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仏陀の境地

 28,2009 12:19
 母が「師」に出会ってから。。。
 彼女が仏教に深く入り込むようになってから。。。
 私はきっと、どこか寂しかったのだと思います。。。


 娘として。。。
 母親の気持ちが「ここに在らず」。。。というのは、
 とても寂しいことだったのですね。。。


 今では。。。
 あの頃、母も同じような寂しさを感じていたことも。。。
 薄々解ってるけどね。。。


 一見うまく行っていないように見える親子でも。。。
 考えてみたら私達はふたりとも。。。

 
 こういう形をとって。。。
 そういう世界に目を向けるということを望んでいたのでしょうね。。。


 今は、そう思うのです。。。


 この前、娘に言われたのです。。。


 「ママとばあばは、似てるよ。。。
  表面的には真逆だけど、深いところではそっくりだよ。。。」


 ・・・って。。。

 
 娘が。。。こんなにも観察力を持ってたんだぁ。。。と
 改めて実感できて、嬉しく思いました。。。


 ホント。。。
 娘の言うとおりなのですよ。。。


 母と私は。。。
 目指しているものは同じなのです。。。



 子供達はどんどん大きくなり。。。
 日々、大人になっていく。。。


 私は、ダライ・ラマという人を知り。。。
 あれだけ反発していた仏教を、もっと深く知ってみよう。。。
 という気持ちに変化してきた。。。


 面白い流れ。。。だと思う。。。


 仏教って。。。

 今まで興味があって触れてきた宗教とは、少し違う印象を受けました。。。


 宗教でありながら、哲学的。。。
 そして、科学的な感じがしました。。。

 トランス・パーソナル心理学とか量子力学とも
 通じているような気がした。。。 
 
 けれど。。。
 科学の世界からはあまり漂ってこないような静けさを。。。
 「静寂」を仏教からは感じて。。。

 そこがとても好きかも。。。



 まだまだ解らないことだらけ。。。


 でも、「ダライ・ラマの仏教入門」の。。。
 昨日読んだところにこんな風に書かれていて。。。
 私はとても嬉しくなったのでした。。。


 大乗仏教・密教が目指すもの、あるいはその修行の結果として
 獲得されるものは、なんらかの「悟り」でもなく、また輪廻からの
 解脱でもなく、「仏陀の境地」と仏陀の「4つの身体」を得ること
 になる。。。

 輪廻からの解脱はより低い小乗仏教の聖者が煩悩を捨て去る
 ことによって到達してしまうものであるので、決して仏道修行の
 最終目標ではない。。。

 解脱できても、まだその先に一切の命あるもののための
 菩薩道の修行が必要なのである。。。



 そうだよね。。。
 やっぱり、そうだったんだね。。。

 「菩薩道」というのは、それも目的が「自身の悟り」の為なのかと
 私は勘違いしてました。。。

 でもそっか。。。
 そうだったんだね。。。


 自分だけが解脱すればそれでよし。。。と。。。
 それが最終目的なのだとしたら。。。
 それはなんだか変。。。って、私は思っていたのだけど。。。
 

 これを読んで、とてもスッキリしました^^

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