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ゴッホの耳切り事件

 07,2011 15:33
gogh.jpg
 『包帯をしてパイプをくわえた自画像』  フィンセント・ファン・ゴッホ 1889年


 ゴッホが南フランスのアルルで、ゴーギャンとの共同生活を
 していたとき、口論の末、自分の耳を切ってしまった事件は
 あまりにも有名ですが、なぜ彼がこんなことをしてしまったのか、、、

 その理由については、様々な説があるのだそうです。


 例えば、アルルを去ろうとするゴーギャンへの当てつけ説。
 幻聴から逃れるためという説。

 また、闘牛には闘牛士が倒した牛の耳を切り取るという
 儀式があるのだそうですが、ゴーギャンを闘牛士に見立て、
 自分を倒された牛と見立てて、その儀式をしたのだ。。。
 
 なんていう説まであるそうです。

 この説を打ち出した人ってすごい想像力だな、、、と、
 思ってしまいました。


 こんな風に、その「説」はいろいろあるようなのですが。。。



 先日、「新約聖書」という映画の中のあるシーンを観ていたら、
 ゴッホのこのエピソードのことを想起させられました。

 それは、「ヨハネの福音書」に書かれていることを忠実に再現した
 映画でした。


 イエスが兵士に連れて行かれるシーンなのですが、福音書には
 こんな風に書かれています。


 シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて
 大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。
 手下の名はマルコスであった。



 ペトロは、イエスの12人の弟子の中のひとりです。

 
 ゴッホは、画家になる前は牧師になりたかった人ですから、
 聖書のこのシーンのこともよく知っていたのではないかしら。。。


 ・・・なんてことが、ふと、頭の中をよぎったのでした。


 この自画像は、この事件の直後に描かれたものです。

 包帯が右の耳に巻かれていますが、自画像は鏡に映した
 自身の顔を描くのでしょうから、実際に切られたのは左耳。

 青い帽子の後ろにはその補色であるオレンジを、、、
 そして、緑の服の後ろにはその補色である赤を使って
 描かれている。


 ゴッホのことをよく知る前は、この絵から狂気を
 感じたりもしたのですが、ゴッホは実は、色の勉強も
 かなりしていたそうですから、この強烈さはおそらく、
 意図的で。。。

 カッとなって我を忘れてしまう時以外のゴッホは、
 意外とかなり、冷静な人だったのかも。。。


 なんて想像してみたり。。。


 結局本当のことは、ゴッホ本人にしか解らない。


 でも、、、
 こうやって想像したりすることによって、そこに
 今の自分が映し出されてくる。。。


 それが面白いのです。。。


 
  ビゼーのカルメンより『闘牛士の歌』

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