スポンサーサイト

 --,-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

洪水で一夜にして沈んだ都

 15,2008 17:06
 イスの伝説がおもしろかったので、いろいろ調べていたら、このお話は
 ブルターニュの民譚集。。。
 「バルザス・ブレイズ」に収められていることが解りました。

 バルザス・ブレイズって、どこかで聞いたことがあったなぁ。。。と思ったら、
 ずっと以前に読んだケルト神話の本に書いてありました。

 あの頃はスルーしていたこのお話。。。
 今は、なんだかとても気になるこのお話。。。

 イスの伝説のこと、少し詳しく書いておこうと思います。



  君知るや、グラドロンにむかいて賢者の教えしこと?
  情熱に身をまかすなかれ。狂気に心を奪わるなかれ。
  愉悦のあとには必ず悲哀がおとずれん。
  魚を啖う者はいずれ魚に食われ、肉をむさぼる者はいずれむさぼられ、
  ワインにふける者はやがてハヤのごとく水を呑まん



  ~グラドロン王と王女ダユー~
 
   グラドロンは、五世紀に生きたたいそう立派な人物でした。
   王が治めていたのはブルターニュ南部のコルヌアイユという国で、
   首都はカンペルレという美しい町でした。

   王はまっすぐな人で人々に慕われていましたが、愛娘ダユーには甘すぎると
   陰口をきく人もいました。美貌の娘ダユーはいつも注目の的でしたが、
   宮廷での娯楽にはどこか飽き足りないといった風なところが見受けられました。

   こうした性格は彼女の血に混じっているのだと噂する者もおりました。
   何年ものあいだ、グラドロンの前の妃についての突飛な噂が流れていました。
   彼女はもともと人間ではなく海の妖精で、王と結婚するために人間の姿になりました。

   しばらく二人は幸せにくらし、愛の結晶としてダユーが生まれました。
   ところが、ある時グラドロンが妃の機嫌をそこねてしまった結果、
   妃は海へと逃げかえり、王は娘をひとりで育てなければならなくなったというのです。

   このように考えればダユーが海を見つめるときのあの思いこがれるような眼差しも
   説明がつくと感じている人もいました。


  ~グラドロン王の改宗~

   グラドロンがそれまでの土地の信仰をすてて、キリスト教徒になってからというもの、
   娘との関係が悪くなりました。

   王の改宗は突然の出来事でした。

   王はある日家来をつれて森で狩りをしていました。夢中になって獲物を追ううち、
   一行は道に迷ってしまったことに気づいたのです。
   暗くならない前になんとか森を抜ける道が見つからないものか、その辺りを
   偵察してくるよう、グラドロンは命じました。

   数分もたたないうちにきこりの小屋が見つかったので、一行はその丸太小屋を
   目指しました。
 
   そこに住んでいるのはきこりではなく、コランタンという名の隠者でした。
   王はキリスト教徒ではありませんでしたが、この人が徳が高く、
   立派な仕事をしている賢者だという評判を、聞き及んでおりました。

   王はコランタンに、どうか帰り道を教えてもらえないだろうかと言いました。
   コランタンは「喜んで」と答えるとともに、疲れた一行を気遣って、食事の
   世話を申し出ました。

   王とコランタンはしばしば話し込んでいましたが、たちまちにして王は
   コランタンの該博な知識と深遠な洞察にすっかり感心しました。
   しかし狩人たちは「主の祈りやアーメンで腹を満たせということか?」
   と、ひそひそと言い交わしました。
 
   コランタンは彼らの空腹のことは百も承知でした。

   彼は王の召使いに命じ、一番大きな籠と一番よく入る水差しを持ってこさせ、
   小屋の奥の方に案内しました。そこには小さな泉があり、その中にちっぽけな魚が
   泳いでいました。

   コランタンは水差しを手にとって、泉の水をいっぱいに汲みました。
   つぎに泳いでいるハヤをつかみとるとナイフで二分し、片方を籠に入れました。
   他の半分は泉に戻します。
   ついでテーブルにこの籠と水差しを持って行きなさいと、召使いに命じました。

   はじめ召使いはコランタンがふざけていると思ったのですが、コランタンが
   大真面目に言い張るので、それにしたがいました。召使いは王と伴の狩人の
   ところに行き、ご馳走の準備ができましたと伝えましたが、とても貧しい食事で、
   空腹を満たすにはとても足りないでしょうと、言い添えるのでした。

   テーブルを目にして一同は驚きました。上にはありとあらゆる種類の
   ご馳走が並んでいます。肉、魚、くだもの。水差しには赤ワインがこぼれんばかりに
   入っています。

   グラドロンは隠者のやったことを聞くと驚嘆しました。隠者に案内されて、
   ご馳走にばけた魚を見るに及んで、驚きはさらに大きくなりました。
   半身が再び完全な魚となり、何ごともなかったかのように泳ぎ回っていたのです。

   グラドロンの心には、隠者を連れて帰りたいという気持ちがつのってきました。
   「人々の中に入って、国中にそなたの信仰を広めてほしい。カンペルレの司教にも
   なってもらおう。好きなだけ改宗させてよろしいですぞ」
 
   イエス・キリストのためにこれほどの奉仕をする機会を見逃す手はありません。
   コランタンは即座に承諾しました。
 
   このようにしてグラドロンはキリスト教徒となりました。カンペルレには教会や
   礼拝堂、修道院が建てられました。コランタンは美徳、慈善、節制を広めるため、
   王にすすめて新しい法を制定させました。


  ~イス造営~

   何か月かがたちました。以前とくらべて、カンペルレは徳が高く、精神的に
   満ち足りた町となりました。
   が、ダユーはしだいに物憂げで、ふさぎがちになっていきました。
   心配した王はついに娘に話しました。
 
   「わが子よ。何を悩んでいるのだ? 何かほしいものでもあるのか?」
 
   「このぞっとする町のせいですわ、お父様。あなたのおかげで、ここは僧侶だの
   悔悛した罪人だのでいっぱいになってしまいました。ここにはも喜びもないし、
   笑い声も聞こえない。聞こえてくるのはお祈りに、聖歌ばかり。」

   「黙りなさい、ダユー。」と王が答えます。
   「神に仕える人たちを冒涜してはいけない。あの人々の仕事に比べたら、
   他のことはすべて犠牲になっても仕方ないのだ。」
 
   するとダユーは顔を伏せて泣き出しました。グラドロンは厳しいことを
   言い過ぎたのではないかと反省するのでした。
 
   「ほらほら、そんなに泣くんじゃないよ。おまえの心の悩みをやわらげるのに、
   何か私にできることがないかな? 何がほしいか、ほら、一言いってごらん。
   すぐにかなえてやるぞ」
 
   ダユーの目が輝きました「海です、お父様。海がほしい」
 
   グラドロンが戸惑った顔をしたので、ダユーは続けます。

   「海が恋しいんです。海からこんなに離れたところに住むのはもう我慢できません。
   海のそばに町をつくってください。そうなれば私も満足です」

   こうしてイスの町が作られることとなりました。
   位置はコルヌアイユの一番西の端が選ばれました。
   渦潮岬(ポワント・デュ・ラ)の近くです。グラドロンは職人たちに指示し、
   まもなく新しい町が姿を現してきました。あまりにできばえが素晴らしかったので、
   グラドロンは宮廷をそこに移し、娘といっしょに住むことにしました。

   ダユーは大喜びです。グラドロンはこれ以上の何を望みましょう? 
   娘を溺愛する父親として、グラドロンは最高に幸せでした。

   程なくして、コランタンのもとから使いがやってきました。
   「素晴らしい新都のどこに、神の家があるのです?」と司教が尋ねます。
   グラドロンは深く恥じてうなだれました。娘を喜ばせたいという一心で、
   グラドロンは教会をなおざりにしてきました。
   すぐにあやまちをただそうと、王はコランタンに返事を送りました。
 
   ところがダユーの方でもある願いを父親のところに持ってきました。
   イスの町は窪地にたっているので、洪水や嵐に対して脆弱です。
   大波から町をまもるために、堤防を作らなければいけません、とダユーは言いました。

   王は辛抱強く娘の話に耳をかたむけ、そのことは考えておこうと返事しました。
   しかし、第一に優先すべきは教会を建てることだ、神の家がないことには王の魂も、
   民衆の魂もどうなるやら知れたことではない…と言うのでした。

   ダユーにとってこれ以上腹立たしい言い草はありませんでした。
   ダユーの頭には、自分の愛しい町が第二のカンペルレとなり、僧や説教師たちの
   おかげで窒息させられる姿が浮かんできました。


  ~サン島の巫女~

   解決策を授けてくれたのは、ダユーの母親ゆずりの本能でした。
   深夜、ひそかに寝床を抜け出したダユーは、小舟にのりこむとサン島を目指しました。
   この島はイスからさほど遠くはないのですが、島をとりまく潮の流れが気まぐれなので、
   漁師たちは「サン島を見る者は、自分の死を見る」と言い習わしているほどです。

   ダユーは固い決意をもってサン島に向かっていきます。この島には、
   古いしきたりを守り、福音を説こうとするものを寄せつけない巫女の集団が
   住んでいるのです。

   この女たちはコリガンを思い通りに動かすことができました。コリガンというのは
   小ぶりの妖精の一族ですが、人間百人分もの力とスピードを持っているのです。

   ダユーは島に着きました。そして島の奥地の森の中で、ついに巫女たちを見つけました。
   ダユーは一同に呼びかけました。

   「サン島の皆さん、どうかお聞きください。私はダユー、イスの王女です。
   皆さんのお力添えをお願いにきました。」
 
   一番の老女がダユーに近寄りました。

   「ダユー、お前のことは知っている。それにしてもなぜ、サン島に来たのかね? 
   我らをおとなう者はもはやほとんどいない。新しい教えを奉ずる者どもは、
   我らを迫害しおった。我らに残されたのは森の暗闇だけだ。もう他に行くところはない。」
 
   ダユーは自分の町もキリスト教の脅威にさらされていると言いました。
   そこで巫女たちはダユーに救いの手をさしのべることにしました。
   コリガンを呼び出し、町の周囲に堤防を築くよう命じ、さらにグラドロンの
   教会を見下ろすような立派な城を造りなさい、と言いました。

   ダユーは巫女たちにお礼をして、すぐにイスに戻ってきましたが、近づくにつれて
   ダユーの胸は喜びでいっぱいになりました。なんと新しい城の櫓が、
   月光を浴びて皎々と輝いています。港に近づくと、約束の堤防が姿を現しました。
   巨岩を並べてつくった堤防で、どんな嵐が襲ってきても大丈夫そうに見えました。

   堤防には青銅の水門がついており、それを開けるのは二つの銀の鍵です。
   ダユーはていねいに鍵を抜き取り、保管をグラドロンに頼みました。
  
   グラドロンは町がみちがえるようになってびっくりしました。そのわけを娘に
   聞こうと思いましたが、ダユーは真実をあかさず、自分のやとった職人が
   作ったのだというばかりでした。


  ~イスの繁栄~

   その後数か月の間、こうして美しくなったイスの町は、美しさに恥じないほどの
   繁栄のときをむかえました。

   コリガンの助けをかりたダユーが、市民たちを富ませる新たな方法を見つけたのです。
   ダユーは彼らに舟脚が速く、頑丈にできている舟を与えました。突風や嵐にも
   沈むことはありません。

   次に海の底から恐ろしい怪物を呼び出しました。そして通りかかった舟を襲い、
   岩に衝突させよと命じるのでした。間もなく、イスの住人は漁師をやめて、
   ハイエナ稼業を始めました。
   難破船から流れ着く高価な品物で、自分たちのふところを肥えさせようという商売です。
   
   そしてこの商売に一番熱心だったのは、だれあろうダユーでした。毎晩のように
   ダユーはコリガンを呼んで、珊瑚だとか、ネックレスだとか、はては溺れている
   船乗りを自分の恋人にしたいとねだるのです。

   しかしこうしたものに心を惹かれるのは一瞬で、たちまち飽きてしまうと、
   波間に捨ててしまうのでした。

   こうして得た富によって、イスが腐ってしまうのは時間の問題でした。
   グラドロンの教会には閑古鳥が鳴き、人々は安逸と邪淫の生活にふけりました。
   この嘆かわしい事態に、コランタンはランデヴェネック修道院のゲノルを呼び出し、
   イスの人々に説教するよう要請しました。


  ~背徳の都~

   ゲノルはイスの町の核心にまで悪徳がはびこっているのを目のあたりにして、
   身ぶるいしました。建てられて間もない教会はすっかり見捨てられていました。
   これを見て、会衆の集まるのを待っていても詮のないことと悟ったゲノルは、
   教会の外に出て説教をはじめました。悪の道から足をあらい、悔い改めねば、
   父なる神が必ずやみなの衆を破滅の淵におとすだろうと、警告したのです。
 
   こうしたゲノルの言葉は、嘲りをもってむかえられました。やがて人々は石を投げはじめ、
   ゲノルを城壁の外に追い払ってしまったのでした。

   イスを事実上治めていたのはダユーです。王はもちろんグラドロンですが、
   何でも娘のいいなりでした。グラドロンは娘の暴虐非道のおこないを知らなかったし、
   知りたくもありませんでした。夜になると、王は一人で私室にこもり、早々と
   床についてしまうのでした。
 
   ダユーは対極の生活をおくっていました。ダユーの城では、飲めや歌えやの宴の
   大騒ぎの音が毎晩ひびきわたっています。また、毎晩違った求婚者がダユーの
   わきにはべるかのようでした。色白美人と噂のダユーを一目見ようと、
   ブルターニュ中から若い貴公子がやってきては、かの女の魅力にころりと
   まいってしまうのでした。

   ダユーは夜どおし相手に寄り添って、下にも置かないもてなしをします。
   特に気に入った少数の男たちには、ダユーはさらに秘められたご馳走をふるまいました。
   
   この選ばれた男には絹の仮面があてがわれます。そしてダユーの部屋に
   忍んでくるときも、出て行くときもこれを着けるように言われます。黄昏どきになると
   漆黒のマントに身をつつんだ長身の従僕が男を迎えにゆき、秘密の廊下を
   とおってダユーの部屋まで案内します。そして男は夜明けとともにこっそり
   抜け出すのです。
 
   このような営みは、王女がご満悦の間は夜な夜な繰り返されます。
   しかし男にあきてしまうと、王女は仮面のひもを特別の結び方でしばるのでした。
   男が部屋から出ると、ひもは鉄のワイヤーに変わり、男の頭蓋骨を貝殻のように
   砕いてしまうのです。死骸は従僕により渦潮岬に運ばれ、そこで海中に投じられました。

   地元の漁師たちはことの真相を知り尽くしていました。というのも漁師たちはまもなく、
   岬の風に混じる苦しみ悶える魂の叫びが聞き分けられるようになったのです。


  ~赤い男~

   一方、ダユーの方では押し寄せる求婚者たちに心動かされることはありませんでした。
   ところがある日、異国からの見知らぬ客人がイスの城門をたたきました。

   客人は途方もないほどの従者をひきつれ、王女さまへといって豪奢な贈り物の
   数々を並べて見せました。この客人自身は、兜のてっぺんの飾りからかかとの
   拍車にいたるまで全身が赤ずくめです。髭までが地獄の業火のように真っ赤です。

   この客人のふるまいには他の求婚者たちとは一線を画すものがありました。
   王女のわざとらしい誘惑にのってくるということもありません。絹の仮面を送りつけても、
   そんなものは被らないといって、男は素面であらわれました。

   ダユーは内心、男の自制心に舌をまいていました。誰もがまいってしまった私の魅力に、
   この男だけは何ともないみたいだ、と。王女は相手の頬をなでようと手を伸ばしました。
   ところが男は後ろに身をひき、「王女よ、何を下さりますかな?」と訊くのでした。
 
   「この私だけでは不足なの?」
 
   「では、私の頼んだものをいただけますか? この私に気がおありなら、
   堤の鍵をいただけますかな?」
 
   男が求めたものは、イスを守る水門の鍵でした。

   「グラドロンが昼も夜も首にかけていますわ。絶対にあなたなんかに渡すものですか」
 
   ためらい、一度は断ったダユーですが、男は続けました。
 
   「今は夜ですぞ。王はきっと眠っているでしょう。そんな王様から鍵を盗むことなど、
   あなたなら簡単にできるはず。鍵を私にください。きっとあなたを私の妻にしましょう。
   火が燃え、煙の柱がたなびく私の宮殿にあなたをお連れしよう。」

   ついにダユーの好奇心が勝ちをおさめました。部屋から男を連れ出すと、
   二人はグラドロンの私室をめざしました。王はぐっすり眠っています。
   外では嵐が始まり、足音を聞かれる心配はありません。ダユーは部屋に入り、
   王の寝台に近づくと、手をのばして王が首にかけている鎖から、そっと鍵を
   はずしました。ダユーは鍵を後ろ手に男に渡し、その顔を見ようと首をめぐらすと、
   男は消えていました。


  ~失われたイスの都~

   王はびくっとして目を覚ましました。誰かが大声で呼んでいます。
  
   「グラドロン、急いで逃げないと命がないよ。水門が開いてる。イスに
   洪水がおしよせてくる。すぐに町全体が海に沈むぞ」 

   そこにはゲノルの姿がありました。
   一刻の逡巡もなりません。グラドロンは寝台から跳ね起きて、駆け出しました。
   まず頭に浮かぶのは娘のことです。ダユーは王の寝室を出た廊下で、
   当惑の極みで凍り付いたような表情をしています。グラドロンはダユーの手を
   ひいて階段を下りて行きました。中庭ではゲノルが馬の用意をして待っていました。
   王は娘とともに馬にのると、修道僧を伴にして、城門の方へとすばやく馬を進めました。

   ゲノルの馬は速く進みましたが、グラドロンの馬はぐずぐずとおくれました。
   ゲノルは振り返ります。するとただちに何がまずいのか分かりました。
 
   「うしろの悪魔を振り落とすのです」とゲノルが叫びます。
  
   しかし王はこの忠告にはおかまいなしで、馬にさらに拍車をかけました。
   が、そのかいもなく、水が馬の脚を徐々に這いあがってきます。
 
   「悪魔を振り落としなさい、グラドロン。さもないとあなたの命はありませんよ」

   ゲノルがもう一度叫びました。

   「何を言っているのだ。これは私の娘だ。悪魔などではない!」

   しかし修道僧は首を横に振りました。

   「その女こそ王様の一切の禍の種子ですぞ。その女が悪魔に水門の鍵をあたえ、
   イスの町を破滅に導いたのです。今この瞬間に捨て去りなさい。
   それともいっそ心中する気ですか?」
 
   それでもグラドロンがためらっているので、ゲノルは杖をえいとばかりに伸ばして、
   ダユーの肩を打ちすえました。その瞬間、ダユーの握っていた手が放れ、ああっと
   叫んだかと思うとのけぞりざま、さかまく渦の中に落ちてしまいました。
   そしてたちまち波が王女を呑みこみ、それっきり姿が見えなくなりました。

   するとまさにその瞬間に嵐が鎮まりはじめました。これによってグラドロンとゲノルは
   安全な場所へと馬の鼻を向けることができたのです。ついに二人は乾いた地面に
   たどりつきました。グラドロンは馬を休めるかたわら、最愛の娘を失ったことに心の
   整理をつけようと、懸命につとめるのでした。

   しばらく休んで元気がもどると、王をランデヴェネックの修道院に連れて行こうと
   ゲノルは決心を固めました。騎行する二人からは、まもなく海は見えなくなりました。
   しかし、恐ろしいほどの霧が発生して二人のあとを追ってきました。

   そしてこのように半ば目かくしをされたような状態の中で、かもめの声を聞くたびに
   グラドロンはびくりとするのでした。

   置き去りにしてきた娘の最後の悲鳴にそっくりだったからです。


  ~グラドロンの最期~

   グラドロンは数か月間ゲノルの僧院に滞在しました。
   しかし海辺のランデヴェネックでは、王は心からくつろぐことはできませんでした。
   夜など、岸辺によせる波の音が聞こえてくると、物狂おしい気分になって、
   寝つけなくなるのです。

   時に、自分を呼ぶ娘の声が聞こえるような気がします。
   あまりに甘美な響きなので、今すぐ水に飛び込んで、そこにいるはずの娘を
   見つけ出したいという、激しい欲求にとらわれてしまうほどでした。
 
   このような声を聞いたのはグラドロンだけではありません。
   ダユーが姿を消して以来、渦潮岬付近で人魚を見たという漁師が多数でてきました。
   彼らにとっていちばん印象深いのは人魚の歌でした。
   その訴えるがごとく、怨ずるがごとき歌にほだされた末に人魚の姿をもとめて
   水中に飛び込んだ漁師は数が知れません。

   そして、人魚にほんとうに出会ってしまったら、彼らが二度と陸に帰ってくることは
   ありませんでした。

   しばらくすると、グラドロンは海辺にすむのが耐えられなくなり、僧院から
   抜け出してしまいました。ゲノルは失踪した王を心配して、捜しに出かけました。
   ずいぶん長く捜し回った末、ようやくクラヌーの森で探し当てたときには、
   王はすでに死の床にありました。

   私はここで隠者の生活をおくってきた、たった一人のドルイド僧だけが仲間だったと、
   王は苦しい息で言いました。

   「この老人にはつらくあたらないでくれ。この男は私などよりよほど苦しみは大きいのだ。
   私は娘を喪った。自分の都も喪った。だが、この男は自分の神を喪ったのだ。
   この男は信仰の死をいたんでいるのだ。これほどつらい悲しみがあるだろうか?」

   これがグラドロンの最後の言葉でした。そして、ここに教会を建ててほしいと王が
   最後にお望みになったと、ドルイド僧は伝えました。
   この願いは叶えられ、新しい教会が建てられました。一方でゲノルはドルイド僧に
   むかって、人生に残された日々をランデヴェネックの僧院で暮らさないかと
   勧めるのでした。
 
   しかしドルイド僧はこれを断り、こう言ったのです。

   「私には森の小径の方がむいています。こんな小径も、あなた方がお求めの道も、
   同じ神様のところにまで通じているのかもしれませんよ」

   ドルイド僧はゲノルに背をむけ、愛する森の中へと戻って行きました。
   ゲノルはグラドロンの遺骸を僧院へと運び、手厚く葬りました。


  

   イスの都は、海の底で、今もなお存在し続けているのだという人がいます。
   そして、このようにいう人も。。。

   イスの都が海に沈んでいるのは、グラドロンの教会でミサが行われている
   間だけ。。。

   このミサは今も現に進行中です。なぜなら、正式な唱和を
   返してくれる会衆がいないので、司祭は最後まで終えることができないで
   いるのです。

   でも、いつか突然生きた人間が教会にあらわれ、司祭に協力した結果ついに
   ミサが終了し、海底のイスの都が再び浮かび上がって来る日がやってくるの
   だろうというのです。

   そして。。。
   その時にはフランス中で並ぶもののない、美しい都となるだろうと
   言われているそうです。


 
図説 ケルト神話物語図説 ケルト神話物語
(1998/06)
イアン ツァイセック

商品詳細を見る

Comment - 0

Latest Posts - -

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。