スポンサーサイト

 --,-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

モーリス・ベジャールの『ボレロ』

 12,2012 21:21
 201301151009520ee.jpg


 昨日の深夜、NHKのプレミアムシアターでオペラ座の『コッペリア』が
 放送されましたが、そこで一緒にベジャールやキリアンの作品も
 やっていました。


 『コッペリア』についても思ったことはいろいろあったのですが、
 今日書きたいのはちょっと別のことです。。。

 
 昨日は、ベジャール作品の中で、あの有名な『ボレロ』とそして
 『火の鳥』が放送されました。
 オペラ座のダンサー達によるものです。
 

 それらの作品を観ていたら、、、
 直感でピンときたことがありました。。。


 それは、、、

 「ベジャールって、ゲイだったのでは?」

 ということでした。。。


 今まで、ベジャール作品は、その凄さは認めることが出来ても、
 好み、、、という点でいったら、私の好みではありませんでした。

 なので今までは、あんまり真剣に観ようとしなかったのですが、
 今回ちょっと真面目に観てみたら、そんな「匂い」を、なんだか
 感じてしまったのでした。。。


 それで気になったので今日、ネットでちょっと調べてみたら、、、
 「ベジャールは同性愛者だった」という情報にたくさんぶつかり。。。


 あぁ、やっぱり。。。って、つい思ってしまった。。。


 まぁ。。。
 情報は情報に過ぎませんし、絶対そうだったんだ!と断言する
 ことももちろん出来ないわけなのですが。。。

 でも、あの作品から漂ってくる匂いからして、、、
 その情報にも信憑性があるような気がしましたし、逆に、自分の
 匂いを感じるセンサーは間違ってなかったのかも。。。と。。。

 変なところで嬉しくなったりもして。。。(笑)


 バレエでも絵画でも。。。

 その作品から漂ってくる「匂い」を嗅ぐ。。。ということが、
 この頃は好きになってきました。。。

 作者のエゴの主張というものではなく、そういうのを超越した、
 その人の「人となり」というもの。。。「あり方」というもの。。。

 そういうものを作品から感じ取る。。。ということが、
 なんだか楽しくなってきました。


 でも、そうなってくると、、、

 「ダンサー」という存在って、一体何なのだろう?と、、、

 そんな思いも同時にわいてきてね。。。


 今まで私は、バレエというものはダンサー中心にしか観て
 きませんでした。。。
 振付家自身にまで興味を持つことは少なかったです。
 表面的なこと以外は。。。

 けれども、その作品の作者自身を感じ取ろうとするとき、、、
 それを表現するダンサーというものって、一体何なのだろう?と。。。
 そんな思いがわいてきて。。。


 画家だったら、それを表現する道具は「絵具」であり、、、
 その道具自身に「心」というものはないから、それを
 単なる「物」として扱うことは簡単ですよね。。。

 でも、バレエの作品を創るとき、その振付家にとっては、
 画家にとっての絵具にあたるものが「ダンサー」で、そして
 ダンサー達には彼ら自身の「心」があるから。。。

 いろいろ、難しいですよねぇ。。。


 ダンサーがあまりにも自己主張ばかりしていたら、、、
 きっと、「良い絵具」にはなれないような気もするし。。。
 だからと言って、全員が真っ白では、良い絵は描けないし。。。


 「物と人」ではなく「人と人」。。。

 
 振付家とダンサーの関係というものは、、、
 その作品を創るうえでやはり、ものすごく重要になるのだろうなぁ。。。
 
 なんて思いました。。。


 ダンサーにもきっとそれぞれ「色」というものがあると思います。

 けれどもそれは、出来ることならばダンサーの「エゴの色」ではなくて
 「魂の色」であってほしいものですね。


 そしてコリオグラファーも、自分自身のエゴをなるべく通さずに、
 ダンサーの魂の色を歪ませてしまうことなく、そのままの色として
 しっかり見極め、自分の作品に必要な色を見つけ出し、、、

 そしてその色を、一番美しく輝くような位置に配色していくのかも
 しれませんね。

 画家が絵具を使う。。。という一方的なものではなく、バレエの
 作品の場合は、コリオグラファーとダンサーの共同作業による
 ものなのかもしれません。。。


 バレエ作品の場合、そこに音楽、そして舞台背景や衣装という
 美術も絡んでくるものですが、それを書くと長くなりすぎるので、
 そういうのはまたいつかの機会に書きたいな。。。と思います。。。


 
 『ボレロ』は、最初は女性ダンサーを主軸に創作されたものだった
 らしいのですが、1979年にジョルジュ・ドンがこれを踊って以来、
 この踊りは、まるで彼のためにあるかのようになってしまったそうです。。。

 そして、1992年11月30日、そのジョルジュ・ドンがエイズによって
 亡くなった時、ベジャールは、「私の中の一部が死んでしまった」と
 語ったのだそうです。


 こういうエピソードからも、、、
 なんだか、いろいろと見えてくるものがありますよねぇ。。。


 

Comment - 0

Latest Posts - -

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。