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本当の優しさとは?

 26,2006 15:38
 例のケン・ウィルバーの本を読んでいたらまたこんな事が書かれていました。
 (これはコーエンさんの言葉からの引用みたいですが。。)

 
 精神的な「師」を選ぶ時は慎重に選ぶように。ナイス・ガイ的な優しい師匠もいれば、
 荒くれ者の師匠もいる。ストレスを軽くしてエゴを慰めてくれる優しい師匠ならば
 素敵な道を歩む事ができるが、荒くれ者の師匠の場合、居心地が悪いどころではない、
 魂が消えるほど怯える。。。と。

 
 でも、覚醒へ早く辿りつきたいのであれば、荒くれ者師匠を選ぶ方がいいらしいです。。

 
 以前、ウイングメーカーのフォーラムでちょっとした出来事がありました。

 そこに「私はマスター」と名乗る方が現れて、いろいろな知識を教えて
 下さったのですが、ひとりのお仲間の方に対し、とても厳しいことを
 おっしゃられたのです。

 私は以前からずっと疑問に思っていた事があって、それは、私が読んだ本
 (多分実話に基づいたお話)の中に出てくる師匠さんはみな、弟子が間違った
 事をするとものすごい勢いでこれでもか!というほど、怒る事に対してでした。

 それこそもう、弟子が立ち直れなくなってしまうのではないかと思ってしまうくらい
 激しく弟子を罵倒します。。

 私は、弟子に試練を与えて覚醒を早めようとする気持ちも解からなくは
 ないのですが、ではそれで落ちこぼれてしまった人はどうするのだろう。。
 それで、はい、あなたはダメですね。。と切ってしまっていいのだろうか。。
 といつも疑問に思っていました。

 
 なので、そこでマスターと名乗る方が厳しい態度をとられた時、実際に
 私の目の前でそういう事が起こっているような気がして、私は思わずその方に
 抗議してしまったのです。。

 実を言いますと、その方が、なんらかの意図を持って、わざと「私はマスターです」
 とおっしゃっているのならいいのですが、そうでなかったらそれこそ、
 その方の今後の成長が。。。なんて余計なことを思ってしまったのと、
 あとは、私自身がとても打たれ弱いので、もしそんな公の場所であんな厳しい事を
 言われたのが自分であったら、しばらくは実生活でも立ち直れないくらい傷つく。。

 それにもしかしたら言われるべきは自分だったのかもしれない。。なんて思ったら
 ついつい。。(実際に言われた方は、私の心配などおよびでないくらい
 懐の深い方だったのですけれど^^;)

 
 自分が混乱したくない、自分が傷つきたくない。。
 そういう自分のその思いを他の人にまで転写してしまい、もしかしたら
 その人にとってはとても貴重なものだったのかもしれないものを、私の
 そういったエゴで潰してしまったのではないか。。

 なんて今頃になって思うのです。

 私は、誰も傷ついてほしくないし、みんなが心安らかでいてほしい。。
 変容するのならば、出来るだけ多くの人と一緒に。。と思いつつ、
 そう思うのは結局は自分のためなのかもしれないな。。なんて。。思いました。

 
 感謝が出来ない。。と言って嘆き、自分を責める人を見ると、私は
 「その感謝が出来ない状態からしか学べない何かがあるはずなのだから。。」と
 思ってしまいます。

 でも、もしかすると「感謝をしなさい!感謝が出来ないなんて愚か者だ!」
 と言った方が、実はその人のためになるのかなぁ。。なんて、
 今更ながらいろいろ考えています。

 
 これもケン・ウィルバーの本に書かれていたのですが、ある程度まで達した
 マスターも、個としての香りは残すそうです。。

 私がもしいつか変容できたら一体どんな香りを残すのか。。

 そしてその香りがまわりの人にどんな影響を与えてしまうのか。。。

 なんていろいろ考えてしまいました。。


 私はみんなと一緒に迷いながら、一緒に成長していきたい。。とは思いますが、
 前を見て歩いている人の足をひっぱらないようにしなくては。。。と、
 なんだか久々に。。少しへこみ気味です。。

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