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同感です

 20,2009 11:13
 さきほどの記事の「ダライ・ラマ自伝」。。。


 
ダライ・ラマ自伝 (文春文庫)ダライ・ラマ自伝 (文春文庫)
(2001/06)
ダライラマ

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 この本の最後に書かれていたこと。。。
 そして、彼が一番言いたかったのはここではないのかなぁ。。。と
 思ったところを抜粋しておきます。。。


 私も。。。
 心から共感したところです。。。


  この苦しみは無知によって引き起こされており、人は己の幸せと
  満足を得んがため他者に苦痛を与えているのだと固く信じている。

  しかし真の幸せは心の平安と充足感から生まれるものであり、
  それは愛他主義、愛情と慈悲心を培い、そして怒り、自己本位、
  貧欲といったものを次々と根絶してゆくことによって獲得できる
  ものなのだ。

  ある人々には、これは無邪気すぎるように聞こえるかもしれないが、
  その人に言いたい。

  どんな世界から私達が生まれてこようと、根本的にわれわれは
  同じ人間なのだ、と。私達全ては幸せを求め、苦痛を避けたいと
  思っている。われわれの基本的要求と関心は同じなのだ。
 
  さらに、私達全ては自由を欲し、個人として己の運命を決定する
  権利を求めているのだ。これが人間性というものである。
  東ヨーロッパからアフリカと、世界のいたるところで始まっている
  巨大な変化は、まさにこのことを明白に物語っている。

  と同時に、今日われわれが直面している諸問題、武力衝突、
  自然破壊、貧困、飢えその他諸々は、ほとんど人間が作り出して
  いるのだということを忘れてはならない。

  それらはきっと解決しうる。

  だが、それは人間的努力、相互理解、兄弟姉妹感を育てることに
  よってのみ可能なのだ。これを成し遂げるには、善意と自覚に
  立って、お互いに対する、そしてわれわれが共有する地球への
  普遍的責任感を深めていかなければならない。

  愛と慈悲の心を育ててゆくうえで、わたしにとっては仏教が役立って
  いるが、愛や慈悲といった資質は、宗教があってもなくても
  誰でも深めてゆけるものだと確信している。

  そしてわたしはさらに、すべての宗教はみな同じ目標、善なるものを
  培い、すべての人間に幸せをもたらす、という共通の目標を
  追求していると信じている。
  方法こそ違っているように見えても、目標は同じなのだ。

  私達の生活に、科学がますます大きな影響を及ぼすにつれ、
  宗教と精神性もまたわたしたちの人間性を考えさせるうえで
  いっそう大きな役割を担ってきている。
  両者の間に矛盾はない。どちらも互いへの貴重な洞察をもたらして
  くれる。科学と仏陀の教えはともに、すべてのものの基本的
  合一性を私たちに告げているのだ。
 



 WMのジェームズは。。。
 これからの時代は、「宗教はなくなる」。。。と言っていました。。。

 もしかしたら、彼の言う宗教というのは。。。
 「神を外に見る」宗教のことなのかな。。。なんて思ったりした。。。


 ダライ・ラマは。。。
 思いきり宗教家なのだけど。。。
 でもなんだか。。。 


 ジェームズの言葉とダライ・ラマの言葉。。。
 深いところで同じことを言っているように聞こえてしまうのは、
 私だけでしょうか。。。



  私たちの一人ひとりが、自分自身の唯一の救世主なのです。
  私たち自身を内部から立ち上がらせ、抑圧のシステムを
  シャットダウンさせて、サヴァリン・インテグラルの意識に
  目覚めさせることができる唯一のマスターは、私たち自身なのです。
  これが解放への道です。



  情報を探すのは終わりました。
  マスター、グル、宗教、スピリチュアルな道、道を照らす者の
  探求は終わりました。非難の対象を探すのは終わりました。
  暗黒勢力の背後に隠された情報を探すのは終わりました。
  サヴァリン・インテグラルの意識を表現することと、
  抑圧のフレームワークの不活性化が、この新しい時代の人々の
  フォーカスになります。

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