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想いのちから

 10,2006 15:29
 最初にわたしたちは、物質的な自己に死ぬ。すなわち、脱自己同一化する。
 次に身体的な自己との排他的な自己同一化(身体だけを自分のすべてと
 思い込むこと)を死に、次に心的な自己に死に、最後に魂として死ぬ。
 この最後の死を禅では「大死」という。

 ~存在することのシンプルな感覚(ケン・ウィルバー/春秋社)~



 「FIRE THE GRID」のお話はご存知でしょうか。。

 このお話は今、ネット上のあちらこちらで見るようになりましたね。

 私も「グリニッジ標準時間の2007年7月17日11時11分の祈り」に
 参加予定でいます。そして、ここでこの祈りについて私の思うところを
 書いてみようかな。。と思います。。

 
 以前もお話した10代の頃の不思議な体験から、私の中ではどうしても
 私達の本当の姿、または最終ゴールは「感覚」(または意識?)だと
 思ってしまうのです。

 ただ、自分がいるという感じがするだけ。。

 何もなく、でも全てが自分の中にある、全てが自分である。。
 でも、そこには何もない、自分の姿も何も。。

 うまく表現できませんが、その感覚に、最終的には戻っていく。。

 これが私の中の真実なのです。。

 
 なので、私にとってはこの物質社会のみならず、高次元の世界も、
 光の存在も全ての法則も。。何もかもが本当はその感覚が見ている幻想。。
 夢。。だと。。どうしてもそう思ってしまうのです。

 
 本当は全て幻想。。
 でも高次元の世界も、光の存在も、法則も、実際に存在する事も真実。。
 とも思っています。。

 聞いてらっしゃる方は、わけがわからない。。と思われるかもしれませんが、
 それらは、今、人間としてここにいる私達にとっては実際に存在しているからです。。

 
 この世の中には不思議なことがたくさんあるし、信じられるものや
 信じられないもの、様々なアセンションの方法。。。多くのスピリチュアルな
 探求方法。。本当にたくさんあります。。

 でも正直なところ、私は最後はあの感覚に戻っていくのだから、わざわざ
 自分を苦めるような方法を選ぶ事はないな。。なんて思ったりします。。

 そして、あの感覚がただ感じているだけのこの世界の中では、きっと本当は
 人の想い次第でどうにでもできてしまうのではないか。。とそう感じています。。

 乱暴な表現をすれば、全て思いこみで成り立っている世界だと思っているのです
 (↑これも思いこみ。。)

 
 感覚だけになる前に、せっかくだからこの世界を思いきり満喫しておきたい。
 人間として存在できる間に毎日を丁寧に生きて、自分にお土産をたくさん
 持って戻りたい。。

 そのために例えば何かの実践方法も、自分が楽しんで出きるものを見つけて、
 人間として様々な神秘体験などを楽しんでおきたい。。と思っています。

 
 この「FIRE THE GRID」のお話自体、正直申しますと実際に起こったことか
 どうかということは私にとっては「?」なところです(苦笑)

 このお話の裏に、何かの意図を感じます。。

 私は実は、けっこうひねくれたところがあるので、ついそう見てしまったり
 することがあります。


 ただ、これがもし本当の話でなかったとしても、「祈る」ということが、
 しかも多くの人が同時に一緒に祈るという行為が、どんな結果を生み出すのか
 ということには、とっても興味があります。

 私がかすかに感じるそのなんらかの「意図」にも、きっと愛が流れている。。
 そう感じています。そして、今の私にとっては現実であるこの世界が、
 心安らげる平和な世界になって欲しいということは、私にとって確かな
 願いではあるので、その理由だけでも試してみる価値は充分あるなぁ。。
 と思いました。

 
 言葉は悪いかもしれませんが、世界の、たくさんの人を動因したこの大きな実験。。。

 今、人間として生きてここに存在している私に、参加しない理由はないなぁ。。。
 なんて思います。。

 あぁ。。でも、こんな風に思っていては本当はダメなのかなぁ。。

 「心から信じること」。。これが大事ですものね。

 
 …う~~ん。。これは。。「こんな風に思っている人もいる。。」
 程度に聞き流して下さいね。。

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