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ガリー人の制度と風習

 15,2008 17:44
 「ガリア戦記」の中に、カエサルから見たケルト人達の制度と風習が
 載っていたので、メモ書きしておこうと思います。。。

 ケルト人は、記録をあまり文字で残さなかった民族だから、詳しい事は
 ほとんど解らず、今言われているケルト人のイメージというのは、だいたいが
 カエサルのこのお話を元にされていると言われているみたいですね。。。


 こちらの本からの抜粋。。。


 
<新訳>ガリア戦記<新訳>ガリア戦記
(2008/02/14)
ユリウス・カエサル

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 「ガリー人の制度と風習」

  ガリアでは、部族や郷、あるいは地区においてだけではなく、ほとんどの
  家紋においても党派があって、もっとも実力者と思われるものがその長と
  なり、すべての物事をその者の裁量で決めている。

  これは、平民の誰もが有力者を前にして孤立無縁であることのないように
  との配慮から出たものらしい。すなわち、各党派の長は、配下の者を他からの
  圧迫や詐取から護っている。護れない者に、権威はない。

  この考え方は、ガリア全体に共通のもので、たしかに、どの部族も二つの
  党派に分かれている。


  カエサルがガリアへ来た当時、一方の党派の長はハエドゥイ族で、他方は
  セクアニ族であった。両者のうち、ハエドゥイ族の方が昔から有力で従属部族の
  数も多かった。

  劣勢のセクアニ族は、これに対抗するため、アリオウィストゥスを首領とする
  ゲルマニー人に接近し、大きな代償をはらってかれらを味方につけた。
  そして度かさなる戦でハエドゥイ族の貴族を根絶やしにすると、その支配下に
  あった部族の多くを自分達に従わせ、忠誠の誓いを強要したうえ、先に
  占領していた隣接地域の一部を併合するなどして勢力を確立し、全ガリアの
  覇権を握ったのである。

  <中略>

  ガリアで人間としての価値を認められているのは、二種類の人間だけである。
  それに対し、民衆はほとんど奴隷とみなされ、自主的にはなにも出来ず、なにも
  相続されない。大多数の者は、負債や重税や不正などのために隷属する身となり、
  その主人から奴隷のような扱いをうけている。

  前述の二種類の人間とは、ドルイド、いわゆる祭司と、それに騎士をいう。

  祭司は、生贄の儀式や宗教的な説教など、神聖な事柄にたずさわり、教えを
  求める多くの若者にかこまれて非常に尊敬を受けている。事実、公私の別なく、
  ほとんどすべての争いが彼らによって裁決される。殺人その他の犯罪、相続や
  境界に関する争い、等々についても同様で、そうしたときの賠償や罰金も彼らが
  定める。

  個人であれ部族であれ、祭司の決定に従わなかった場合は、右の儀式に
  あずかることが出来ない。これは、ガリー人にとってもっとも重い罰である。
  供犠にあずかれない者は、極悪非道とみなされ、皆が穢れを怖れて、会話は
  おろか、近づくことさえしなくなる。たとえ求めても、裁判はうけられず、もちろん
  いかなる名誉も与えられない。

  祭司のほかには一人の長がいて、もっとも権威を有している。この者が死ぬと、
  次の位の者がこれを継ぐ。同等の者が複数いる場合は、投票で後継者が
  選ばれるが、時には武力で決せられることもある。彼らは、毎年ある時期に、
  ガリアの中心と考えられているカルヌテス族領内の聖なる場所で会議を持つ。
  この会議には、揉め事をかかえる者たちがガリア全土から集まり、彼らの
  裁決をあおぐ。

  ドルイドの教義はブリタニアで生まれて、ガリアへ伝えられたとされており、
  今日それを究めたいと願う者は、多くが教えをもとめてこの島に渡っている。


  祭司は通常、戦争に関わることはなく、税をおさめることもない。すなわち、他とは
  違い、兵役その他いっさいの義務を免れている。

  こうした特典の魅力から、多くの若者がみずから進んで、あるいは両親や
  親戚に送られて、学びに来ている。そこでは膨大な数の詩句を暗誦させられる
  らしく、そのため、なかには20年の長きにわたって留まる者もいると言う。

  一般的な事柄の記録には、公私を問わず、ギリシア文字が用いられているが、
  教えを書き留めるのはよくないとされている。それはおそらく、教義が民衆に
  伝わるのを防ぐためと、文字にたよって記憶力の強化をおこたるのを防ぐため
  だろう。たしかに文字の使用は、多くの場合、学ぶ者の勤勉さや記憶力を
  損なうようだ。

  ドルイドが第一に教えることは、霊魂の不滅と転生である。彼らによれば、
  これこそ死の恐怖をおさえ、勇気を鼓舞するものにほかならない。

  それ以外にも、天体とその運行、宇宙や地球の大きさ、万物の本性、不死の
  神々の力や権能など、多くのことを若者たちに教え伝えている。

  <中略>

  ガリー人はすべてが宗教的にきわめて篤く、重い病にかかった場合や戦争
  その他の危険に身をさらす場合は、人を生贄として捧げるか、もしくは
  捧げることを誓い、その儀式を祭司に依頼する。人命には人命でなければ
  神々を宥めることはできないと考えられていて、こうした供儀は公的な行事としても
  おこなわれている。

  部族によっては、枝編細工で大きな像を作り、その手足に生きた人間を
  詰め込み、これに火をかけて焼き殺す。盗みその他の罪で捕まった者は、
  神々にとくに喜ばれる人身御供だとされている。その種の人間がいないときには
  かわりに無実の者をさえ犠牲にする。


  神々の中でもっとも崇められているのは、メルクリウスである。この神は、
  あらゆる技芸の発明者、あらゆる旅の導き手、蓄財や商売に大きな影響力を
  もつ存在、と信じられている。そのため、像の数も非常に多い。

  次に崇められているのは、アポロやマルス、ユピテルやミネルヴァである。
  これらの神々に関して信じられていることは、他の民族の場合とほとんど
  変わらない。すなわちアポロは病魔をはらい、マルスは戦争をつかさどり、
  ユピテルは天上を統べ、ミネルヴァは工芸の手ほどきをする、というものである。

  ガリー人が戦いにのぞむ際には、通常、マルスに戦利品の奉納を誓う。
  勝利すると、捕らえた動物を供え、他の戦利品は一箇所にあつめる。
  こうしたものを特別な場所に積み上げた光景は、多くの部族の間でみられる。
  聖なる誓いを無視して自分の家に隠したり、所定の場所から持ち去ったりする
  者など、滅多にいないが、いれば、そうした冒涜行為には、拷問をともなう
  厳罰が待っている。

  ガリー人は、ディース(冥府の神)を共通の祖先としている。これは、ドルイドの
  伝承によるものらしい。そのため、暦は日の数ではなく夜の数でかぞえ、
  誕生日もつ朔日も元日も夜から始まるものとして祝われる。

  <後略>



 私としては。。。
 ケルト人の崇めていた神々が、メルクリウスとかマルスとかユピテルとか。。。
 ローマの神様だというところが、ちょっと「?????」ですが。。。

 カエサルの頃は、それだけもう、ローマ化していたということなのでしょうか。。。

 それとも大陸のケルトは。。。
 やっぱり、アイルランドやブリテン島のそれとは少し違っていたのかもしれませんね。。。

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