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青春の思い出 ~中川勝彦さんの言葉~

 07,2006 00:10
 昔、夢中になっていて、ライヴ通いをしていたのが中川勝彦さんという
 歌手がいました。。

 一部マニアックなファンはいましたが(私達みたいな)世間一般では
 あんまり有名ではなかったかな。。

 でも、実は角川映画の「ねらわれた学園」とか「転校生」に出ていたりするんです。。

 あとは、1986年の日テレの年末時代劇「白虎隊」では沖田総司役で出演されていましたが、
 これがもうハマってるのハマっていないのって。。もう大ハマリだったんです。。

 私は今でも、彼以上の沖田総司は見たことないです。。

 なんだか彼の事を語り出すと止まらなくなりそうですが。。。

 でも中川勝彦さんは、1994年の9月に32歳という若さで、白血病で
 亡くなってしまいました。

 彼が亡くなった時とちょうど同じ時間、都内にとてもとても
 大きな虹が出たんですよ。。

 
 生前中川さんはこんな事言っていました。多分、彼が20代中頃だったと思うけれど。。


 人それぞれ、とらえ方はいろいろだけど、本当の優しさって言葉や頭でわかる
 問題じゃないと思う。“優しさ“っていろんな見方があるね。
 厳しさを優しさととる人もいれば、優しさを大きなお世話ととる人もいる。
 もしかしたら優しさってとても恐いモノなのかもしれないね。


 途中であきらめたりしない。常に自己を邁進し続ける。
 難しい事を言ったり、理屈をこねたりする事じゃない、素直さなんだよ。
 自分にいかに正直になれるかなんだよ。
 自分のやりたい事を自分自身で探していきながら、自分がいかに楽しむか。
 自分の人生なんだもん。しっかり足を踏んばっていなきゃ。
 他人に足をすくわれても、しっかりそいつをにらみ返して何度でも立ち上がりたいね。



 今思うと、多感だった時期。。私は中川さんから、随分と影響を受けて
 いたような気がします。

 
 音楽活動を続ける中、様々なことがあって結構荒れていたりした事も
 あったのですが、発病。。そして闘病のあと一時快方に向かって活動を再開。。

 その頃の彼はなんだか何かを悟ったように、とても穏やかで。。
 音楽の方向性も変わっていたし、そして趣味で絵を描くようになりました。

 死の約半年ほど前に「未知の記憶~Unknown Memories~」という絵本を
 出しているのですが、これが本当にとても素敵な絵本でした。

 飛べないダチョウが海というものを見たくて旅をするお話です。

 そのダチョウのニポのセリフからちょっと抜粋します。


 
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 でもさ、でも僕がここにいるのと同じように、空も、海も、あるんだよね。
 知る前も知ってからもさ、変わらずそこにあったんだよね。

 僕、自分のこと考えると、考える前はわかっていたような気がするんだけどさ、
 でも考えだすと考えた分だけ、わからなくなっていくんだ。

 空もそう、アンモナイトも、海も…。

 焦点をあわそうとすると、逃げちゃうんだよ。あっ、あなたの瞳も同じ…
 そんな気がした。そう、何だかわからないけど、同じなんだ。同じなんだよ。

 あれ?僕、何言ってるんだろう…。



 そして、この絵本のあとがきに書かれていた彼のメッセージ。。
 すごく胸に響いてきました。これは、きっと彼が身をもって
 実感したからこその言葉だと。。私は感じました。



 ぼくときみ。きみとあなた。そして、あなたと私。

 何でもいい。。ひとつずつ、結ばれているものを並べていけば、
 世の中のもの、色んなもの、いくつも結ばれていることが、わかりそうで、
 ひとつずつ、きちっと結ばれているのを確認していくような、そんな感じだった。

 それが一周して、全て結ばれるものなのかどうかは、わからないけれども、
 ニポの生き方を、そんな風にたどってみたかった。

 
 この本は、ひとつの詩からできあがりました。


 「鳥が空を恋ひ
  魚が海を慕ふ様に
  私はあなたを愛するのでしょう…。」

 
 この言葉のようになりたいと、いつも思っています。

 
 途中、ボンゴが口づさむ、


 「あの月のしずくが、
  月の山から流れとなり
  やがて海と結ぶ…」


 と云う詩を考えた時、アフリカの資料の中から、かの青ナイル、白ナイルの
 源流をたどっていくと、それは「月の山」と呼ばれる、ルウェンゾリ山群に
 至る事を知り、思わぬ偶然の一致に思わずぞくりとしました。

 
 そして、そういう山奥にこそ、ボンゴは長い間、神秘のもやに包まれて
 棲んでいたのです。
 
 書けば書く程、調べれば調べる程、ただの偶然では済まない一致が、
 次々とニポの周りに集まりだしたのは、まるで未知の記憶にでも
 触れているような思いでした。
 
 目に見えぬ思いこそが、これらを導いているのだと、その形無いものが、
 いかに大事な事であるのかを、あらためて知ったのです。 

 
 さて、思いとは、一体どこから湧き出てくるものなのでしょう…。

 
 それは、たどっていけば、自分が知らない自分の内部に、もとから在ったような、
 たとえば地球が回っているという事を知った後も、知る前も、変わらずに地球は
 回っていたのだという事実と、それらの宇宙の法則や環境など、様々なものの
 影響を数知れず受けて、自分が今、存在している事、つまりそれら全ての影響を、
 自分という人間が、生まれた時から内包していた事に、ただ後から出会っていくだけの、
 気がついていくだけのものなのではないだろうか。

 
 ここで偶然は、必然になってしまう。

 自然とは、その位大きなものなのではないだろうか。

 
 忘れていたのではなく、気がつかなかったのだという事が、
 そう云えば、僕はたくさんあったような気がする。


 1993.12月 中川勝彦

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