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『神秘のアルゴリー』 モーリス・ドニ

 19,2011 16:20
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 『神秘のアルゴリー』 モーリス・ドニ 1892年


 キリスト教美術のイコノグラフィーに遡れば、ここで思い出されるのは
 キリストによる“蘇生”で有名なラザロの姉妹マルタとマリアである。
 家に招じ入れたキリストに対し、マリアはキリストの足元で彼の言葉に
 耳を傾け、マルタはキリストのもてなしの準備に余念がなかった。

 (中略)『神秘のアルゴリー』にはキリストは登場しないが、マリアの
 手の中にある聖書がキリストの言葉を代弁している。一方マルタが手に
 しているティーセットはキリストへの“もてなし”を暗示している。

 聖書ではキリストは甲斐甲斐しく働くマルタより、キリストの膝元で
 彼の言葉に耳を傾けるマリアを褒めているが・・・(図録より抜粋)



 この『神秘のアルゴリー』も、展覧会には来ていなかったのですが、
 図録を読んでいたら、こう書かれている部分があって、、、
 私は、妙なところでひっかかってしまって。。。

 「聖書ではキリストは甲斐甲斐しく働くマルタより、キリストの
  膝元で彼の言葉に耳を傾けるマリアを褒めているが・・・」

 ・・・って、それはおかしいでしょ!!。。。と。。。(苦笑)

 イエスがそれでマリアを褒めていたのだとしたら、、、
 イエスは本物のマスターではないわ。。。

 なんて思ってしまったのでした。。。

 なので早速聖書を引っ張り出してきて、その部分を確かめてみたの。。。

 
 ルカによる福音書、10章38節~42節。。。

 一行が歩いていくうち、イエスはある村にお入りになった。
 すると、マルタという女がイエスを家に迎え入れた。
 彼女にはマリアという姉妹がいた。

 マリアは主の足元に座って、その話に聞き入っていた。
 マルタはいろいろのもてなしのためせわしく立ち働いて
 いたが、そばに近寄って言った。

 「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせて
  いますが、何ともお思いになりませんか?手伝ってくれる
  ようにおっしゃってください。」

 主はお答えになった。

 「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、
  心を乱している。しかし必要なことはただ一つだけである。
  マリアは良いほうを選んだ。それを取り上げてはならない。」



 なるほど納得。。。

 
 多分イエスは、、、
 マリアの行為の方がマルタの行為よりも上ですと言ったわけではなく、
 「自分の魂の欲することに正直であれ」と言ったのだろうと。。。

 そう考えたら、このエピソードにも納得いきました。。。

 マルタが叱られたのは、足元でイエスの話を聞かなかった
 からではなくて、マルタがマリアの行為を否定したからなのだろうと。。。

 マルタの魂はもてなしを選び、マリアは話を聞くことを選び。。。

 それはどちらも間違っていないのだから、それぞれの役割を
 そのまま果たせばいい。。。

 そういうことなのだろうなぁ。。。きっと。。。

 
 この絵の中でティーカップを持っているマルタの視線を、
 ドニはしっかりとマリアの持つ「本」に向けさせていました。。。

 だからやっていることは違っても、マリアもマルタも、
 その信仰心には変わりはないし、そこには正しいも間違いも、
 そして、上も下もない。。。ということを、ドニはちゃんと
 理解していたのだろうと思う。。。

 
 この絵の主題は、、、
 古くからある「活動的人生」と「瞑想的人生」のアレゴリーとも
 なっているのだそうです。。。

 ・・・ということは、聖書のこのエピソードで語られていることも、
 きっと、そういうことだった。。。ということですよね。。。

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