スポンサーサイト

 --,-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ふと思い出した想い出

 03,2013 18:28
 306869_582819771739173_1667010461_n.jpg


 スピリチュアルベリーダンスのクラスで、一緒にレッスンしていた
 お仲間の一人が、辞められた。。。と、昨日聞きました。

 突然のことだったので、ちょっとびっくりはしましたが、心の底では
 「あぁ、やっぱりなぁ。。。」と、、、
 実は、そう思っていたりしました。

 多分彼女とは、「ホーム」は違うのだろうなぁ。。。と。。。
 なんとなく、そんな感じがしていたから。。。


 「袖振り合うも他生の縁」というように、、、

 この世でちょっとでも人生が交差する人というのは、誰もがみんな、
 何かしらの縁を持っている人であるとは思っていますが、その中でも、
 どうしても関わらなければならない人、、、今の自分にとって非常に
 意味のある人、、、
 
 そんな強烈な縁を持った人と出会った時は、解るのです。。。

 そこに、強力な「引力」を感じるから。。。


 そんな引力を感じる人には、生きているうちに、きっと数人くらいは
 出会うと思うのですが、その出会いというものは、人生のある重要な
 ターニングポイント的なところで、起こってきたような気がします。


 以前、そんな引力を感じた人と出会って、その人をAさんと呼ぶとすると。。。
 私とAさんは、どこまでも似てはいるのだけれども、ある重要な
 ポイントの部分では、真逆だなぁ。。。と感じていました。

 その出会いと同じ頃、Aさんと同じように深い縁を持つと感じさせられる人と
 もうひとり出会って、、、その人をBさんと呼ぶとして。。。

 そのBさんは私のこともAさんのこともいろいろ知っている人でした。


 Bさんは当時、こう言っていました。

 「あなたとAさんは、同じ『水』同士なんですよ。
  でも、あなたが『海の水』だとしたら、Aさんは『生活水』なんです。」

 ・・・と。。。


 そのAさんは、仏陀を目指していた人でした。。。

 私は、菩薩のあり方を尊重していた人でした。。。


 シッダールタ王子は、ある時まで、何一つ不自由のない生活を送っていました。
 それは、父親である王様が、世継ぎである王子に余計なことを考えさせないためでした。

 でもある時、王子は病気の老人と出会ってしまい、、、
 それが彼にとっての、ひとつのターニングポイントとなりました。

 その後王子は、出家して自分の悩みを解決するために、修行したくなりました。


 王子は、父親の言うとおりにお妃を娶り、そして二人の間には
 男の子が生まれました。

 その時王子は、「これで自分の王子としての責任は果たしただろう!」と言って、
 お妃と生まれたばかりの息子を置き去りにして、出家してしまいました。

 その後、王子は様々な苦行に挑んだりしました。
 そして、彼に賛同した多くの人が彼の弟子となり、一緒に苦行に励みました。

 でもある時、王子は「こんな苦行じゃダメなんだ!」と気づき、
 さっさとやめてしまいました。

 それを見たそれまでの弟子は、「え?今まで王子のいう事を信じてあんなに
 断食して頑張ってたのに、当の王子はなんでご飯食べてるの?」と思い、
 ある種の「裏切られた感」を感じて、みんな、王子の元を去っていきました。

 そのあと王子は、菩提樹の木の下で悟りを開くわけなのですが。。。


 世界から「苦しみ」というものを失くすため。。。なんて、
 あと付けです。。。

 結局は、自分自身の悩み、迷い、そして満たされない想いを
 解決すためというのが、本当の動機だと。。。私は感じます。

 
 ですので、私はこの物語を聞くと、「なんて自分勝手な王子なんだ!!」って、、、
 そう思ってしまうわけです(苦笑)


 ただこれは、私の人間視点、、、
 夢の登場人物視点で思うこと。。。

 ファーストソース視点で見たら、「全ては完璧」ということ、
 もちろん、重々解っていますけど(笑)


 王宮にいるうちに、仏陀が悟りを開いていたとしたら、、、
 彼はおそらく、出家などせずに、お妃と息子を大切にしながら、
 自分の王としての役割を全うしたことでしょう。。。

 けれども、彼の役割はそれではなかった。。。

 すべては運命。。。
 誰もが、、、大いなる物語を展開しようとするファーストソースの、
 ひとつの駒。。。

 夢の登場人物。。。


 だからこの物語は、、、このままでいいのです。。。
 そこに、間違いというものはない。。。


 でもね、、、
 現代人は、仏陀が生きた当時の人達とはもう、意識が違うのです。。。

 置き去りにされたお妃や息子は、その時どんな思いをしたのだろう?
 当時、王子を信じてついていこうとしていた弟子たちは?

 妻も息子も、最終的には仏陀を認め、彼の弟子になったけれども、、、
 その境地にいたるまでの、彼らの苦悩は?

 誰かの人生を、、、
 無理矢理自分の人生に添わせるような事を、仏陀はしたのでは?


 仏陀が仏陀として在る事が出来たのは、実はそういった周囲の人達の
 影の犠牲や理解があったからこそ。。。

 そして当時は、、、それでもよかった。。。


 でも私は、、、
 そういう日陰となる「駒」を演じる人が登場する物語は、、、
 もうこれから先は必要ない。。。と、、、そう思っているから。。。


 あの時代には、そういう物語が必要だったことは分かるけれども、、、
 今の時代はもう、物語を書き変えなくちゃ。。。


 すべてのあなたは、、、
 私なのですから。。。


 だから私は、Aさんに言ったことがあります。。。

 「自分が出家なんてしたら、子供達が悲しむ。
  そんなことをしたら、それが一生自分の足かせとなる。」と。

 すると、Aさんはこう言っていました。

 「自分が仏陀になれば、最終的にはご家族も含めて、
  もっと多くの人を幸せに出来るんじゃないかな?」

 ・・・と。


 そういうAさんが「生活水」で、私が「海の水」なんです。。。

 だから、面白いよね。。。


 私は、、、
 10代のあの体験によって、もうその境地は知ってるの。。。

 この世界が、幻だということ、、、本当に解ってる。。。

 でもだからこそ、、、この貴重な今という時に、、、
 慈悲の心を育むことを重要視する。。。


 すべての人が、、、
 すべての私が、いつかは必ず、そうなっていくことが解っているから。。。
 急がなくても、、、焦らなくても。。。


 Aさんはおそらく、、、
 その境地はまだ、実体験として知らないのだろうと思う。。。
 理屈としては解っていたとしても。。。

 だからこそ、そこを「目指す」


 ただ、、、
 人間的な慈悲心は、、、もともとは、私よりもAさんのほうが
 深いと感じていました。

 でも、生活水であるAさんにはそれが当たり前すぎて、、、
 だからこそ、Aさんは、そこをあまり重要視しないのだろうなと。。。


 だから、、、「真逆」だったのです。。。


 今は当時を振り返り、落ち着いてそれを分析できるけれども。。。
 あの頃は、相当迷いました。。。


 でもこうして今、自分にとって最良の選択をすることが出来たと
 感じられるのは、あの時、Bさんの的確なアドバイスがあったから。。。


 そのグループの中でしか知ることが出来ないなんてものはない。。。
 閉じられたものなんてない。。。
 本当の真実は、全ての人に開かれている。。。と。。。


 たしかジェームズも、、、
 それと同じことを言っていたような気がします。。。


 すごい深い学びを、、、
 彼らを通して体験させていただきました。。。


 自分にとって本当に縁のある人と出会うと、、、
 同時にそこに、摩擦のようなものが起こり、悩まされる。。。


 相手が自分と本当に同じだと解るのに、、、
 大事なところで違うから。


 母なんかもまさにそう。
 夫もそう。


 でもだからこそ、成長出来る。。。


 だからこそ、深いところではすべてに感謝。。。

Comment - 0

Latest Posts - -

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。