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『キリストの復活』 ピエロ・デッラ・フランチェスカ

 29,2011 15:51
piero_pesurrezione00.jpg
 『キリストの復活』 ピエロ・デッラ・フランチェスカ 1460年代前半頃


 ピエロ・デッラ・フランチェスカ

 ピエロ・デッラ・フランチェスカは、ルネサンス初期の最も
 革新的な画家だと言われているそうです。

 彼は、今から約600年ほど前、イタリアの南トスカーナの小さな街、
 サンセポルクロに生まれました。

 このサンセポルクロという街は、10世紀、聖地エルサレムからやってきた
 二人の巡礼者によって造られた街なのだそうです。
 彼らはその時、この街にキリストのお墓にまつわる何かを持って
 きたとか・・・


 当時のイタリアでは、伝統を重視するという風潮があったため、
 この絵も、以前に描かれていた壁画の構図を参考にして描かれて
 いるようですが、そこに、フランチェスカがフィレンツェで学んだ
 遠近法の技法を取り入れ描くことによって、復活したキリストを
 よりリアルに、生々しく表現させたのだそうです。


 イギリスの作家、オルダス・ハクスリーはこの壁画を見て、
 「世界で一番美しい絵」だと思いました。

 そしてそれを「路上にて」という旅行記の中に書きました。。。

 その旅行記を読んだあるひとりのイギリス人兵士、、、
 アンソニー・クラークという兵士は、第2次世界大戦中、
 上からの命令でこの、サンセポルクロの街を砲撃していた
 最中に、ハスクリーのあの言葉を思い出しました。。。

 「世界で一番美しい絵」と言われていた絵がある街。。。

 そしてクラークは、、、砲撃を中止させたのだそうです。。。


 美しいものを愛する心は、、、
 憎しみや戦争より強い。。。

 ・・・と、ある人が言っていました。。。


 ピエロ・デッラ・フランチェスカの「キリストの復活」は、
 18世紀には、壁ごと塗りつぶされてしまうという災難にも
 見舞われましたが、19世紀頃、自然とその壁がはがれ、そして
 イギリスのヘンリー・レアードという考古学者によって
 その価値が見直され、再び人の目に触れられるようになりました。。。

 その後、それを観て感動したハクスリー、そのハクスリーの書いた
 エッセイを読んだクラーク。。。

 そしてそのクラークによって救われた、サンセポルクロの街。。。


 こういう流れに。。。
 
 私はとてもとても。。。
 感動してしまうのでした。。。


 『Amao Omi(無意味な戦争) 』 by ギヤ・カンチェリ
 

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