巡礼(パウロ・コエーリョ/角川文庫)~

 

 花を見ていると、安らぎますよね。私はキンギョ草が大好きなんです。
 あとはスイトピーとかパンジーみたいな花びらがフニャッ(笑)とした
 花が好きです。。

 なのに「愛」ときいて私が思い浮かべてしまうのは、なぜか「濃いピンクの薔薇」
 なのです。。

 なんでかなあ?なんていろいろ考えているうちに、いつしか「薔薇」も
 マイキーワードになり、この薔薇に関しては「香り」を大切に思うようになりました。

 
 先日、私達の意識を「愛」に向けることが大事。。と書きましたが、
 なんでそう思うのか。。というお話の前に、ちょっとこの「愛」について
 書いてみようかなと思います。

 
 実は、以前は「愛」とか「感謝」を簡単に口にする事が嫌いでした。
 それは、本来は素晴らしいものだけど、勘違いしている人が多すぎる。。
 といつも思っていました。

 だから、そういう言葉を連発して何かを説こうとするものに対して
 抵抗を感じる事がたくさんありました。

 でも、今では素直に「愛」は大切だ。。と思えるようになったし、
 「愛」について一生懸命解ろうと頑張っている人達を尊敬しています。
 でも。。無理したわけではないのです。。自然とそう変わったのです。

 
 以前、家の中を整理していたら、とても懐かしいものを見つけました。
 小説を書いてみたい!なんて思った時があって(照)そのネタのために、
 当時友人と交わした会話とか自分が思っていた事をノートにメモしていた
 事がありました。

 そのノートを見つけて読んでいたら、当時の自分にタイムスリップしたような
 不思議な感覚を体験しました。なんだか、忘れていた気持ちみたいなものを、
 とても鮮明に思い出して。。というかホント、当時に戻ったような感覚で。
 その頃の状況を再体験したような感じでした。

 
 当時感じていた情熱的な「愛」を感覚的に思い出した時、それは、
 今の私が漠然と感じている穏やかな「愛」とは形が全然違っていたことに
 気づきました。。

 どちらもきっと「愛」なのでしょうけど、でも。。。そうしたら今の私が
 まだまだ知らないような、もっと絶対的な愛があるのかも??なんて
 考えはじめたのです。

 なので、いつもの掲示板で「みなさんは愛をどう思われていますか?」と
 聞いてみました。

 
 ある人は嫌いなものは嫌いなままで。。。苦しみも痛みも、それを感じている
 その瞬間の自分を拒絶することが最大の苦しみなんだと。その方にとって
 「愛」とは、それがなんであれ、抱きしめることのできるこの瞬間の自分だと
 おっしゃっていました。

 私は、うんうん。。とうなづいて聞いていました。
 自分の気持ちを無理矢理押し殺して、自分を犠牲にして誰かの為にと。。
 そこに苦痛を伴うものは、私も何かが違うような気がしていました。
 そして、もっと悲しいのは、愛に溢れた自分になれない。。と自分を責めている人を
 見ることです。。と私は言いました。

 
 こんな会話を続けていたら、また違うある人がこんなお話をされました。
 マザーテレサは、道端で倒れている、もう何日も生きられない浮浪者を連れ帰って、
 全身をきれいに拭きながら、耳元でこう囁きます「あなたは一人ぼっちではありません。
 私は貴方を愛しています…」。そして、キリストやガンジーの行いも例にとって、
 「そこには好きも嫌いもありません。」とおっしゃいました。

 すると、次の方が「マザーテレサさんに共鳴します。『すべての者の内に
 キリストを見る。奉仕する。』というようなことだった思います。。
 『自分』は『自分以外のすべての他者』によって浮き彫りになる。
 他者という鏡を介してしか自分を知ることはできない。」というような
 お話をされました。

 
 こういった会話がなされている数日間のあいだ、私はずっと「愛」ってなんだろう?
 と考えつづけていました。そしてある日。。。

 全てのものと一体になったようなあの時の「感覚」…あれは「愛」だと
 突然気づいたのです。それが「愛」だと気づくと同時に、「概念」としては
 もうよく知られているその愛を、体験からにせよ、知識からにせよ、
 自分の中で疑いようのない「感覚」にしていくことが大切なんだ。。と
 思うようになりました。

 
 「愛の感覚を知る」…私のような体験、それをウイングメーカーは
 「キッカケ」だと言ってます。また「聖なる予言」という本では、
 最初のそれは「神様からの贈り物」だと言っています。そしてそのあとは、
 自分でそれを作り出していく事を学ばなければならないと書いてありました。

 私もそう思います。愛の感覚を知れば、それは心から穏やかに、幸せに
 暮らせるようになる為の鍵になるはずだからです。。。私のような体験が
 全てだということではないです。方法はたくさんあるし、それは人によって
 様々な形があると思うけれど、でも、目的は「愛の感覚を知る」ことなのだと思います。

 
 できるだけ多くの人達にこの「愛の感覚」を知ってほしい。。と
 ずっと思っていました。

 でも、この頃は「愛」の重要性を説くものがたくさん出てきているし、
 日々学び、気づきを得ている人達がとても増えてきているような気がしますよね。。
 私の願いは、全ての人が愛を感じながら、心から安らぎを感じながら
 生活できる世界の実現なんです。。誰も悲しい思いをしたり、傷ついたり
 しないですむ世界がいつか実現してほしいと願っていました。。

 ところが最近ふと、「愛溢れる世界の実現は私達次第で絶対可能だ!!」と
 強く確信してしまったのです。


 やっと先日のお話に繋げられそうなのですが、また長くなったので、
 次回にしますね(汗)ごめんなさい。。

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