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個別記事の管理2014-02-09 (Sun)
 関東地方、昨日は大雪でした。。。

 なんでも、観測史上最高の積雪量だったらしく、45年ぶりの大雪だったとか。。。


 最近夫が仕事で青森に行ってきて、「あっちはすごい雪景色だったよ。」と、
 その写真を見せてくれたのですが、それと同じような景色を、自分の
 住んでいるところで、こんなにすぐに見ることになるとは思いませんでした。

 この地元であんなに降り積もったのを見たのは、、、
 もしかして、生まれて初めてだったかも。。。


 昨日は、仕事帰りの娘が、電車が止まってしまって帰って来れなくなり、
 いろいろと大変でした。

 途中の駅のタクシー乗り場で、彼女は4時間近くもタクシーを待つ羽目になり。。。
 家に帰ってきたのは、夜中の2時過ぎでした。。。

 ちょうど、オリンピックで浅田真央ちゃんが舞っていた時でした。。。


 彼女がタクシーを待っている間も、逐一電話で連絡をとってはいたのですが、
 あんなに寒い中、しかも強風まで吹いていて。。。

 そんなところで4時間も立っていたら、凍えてしまわないかと。。。
 それがすごく心配でした。。。


 もし少しでも調子が悪くなったら、無理しないでどこか24時間の
 ファミレスなどに避難しなさいよ。。。と言ってはおいたのですが。。。


 なんとか無事に帰ってきた娘の話によると、、、
 いろんなドラマがあったみたいです。。。


 1時間に1台くらいのペースでしかタクシーが来ない中、、、
 諦めて順番待ちの列を抜けていく人も多かったようですし、娘を含め
 頑張って待っていた人達の中にも、なんとなく絶望的な雰囲気が、
 だんだん色濃く漂い始め。。。

 中には寒さで倒れてしまった女性もいたらしく。。。
 救急車を呼んだりする場面もあったそうです。。。


 それでも、みんな前後の人と声をかけあって順番でトイレに行ったりとか、、、
 その時にみんなの分までホッカイロを買ってきてくれる人がいたりとか、
 あとは、近い人同士でみんなで相乗りしていきましょうと提案している人とか。。。

 そういう素敵な助け合いの姿も、たくさん見られたみたいです。。。


 娘も自分まであと3人。。。というところで、その時来たタクシーに
 乗ろうとしていた女の子に声をかけていただき、帰る方向が同じだったので、
 相乗りさせていただいたのだそうです。。。


 そして、そのタクシーの運転手さんも本当にとても親切なかただったようで。。。

 お客を乗せて駅までやってきて、そこでそのお客を降ろしたら、、、
 本当はそれで今日の仕事は終わりだったそうなのですが。。。

 タクシー乗り場でのあまりにたくさんの人がタクシー待ちの列に
 並んでいる姿を見たら、放っておけなかったそうです。。。

 
 そういったところで、、、
 その人の本当の姿が見えたりするものだなぁ。。。なんてね。。。
 そんな風に思ったりしました。


 娘の話によると、、、
 その人と同じように駅までお客を乗せてきた後、そのまま回送車となり、
 そこから去っていってしまうタクシーも何台かあったそうですが、
 そのたんびに、並んでいる人達は、一瞬期待した気持ちがまた落とされて、
 ガクッとなったりしたようで。。。


 タクシーの運転手さん達にだっていろいろ事情はあるでしょうし、、、
 それに、私自身だってそういった場合、もしかしたら自分の都合を優先し、
 「すみません~~」って言いながら、見て見ぬふりをしてしまわないとも
 限りませんから。。。
 
 だから、そういったことを責めることは、、、私には出来ません。。。


 ただ、、、
 今回こんな経験をして、人の親切がとても身にしみましたので、、、
 今後もし、自分の目の前で人が困っていたりした時は、迷わずに助けて
 あげないといけないなぁ。。。なんて。。。

 そんな気持ちにさせられました。。。


 本当に、、、
 あの運転手さんがそのまま帰ってしまって、乗せてくれなかったら、、、
 娘が家に帰って来れたのは、一体何時になったことやら。。。

 また、あの女の子が娘に声をかけてくれなかったら、娘はその後さらに
 タクシーを待っていなければならなかったのだし。。。

 あの女性がわけてくれたホッカイロがなかったら、娘はもっと凍えていたかも。。。


 本当に、感謝です。。。



 車も出せない。。。
 電車も止まってしまっている。。。

 迎えにいってあげたくても迎えに行けない。。。
 ただ、ひたすら待つだけ。。。

 携帯も、充電がなくなってしまうといけないから、話せる時間も
 限られている。。。


 ・・・という状況の時って、最後はもう、ただひたすら祈るしか
 ありませんでした。。。

 娘の無事を。。。


 彼女がこんな吹雪の夜に、、、
 たったひとりでタクシー待ちをしているなんて、、、
 どんなに寒いだろう。。。
 どんなに心細い思いをしてるだろう。。。と。。。

 そんなことを思ったら、もういてもたってもいられなくて。

 本を読もうとしたり、何かしようとしても、何も手につかないし、、、
 オリンピックのフィギュアをつけてみたものの、全然落ち着いて見れないし。。。


 結局。。。
 祈ることが一番集中出来たような気がしました。。。


 こんな異常な状況って、震災以来でしたが。。。

 こういう時って、人の温かさというものが本当に身にしみますよね。。。


 やっぱり人には、、、
 いつも優しく出来る人でいたいな。。。と、こういう時、改めて
 思わされます。。。


 おかげさまで娘は、風邪をひくこともなく、今日はすっかり元気です。
 ちょうどお仕事もお休みだったので、よかったです。


 今日はお天気も良く、昨日よりも暖かくて。。。
 
 元気な娘の普段通りの姿、、、
 そして、夫や息子が家の前のキラキラ光る積もった雪の山を、
 雪かきをしている姿を見ていたら。。。


 こういう当たり前の光景って、どんなに貴重なことなのだろうと。。。


 なんだか、、、
 泣きそうになりました。。。


 そして、いろいろなことに感謝したくなりました。。。
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No title * by ROMI
こんばんは~大雪本当に大変でした。
今度ばかりは初めての本当の雪の苦労をされた方が多かったです。
我が家も、山梨県、自身も周りもいろいろな目に合いました。

車で知人を駅まで送り、帰路に車が立ち往生してしまい、徒歩で自宅に向かう途中で凍死された男性も。パートからの帰宅途中に車が立ち往生、徒歩でやはり凍死された女性。
関東では慣れない大雪の危険を判断できなかった人が多かったと思います。
  一瞬で失われてしまう命を守ること、何気ない一日を継続することは素晴らしいことですネ。

お嬢様はご無事で良かったですネ。
私は14日朝に予定の外出を電話でお断りし、帰宅難民にならずに今日を生きております。

専門的な難しい=でも、興味深いブログですネ。ゆっくり拝見させてください。
ユギ―タ・ドロニアの検索で貴ブログに出会いました。

ROMIさん * by Lyrica
はじめまして。
コメントありがとうございます^^

山梨県は、雪が本当に大変だったと聞きました。
ご無事で何よりです。

こんな街中で凍死?って、普通は思いたくなりますけど、でも、
そういう油断が命取りになったりするのですよねぇ。。。

お話伺っていたら、ちょっとした判断が、こんなに運命を左右するのか。。。
なんて思ってしまいました。

また遊びにきてくださいませね☆

個別記事の管理2014-01-30 (Thu)
 古い日記の中にこんなのが出てきました。


 真の芸術家


 歌。。。

 知り合いのオペラ歌手さんが、以前こんなことを
 言ってました。

 声というのは、その人がどういう声帯を持っているのかとか、
 どういう体を持っているのかということよりも、
 自分自身の本質、感情センターがどういう人物であるかで
 そのほとんどは決まってしまうと思っている。。。と。

 ここで彼が感情センターと言っていたのは、グルジェフの
 言う「感情センター」のこと。

 例えばクラシックの歌を歌うために専門的な教育を受けたと
 すると、最初の5年間くらいの間はどんどん声が変わっていく
 のだそうです。
 要は、技術がついてくるわけなのですが、それから後、
 ある程度専門的な技術がついてしまうと、だいたいの人が
 それ以上は声がほとんど変化しなくなるのだそうです。

 バレエもそうですが、徹底した基礎訓練を受ければ
 誰でもあるレベルまでは行くのですよね。

 でもその先のプラスアルファ。。。

 芸術って、、、
 そのプラスアルファにかかってくると思うのですが、
 それが、彼の考えだと「感情センター」に関わってくる。。。って。。。

 私もこれには、ものすごく納得だったのでした。

 もしかすると、、、
 絵の世界もそうだったりするのかな?

 喉、、、というのは時に、なんの訓練もしていないのに
 元々「歌える喉」というものを持っている人もいて、
 (私はこういうのはその人の過去生に関わっていると
 考えていますが・・・)
 こういう人が下手に訓練を受けると、逆に個性をなくし、
 それまで魅力的に歌えていたものが歌えなくなってしまう危険性もある。。。

 なんて話も聞いたことがありました。

 それこそ、「型」にはまりすぎてしまって、
 感情センターから声を出せなくなってしまうから
 なのかもしれませんね。


 ベリーダンスは、バレエやオペラなどとはちょっと
 違う世界。。。というか、ある意味「創り上げた芸術」
 ではなくて、「そのまんまで芸術」な世界ですから、
 「ここ」が更に解りやすいんですよ。

 その人の人生が、そのまま踊りに現れますから。


 「感性」。。。というものが、私にとっては
 ものすごく大事です。

 だから、時の評論家が何と言おうとも、
 魂に響くものがいい。

 たとえ流行であっても、自分に響かないものはイヤ。


 バレエ界に足を突っ込んでいた頃、、、
 「創り上げた芸術」の世界では、そういった
 価値観が少し、軽視されがちのように私には
 見えました。

 けれども、そんな世界にもほんの少しだけいる
 希少な「本物の芸術家」の人達は、やはり
 そこを大切にしていて。。。
 だから、自分を深めるための修行も欠かさないのだな。。。と。。。

 知り合いのオペラ歌手や、尊敬するロシアの
 バレエダンサーの話を聞いて、そう思いました。

 彼らはグルジェフ研究したり、インドで修行したりも
 していましたから。。。


 評論家の意見が物を言う世界では、なかなか
 大変なのでしょうけれど、頑張って欲しいですね。

 観るほうの私達も、もっと自分の感性を磨いて、
 自分の感覚に自信が持てるようにもなりたいですね。

 評論家の意見に左右されることなく、
 自分の感性を信じられるように。。。

 そういった真の芸術家達の作品は、評論家ではなく、
 その世界を真に愛する一般の人達からは、実は
 密かに絶賛されていたりもするのですから。。。



 歌や踊り、そして絵も。。。
 真の芸術というものは、その人のエゴではなく、
 その人の内なる神。。。
 内なる宇宙と繋がっているものだと、
 私は思っているのです。




 この日記を読んで、なんだか解ってしまった。。。

 なぜ私が、最近のボイトレのレッスンに行くのが、
 すごくおっくうなのか。。。


 様々な歌い方をマスターして、そしてそのあとに、自分にあった
 歌い方を選ぶ。。。

 どうせやるなら、いろんなことが出来るようになるほうがいい。。。


 こういう考え方って、私ではない「他の人」の考え方なのですね、きっと。


 これが悪いとか間違っているとか言っているのではないのですが、
 それは、「私の考え方」ではないのです。。。

 そして私がそれをやると、逆効果になってしまうのだ。。。ということが、
 すごい解ったような気がします。。。


 これは、ベリーダンスに対しても言えること。。。

 ベリーダンスのクラス、、、
 いろいろと事情があって、少し減らしてしまっていたのですが、
 どうにかやりくりして、また復活させたい。。。と、焦っていました。。。


 でもそういうことか。。。と、納得しました。


 私が焦っていたのは、自分の踊り上達云々ではなく、、、
 先生の気持ちを、先に考えてしまっていたからだったんですね。。。

 「さぁ、これから。。。」という熱意を燃やしている彼女の
 気持ちに答えてあげられないことに対する焦りだったのです。


 そこを、考えすぎてしまっていたのです。。。


 そして、実はエジプシャン系があまり好きではない私は、、、
 わざわざエジプシャンを学ぼうとしなくても、もういいんだな。。。と。

 自分に合わない。。。というか、踊っていてあまり楽しくないジャンルは、
 これからはもう、わざわざやらなくてもいい。。。


 ・・・ということで、今後もしまた、レッスンを増やせるとしたら、
 踊っていて楽しいベリネシアンのクラスを増やせばいいのかもしれません。


 それを教えるために、、、
 いろんな流れが起きていたのかもしれません。。。



 これからはもう、つまらないことはやらない。。。
 楽しい!と思ったことしかやらない。


 つまらないことを一生懸命頑張る。。。という経験は、、、
 これまでの人生の中でもう、十分体験してきたから。。。


 ・・・というわけで、もう歌ってて面白くない歌の練習は
 やらないことにします。

 
 プロになるわけではないのだから、、、
 あまり人の意見に左右されなくてもいいのかな。。。って思います。

 もうそういうことは、これまで散々やってきたから。


 相手のためを考えすぎて、自分の光がくすんでしまうようなやり方は、、、
 これからはもう、選択しないようにしないとね。。。


 このあたり、、、
 私のカルマだということは気づいていたけど、、、

 相変わらずまだ、完全に超えられていませんでした。
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個別記事の管理2014-01-28 (Tue)
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 今個人的に、ものすごく流れを感じているのですが、、、
 まだその渦中の真っ只中なので、何がどう。。。という風に、
 綺麗に組み立てて書けません。

 なので、私以外の人が読んでも「???」としか書けないのですが、
 でも書いておきたい(笑)


 古い日記、昨日整理していたところに、こんなことが書いてありました。。。
 2010年あたりの日記でした。。。


 振り返ってみればそれぞれの月星座に土星が
 いた頃、それぞれにいろんなことがあったよね。。。
 みたいな話になったのだけど、ちょうど土星が
 娘の月にかかっていた頃、彼女は転校先の
 学校で、「いじめ」にあっていた。。。


 今になってみれば、あの出来事が娘を大きく
 成長させてくれて、彼女の中に眠っていた
 彼女の資質というか。。。
 そういうものを目覚めさせてくれるキッカケに
 なったよなぁ。。。と。。。

 私も。。。そして娘本人も、そういう風に
 思えるけど。。。


 それでも昨日。。。
 ポツポツと語った娘の、当時の現状の様子を
 聞いたら。。。


 本当に、胸が痛んだ。。。


 そんなことまでされたの???


 ・・・と。。。


 私達親子は。。。
 心は通い合ってると信じているし、実感してる。。。


 そういう間柄であってさえも。。。

 自分がいじめでどういう目にあっているのか。。。

 ・・・というようなことは。。。
 その渦中にいる時は。。。
 子供は親には話しにくいものなのですね。。。



 娘がポツッと学校での出来事を私に言う時。。。

 私がそれに対して次のセリフを「選ぶ」時。。。

 私の頭の中では、瞬時にしていろんなことが駆け巡り。。。
 自分が今、どういう態度を取ることが、今の娘にとって
 最善なんだろう。。。ということを、考える私がいて。。。


 当時も今も。。。私が選ぶ行動は。。。


 娘をいじめている子達のこと、思いっきり悪く言う。。。
 ひどくいじめられた状態で、傷が大きすぎて。。。
 娘が自分のことを責め始めてしまう前に、
 私が娘の代わりに怒り狂って、「相手」を非難する。。。


 そんなことだった。。。


 「何それ?最低じゃない?その子!!
  ちょっとママ、その子許せないんだけど!!!!」

 「あぁ。。。
  でも、あなたがいじめる側じゃなくて、ママ、
  本当によかったよぉ。。。」


 ・・・みたいにね。。。


 もちろん。。。
 本当に怒り狂ってるわけではなかった。。。

 全て、計算してやってた。。。


 そんな私に、娘がどこまで気づいていたかは
 解らないけど。。。


 たとえ私が怒り狂って娘の「敵」を思いきり非難したとしても。。。
 それに同調して、自分の中の「善」を見失う娘ではない。。。と。。。


 私はそう信じてるの。。。


 だから私は、あえて怒り狂う。。。


 そして。。。
 「ママは何があっても絶対絶対、あなたの味方」
 ・・・ということを、単に言葉ではなく、態度で
 伝えたかったから。。。




 正論なんて。。。
 こんな時は意味ないよ、きっと。。。


 人は、心から安心すれば。。。
 自然と内なる「愛」が輝きだすはずだもの。。。



 昨日もさんざん怒り狂うことを装いながら。。。
 密かに娘の様子を観察してたけど。。。
 彼女の目の輝きを見て、安心しました。。。


 

 こんな行動をとる今の私が在るのは。。。
 やっぱり母との関係。。。
 そこからの影響が大きいのだろうなぁ。。。



 なんてことも思いながら。。。




 いじめた子には。。。
 いつかはカルマの清算がやってくる。。。


 それを思うと、やっぱり胸が痛むよね。。。


 娘は。。。
 当時は自分にもいじめられる要素があったと思うし、
 あの事件のおかげで今の自分はあるのだし。。。
 そして、今の自分は、あの頃の自分よりも好き。。。
 と言っていたから。。。


 いじめっ子達は。。。
 わざわざ「悪役」をやってくれたのでしょうね。。。


 そしてそういうことをキッカケに、娘と私は
 こうして様々なことを考え始めるし、スピリチュアル的な
 話をするし、絆も深まるし。。。



 逆に感謝よね。。。


 ・・・と。。。



 それから、、、
 こんなのもありました。。。


 この頃。。。
 タロットで同じカードばかりをひくの。。。


 そのメッセージのひとつに。。。


 「他の人が自分の責任は自分でとるということを
  確かめてください。」


 ・・・というのがあるんです。。。


 要は。。。
 人の荷物まで背負うな。。。と。。。


 自分は自分の責任を果たし、そして他の人がその人の
 責任。。。カルマを果たすということも、きちんと
 受け入れる。。。


 人の荷物まで背負おうとするエネルギーを、もっと
 適切なことに使えば、たくさんのことを成し遂げられるんだって。。。



 この二つの日記の中に、今の私へのものすごいメッセージが入っていました。


 昨日ツイッターで少し書いたのですが、、、
 昔私は、マスター達が怒ることが理解できませんでした。。。

 マスターが弟子たちに対して、感情的になって怒ったりすることが
 全く理解できなかったのです。

 なぜなら、マスターたるもの、その感情すらもマスターしているはずなのに、
 なぜそんなに怒るの???と。。。

 そう思っていたのです。


 あれから何年も経ち、ある時、そのマスター達の行動が理解できました。

 彼らは、「意図的に怒る」。。。のですよね。
 感情に巻き込まれたままで怒るのではなく、あえて「怒りを表現」
 しているのです。。。

 今は、怒ること、怒りを表現することが必要だ。。。と、判断した場合、
 彼らはそれを表現するのです。

 そのことが解ったのは、私自身がその段階まで成長できたあとでした。。。


 自分がまだ、ただ感情に巻き込まれ、その感情のままに無意識に
 行動しているうちは、おそらく、マスター達の行動の真意は見抜けません。

 なぜなら人は、相手に自分自身を投影しますので、マスターの怒る姿を見て、
 そのマスターも自分と同じような状態で怒っているのだと勘違いした上で、
 物事を判断するからです。


 ですので、自分自身が成長しなければ。。。
 マスターの矛盾ある行動の理由は、なかなか見えてこないでしょう。。。


 「怒り」というもののほかに、「正論」というのも、今の私にとっては
 キーワードでした。。。

 
 夫と話していたら、彼はこんなことを言っていました。。。


 「安倍総理が靖国参拝したこと。なぜ参拝したのか。
  総理の語る参拝した理由、ああいうのを正論っていうんだよ。
  あの人が語ってることは、理論的には何も間違ってない。
  でも、その正論を通すことによって、外国への印象が悪くなり、
  結果、みんなを怒らせる。」


 確かに。。。
 参拝することの何が悪い?全く悪いことではないのに、なぜ海外の人達に
 とやかく言われなければいけないんだ。。。みたいな気持ちが
 出てきてしまうのも解らなくはないです。

 
 でも私だったら、、、
 人が嫌がり、その結果もめるだろう。。。ということが解っているのに、
 わざわざそこで、自分の正論を通そうとは思わないな。。。

 私が大切にしているのは、周囲との「調和」だから。


 それを夫に言ったら彼は、、、

 「相手と仲良くしたいのなら、正論を通してたらダメだよ。」

 ・・・ってね。。。


 彼がこういうことを言うのって。。。

 私との20年以上の関わり合いの中で、しみじみ感じたことなのだろうなぁって
 感じました。


 なんだか、良いこと言うなぁ(笑)

 ・・・と思ったし、このことをこの日記に書こうと思って、
 その靖国問題のことをちょっと調べたら、こんな動画が出てきたの。。。


 


 私はここで、政治の話がしたいわけではないのですけれども、、、
 この話を聞いていたら、今の自分の心情をそのまんま言い表す
 言葉が出てきたの。。。


 それは、、、


 「I'm disappointed.」


 もう、がっかりだよ。。。
 失望したよ。。。

 ・・・と。


 そして私はこの、「disappointed」の状態になってもまだ、、、
 それを何とかしようと頑張ってしまうようなところが今回もまた
 あったのですが、でも流れの中、もういい加減、、、

 
 「人の荷物まで背負うな」


 ・・・という天からのメッセージをしっかり受け止めようかと。。。



 そんなことをいろいろ考えていたら、、、
 今日、すごいびっくりすることが起こりました。。。


 昨日の日記に書いたあの例の店長。。。

 その店長に、なんと今日バッタリ会ってしまったの!!!

 もう、びっくりすると同時に、苦笑いしながら納得してしまいました。


 あぁ。。。やっぱり繋がってるなぁ。。。と思いましたし、
 今、自分がどう在ればいいのか、何に気づけばいいのか。。。
 ということが、ハッキリ見えました。


 あの店長との間で学んだこと、、、

 「何かに負けたような気がする」という思い。。。

 このエゴの部分に、執着することをやめること。
 それを手放すこと。。。


 きっと、これですね。
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個別記事の管理2014-01-27 (Mon)
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 またまた続きです。。。


 私がなぜ、あの店長のお話をここに持ち出したのかというと。。。

 ちょうど今も、あの当時と似たようなイライラ感を体験させられて
 いることに気づいてしまったからなのです


 私のことを、ここまでイラつかせる人も珍しい。。。
 珍しすぎる。。。と思うような人と関わりを持つ流れがあり、
 なんで私はこんなにイライラしているのだろう?と、ちょっと
 不思議にも思っていたのですが。。。

 そんな時に、古いブログの日記の中に、ちょうどあの店長との
 日々のことが出てきて、それを読み返していたら、何だかここに、
 何かの関連があるような気がしてきて。。。


 だって、私をそこまで揺さぶるのって、、、
 あの店長以来ですから。


 その人も、よほど縁の深い人なのでしょうね。


 私のその怒り心頭ぶりは、自分でも笑ってしまうくらいで、、、
 例えば、怒った私の周りでは、電気機器がおかしくなりました。

 スマホのメールが送信できなくなったり、電話がかけられなくなったり。


 怒りのエネルギーというのは、私はそれを目で見たことはないのですが、
 それを流れる風のような感じで、体感したことはあります。

 それは、熱風のようでした。。。

 それがもう、あの怒り心頭した時の私の、あのものすごい怒りでは、
 それはおそらく、熱風どころか、太陽フレアと同じような感じだったの
 でしょうね。

 その電磁波が、電気機器に影響しないわけがありません。


 それほど怒ったわけなのですが、、、
 ハートの美徳の実践のおかげで、自分自身がそのエネルギーの
 奴隷になってしまう前に、意識的にそれを変換できる術を、
 今ではなんとか、身につけました。

 おかげで、そういったことで体調を崩したりすることはなくなりました。

 ウイングメーカー、さまさまですね。。。

 
 それにしても、、、
 最近のこの、なんだかおばあちゃんみたいに穏やかになってしまった私を、
 ここまで怒らせるという人も、またまたあっぱれ。。。というか(苦笑)


 そして私は、、、
 今回は一体、何を学びたいのだろうかと。。。

 それが全然見えなくて、、、
 あまりにも見えないので、今回は、私のことをこれでもかってほど
 よく解っている、夫や子供達に相談してみました。。。


 すると、彼らが口を揃えていったことは、こうでした。。。


 「ママが学ばなければいけないことはね、スルー術だよ。」


 ですって。


 要は、、、
 どんな人に対しても、あまりにも親身に、真剣になりすぎる。。。

 ・・・とのことでした。

 それでは、身が持たないでしょ。と言われたのでした。


 あぁぁぁ。。。
 そこなのか。。。と、今まだ、ハッキリと確信を持てたわけでは
 ないのですが、もしかしたらそうなのかも。。。みたいな。。。

 そんな気はしていたりします。。。



 以前、占星術の先生が私のホロスコープを見て、こんなことを
 言っていました。


 「あなたは、人に何かをしてあげることで喜びを感じたりしない?
  それかもしくは、自分ではそのつもりではなくても、あなたの
  やったことが、結果的に人のためになっていることが多かったりしない?」


 ・・・と。


 それを聞いた時は、あまりピンとこなかったのですが、、、
 今にして思えば、なんだかそれは納得してしまわなくもなく。。。


 そして、お友達でもあった占い師の人には、こうも言われたことがありました。


 「あなたのテーマの一つは、『闘い』ですね。」

 
 ・・・と。


 そしてある時はある人にこう言われました。。。


 「老婆心ながら、、、
  あなたにはヒーラーの素質がありそうなので、一言忠告させてください。
  ヒーラーというものは、コーヒーの中に入れたミルクのように、
  その中に溶け込まなくてはいけません。
  しかしそのあとは、一度溶けたそのミルクを、コーヒーの中から
  取り出せるようにならなくてはいけません。」


 ・・・と。。。


 私は自分の性質上。。。
 相手に溶け込むことは容易です。。。


 けれども未だに、、、
 そのミルクを取り出すことがうまく出来ないようなのです。。。

 自分と相手を分けることが。。。


 「スルー術が身についてない」と家族が言っているのは、それは、
 「ミルクを取りだせてない」ということですものね。


 以前よりはだいぶ、出来てきたかな。。。と、自分ではそう思って
 いたのですけれども、まだまだなのかな?


 いろんな人から聞いた、私の中にあるテーマ。。。

 
 奉仕、癒し、そして闘い。。。


 それらを、今後どうやってクロスオーバーさせていけばいいのか。。。


 とりあえず今は、ブログ整理して、早くドルマンの翻訳を再開させよう。
 あともうひとつやることがあるのですが、それはまだ秘密(笑)


 この日記はここで終わりにしますが。。。

 私の人生の探検は、、、
 まだまだ続いていくようです。。。
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 続きです。。。


 そのお店で、私はもう、とんでもない人と出会いました。

 そこの店長は、私がこれまで出会ってきたたくさんの人達の中では
 もしかしたらダントツ一位なのでは?と思ってしまうくらい、
 とんでもない人でした(苦笑)

 どれだけとんでもなかったのか。。。というのを、、、
 古い日記を読み返しながら、いろいろと思いだしていました。。。


 彼とのバトルの中で(笑)いろいろあったその詳細は、今ではもう、
 ほとんど忘れてしまっていましたが、あれから何年も経った今でさえ、
 時折フッと、「あ~~!!!」みたいな、そんな、怒りのような感情が、
 急にリアルに浮かんでくることもあり、そしてこうやって、話題に
 のぼってしまうくらいの人なのですから、、、

 それってある意味、あっぱれなことです。

 良くも悪くもそれだけ強烈なエネルギーを持った人だったのだろうし、
 そしてそれだけ、私とも深い縁のあった人なのでしょう。。。


 ですから当時、そのお店で働き始めた頃は、、、

 「本当に、なんて完璧なんだろう。。。」

 ・・・と、感動すらしていました。


 「こっそりヒーラー」になる修行をするためには、なんて最適な職場
 なのだろうと、そう思っていたのです。


 あの店長のおかげで、店員みんなは委縮しきってしまっていましたから、
 私はそういう仕事仲間の人達の心のフォローを、こっそりとやりつつ、
 同時に、こんなにささくれ立ってしまっていた店長本人の心も癒すことが
 出来ればと。。。

 コーヒーショップの仕事自体よりも、そういったことに一生懸命に
 なっていました。


 仕事仲間のみんなは、そんな店長になんとか耐えながらも、そこで
 仕事を続けていけるような、ある意味、メンタルの強い人が多かったので、
 私は何をするでもなく、ただ私は、彼らの愚痴を聞いているくらいしか
 していませんでしたが。。。

 それでもみんなが、「普段誰にも打ち明けられなかった苦しさ」の
 ようなものを打ち明けてくれて、話しているうちに彼らの顔が
 明るくなっていくのを見ていることで、私もとても癒されました。

 店長に対しては、仕事上では彼に従いつつも、それ以外では私は、
 彼の言うことなんてほとんど聞かず、ある意味、常に戦闘モードで
 戦っていました。笑顔で(笑)

 それが彼に対しては効果的なやり方だと。。。
 そう思っていたからです。

 私は、彼のその固い殻を壊したかったんですね。。。

 
 どんな場合でもそうですが、、、
 癒しは私によって起こるのではなく、その人本人が起こすもの。。。

 私が無理矢理彼を変えようとしたら、それは「コントロール」になります。


 そうではなく、私に出来ることと言ったら、私自身が常に愛でいることと、
 相手が自身の中にある、そのキラキラした愛に触れることが出来るように、
 軽く刺激することくらいです。


 その刺激方法も、時と場合によって、そしてその相手によっていろいろ
 変わりますから、瞬時にその最適なものを見極めそのように行動できるような
 「見抜く目」というものを常に養っておかないと、本当に人のことなんて癒せません。。。


 そういう強烈な彼を通して、私自身もすごい学びをもらっていました。。。


 そうしていくうちに、彼も少しづつ、私に心を開くようになっていくかの
 ように見えました。

 でも人って、、、
 自分で気づき、変わろうと決意しない限り、なかなか変われないものです。。。


 昨日は良いエネルギーだった店長が、今日はまた戻ってる。。。みたいな
 日々が続きました。。。

 
 そんな一歩進んで二歩さがる。。。みたいな状況が何年も続いた頃、、、
 とうとう私も疲れ果てました。。。


 そしてその時思いました。。。

 「私はまだまだだ。ここで一度、自分の器が今はまだこの程度だと
  いうことを、しっかり認めなくてはいけない。そしてしばらくは、
  自分自身を見つめ、自分のケアをしてあげなくてはいけない。」

 ・・・と。


 それまでの私は、自分で決めたことを途中で投げ出すことは、何かに負けたような
 気がしてしまって、なかなか自分の限界を認めることが出来ない人でした。

 でもその時は、それを素直に認めてあげなければ、結局私自身が
 前に進めないと思ったのです。。。

 将来、もっともっと立派なヒーラーになるためにも、、、
 今は一度ここで立ち止まって、自分自身の浄化に励まなくては。。。と。。。


 ですので、私は店長に、お店をやめさせてくださいと申し出ました。。。


 店長はその時、ものすごく驚いていましたが、辞めることを承諾して
 くれました。


 その次の日です。。。

 その店長のある不祥事が偶然発覚してしまって、お店は一気に
 大混乱となりました。。。

 そして彼は、もうこのお店にいることが出来なくなり、私たちの前から
 去っていくことになりました。


 あの時思いました。。。

 魂がエゴに学ばせたかったことをエゴがその通りに学ぶと。。。

 そのために必要だった状況は必要なくなり、消えていくのだな。。。と。


 結局私は、、、

 私のエゴは、あのお店で「こっそりヒーラー」の修行を頑張っている
 「つもり」でいましたが、魂がエゴに学ばせたかったことは、
 本当は、そこではありませんでした。。。


 本当に私があそこで学ぶべきだったことは、、、

 自分の器を知ること。。。
 自分自身を正確に知り、それを受け入れる。。。

 ・・・ということだったのです。


 そこにエゴが気づけたから、そのために必要だった状況は、
 その瞬間に、きれいさっぱりなくなりました。 


 世の中って、本当にこういう風に出来ているんだ。。。と。。。

 そういうことも同時に学びました。。。


 また休憩します。。。
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  *Mandalas by Anja Koerts


 今、実際に自分の身の周りに起こっている流れと、古い日記を
 読み返すことにより思い出した過去の経験などが綺麗にクロスしていて。

 自分がこれからどう在るべきか、どうするべきかということを、
 見事に教えてくれているのが解ります。

 それを言葉で表現しようとしても、それはまるで、見た夢をうまく
 説明できないのと同じで、話そうとすればするほど、スルスルと
 散っていってしまうような感じなのですが。。。

 なんとなく、メモ程度に書いておきます。。。


 ミッションスクールに通っていた高校時代。。。
 
 そこでは毎週礼拝の時間があり、招かれたキリスト教関係の人に
 よく聞かされていたのは、「奉仕」についてのお説教でした。

 もっとも、私はその時間はいつも寝ていて、話なんてほとんど
 聞いていませんでしたけど(苦笑)

 また、「聖書」の授業もあり、その課題として実際の教会に行って
 礼拝に参加したり、教会の行う奉仕活動に参加させられたりも
 していました。

 それに参加して、教会の人に「参加しました証明書」をもらってこないと、
 聖書の授業が落第となり、留年してしまうので行くしかありませんでしたけど、
 当時の私は、「こういう奉仕って、なんて馬鹿馬鹿しいの?」って
 思っていたし、そういうことが、「偽善」に見えていました。


 ですので、その学校に行ったことにより、私の中では「奉仕」というものに
 対して疑問だらけになり、そこに強い反発心が生まれたのですが。。。

 今にして思えば、「疑問や反発心を持つ」ということ自体がもうすでに、
 私がそこに意識を向けている。。。ということに他ならない。。。

 ・・・ということが解るのです。。。


 スピリチュアル的なことに興味を持つようになってしばらくした頃。。。
 私は様々なワークショップに参加したりしていました。

 そんな中、ルーン文字を使うリーディングやヒーリングを勉強し、
 その資格を取りました。

 先生は、「これからあなたたちはルーン・ヒーラーとして仕事をすることが
 出来ますよ。」とおっしゃっていたけれども、その時も私にはすこし
 疑問がありました。

 「こんなチラッと勉強しただけなのに、本当にヒーラーだと名乗っていいの?」

 ・・・と。

 更に、、、
 これは、その先生に直接聞いたのではなく、人を介して聞いたことなので、
 あの先生が本当にそう言ったのかは解りませんが、こんな話も聞きました。


 「もしあなたがヒーラーとして仕事をする際に、私たちのこのシステムを
  使ってのルーン・ヒーラーを名乗るのであれば、ちゃんとそれなりの代金を
  取ってください。決して無料では行わないでください。
  無料で行うということは、それだけ私たちのシステムの価値を貶めることに
  なりますから。」

 ・・・と。


 この言葉も、更に私の疑問を深めました。。。

 こういった部分の疑問に関しては、今はもう、自分の中では解決しています。

 しかし当時の私は、そういったことに納得が出来ず、ワークショップなどで
 ただ資格を取っただけのヒーラーなんて、本当のヒーラーではなく、
 それは「職業ヒーラー」に過ぎない。。。と。。。

 そう感じて、そういったワークショップに通うことをやめました。


 けれども私自身の中に、「自分と関わる人にホッとしてもらいたい。」という、
 そういう願いがあることには気づいていました。


 私がこう思うようになったのにも、そこには様々なイベント・ストリングスが
 ありました。

 ひとつは、いつも書いているあの例の10代の時の体験ですが、それ以前にも
 まだあるのです。


 中学生の頃、私はクラスの男子から「Lyricaさん」と呼ばれていました。
 そして男子たちは、私の前に来ると、なぜか緊張していました。

 女子の他のお友達たちはみんな呼び捨てにされていたし、男子たちともラフに
 打ち解けていたのに、私に対してだけはなぜか、「はい、そうですね。」と、
 敬語でした。

 女子の友達たちは、、、

 「なんで私たちは呼び捨てなのにLyricaだけ、さん付けなのよ、ズルくない?」

 ・・・って男子達を問い詰めるのですが、すると男子達は、

 「そりゃお前、LyricaさんはLyricaさんだろ!」

 と言うのです。女子の友達たちはみんな言っていました。

 「男子は騙されてる。あたし達の中で一番がさつで男っぽいのは
  Lyricaなのに、騙されてる!!!」

 ・・・って(笑)

 もちろん私は、男子の前で作っていたり騙していたりしていた
 つもりは全くないのですが、なぜかそうだったのでした。

 
 でもね、その時私は本当は、、、
 そういうのが少し寂しかったのです。。。

 私は全然普通なのだから、そんなに緊張しないで、他のみんなに
 接するのと同じように、もっと普通に接してくれればいいのに。。。と。

 ずっと、そういう風に思っていました。


 そういうことがあったから、私の中では、、、

 「自分といて緊張しないでほしい、私といることで、ホッとしていてほしい。
  それにはどうしたらいいのだろう?」

 ・・・と思う気持ちが、、、
 少しづつ、少しづつ蓄積されていったのだろうと思います。


 そしてそういうこともまた、、、、
 「奉仕」を意識することに繋がっているのです。。。


 運命って不思議ですね。。。
 起こる出来事というのは、本当に全てが完璧。。。



 さて、先ほどの話に戻りますが、あの当時、「職業ヒーラー」に
 嫌気がさしていた私ですが、では、自分と関わる人にホッとして
 もらうには、私はどうしたらいいのか?ということを、追求していった結果、、、

 ある時、「そうだ、こっそりヒーラーになろう。」と。。。
 そう思うようになりました。


 私の言う「こっそりヒーラー」とは、、、
 「私はヒーラーです。」なんて一切表に出さず、しかもスピリチュアル的な
 こととは全く関係のない、普通の社会の中で、自分と関わる人たちの
 痛みを取っていけるような人。。。

 しかも相手には、それが私と関わることで起こったなんて全く気づかれない
 ような形でそれを行えるような人。。。


 その修行をするためにと、私はあえて、普通のコーヒーショップで、
 そのお店のただの店員として働くことにしたのでした。


 長くなったので、いったんここで切りますね。


 
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個別記事の管理2014-01-25 (Sat)
 娘が夏に初ボーナスをもらった時、、、
 彼女は私をディズニーランドとディズニーシーに連れて行ってくれて、
 しかも、ディズニーランドホテルの宿泊までプレゼントしてくれました。

 あの時の経験が娘にとってはよほど楽しかったらしく。。。
 (もちろん私も、すごい楽しかった。。。)

 なので今回、冬のボーナスが出ると彼女はまた、、、
 私をそこに連れて行ってくれました。。。


 それは親としたらもう、死ぬほど嬉しいことでした。

 でもなんだか、、、私は娘に対して申し訳ない感じも少ししてしまって。。。

 だから彼女に、、、

 「もったいないからいいよ。気持ちだけで十分。。。
  そのお金は、あなたが大変な思いをして稼いだ貴重なお金なのだから、
  もっと他のことに使ったほうがいいよ。」

 ・・・と言ったのですが、彼女は自分がそうしたいのだから。。。と。。。
 そう言って、全然譲りませんでした。


 そこまで言われたら、断るほうが彼女に悲しい思いをさせるな。。。と思い、
 ここは素直に娘の気持ちを受け取ることにしました。。。


 これは私の勝手な思いだけれども、、、

 親というのは子供に対して、何の見返りも求めてはいけないと。。。
 そう感じているのです。

 それこそ、「無償の愛」「無条件の愛」を、子供にはたっぷり
 注ぐべきなのだと。。。

 それをポリシーに、ここまで育ててきました。。。


 親が子供を育てるのは当たり前のことで、たとえ子供が親に感謝をしなくても、
 何の親孝行をしなかったとしても、それでいいのです。

 私が子供達にたっぷりと注いだ愛情を、彼らが返す相手は私ではなく、、、
 それは、子供達が将来愛する誰か。。。

 例えば、配偶者とか自分の子供達とか、、、
 そういう人達に、その愛を返していけるようにと仕向けてあげること。。。

 それが子供達の幸せに繋がるだろうし、ひいてはそれが、
 私自身の幸せにも繋がる。。。と。。。

 そう信じていました。


 そういう子育ての結果が、これなのか。。。と思ったら。。。
 自分がこれまでやってきたことに対して、とても自信が持てました。。。

 やはり、間違っていなかったんだな。。。と、そう思えました。。。

 もちろんこれは、私だけの力ではなく、家族や子育てに対する夫の、
 とても献身的な協力のおかげでもあります。

 またなによりも、娘自身が持って生まれた資質によるものが、
 とても大きいのだろうとも思います。。。

 彼女がここに生まれてくるまでに積み重ねてきた、「徳」によるもの
 なのでしょう。。。

 同じように息子も、、、
 社会的な、一般的な視点で見たら、少々落ちこぼれ的なところが
 ありますが(笑)

 でも、、、そんなことは、私にとってはあまり問題ではなく、、、

 とても愛情深い、人の痛みの解る子に育ってくれたので、、、
 私としてはもう、それで万々歳です。。。


 私にとっての一番大切なことは、、、
 やはり、「愛」とか「優しい心」ですから。。。



 今回は、2日間ともお天気に恵まれ。。。
 とても温かく。。。


 これは、宿泊したディズニーランドホテルの写真ですが、、、

 雲一つないその真っ青な空。。。
 すごい綺麗でした。


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 その空の青さに、ホテルの豪華さが映えていました。。。


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 今回も初日にランドに行き、二日目はシーに行きました。

 そのシーの中に、ものすごいたくさんのチューリップが植えられていて、
 本当に綺麗でした。。。


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 私は、こういう植え方が大好きなのです。。。

 あらゆる種類が、色とりどりにちりばめられているのが。。。


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 でも、この季節にチューリップ?と不思議に思い、もしかして造花?と、
 ちょっと葉っぱを触ってみたら、本物でした。


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 お花の開き方もこんなに見事に揃っている。。。ということは。。。
 毎日、完璧に管理されているのだろうなぁ。。。と思ったし、
 おそらく、命途中で抜きかえられてしまうお花もいるのだろうし。。。と。。。


 ディズニーランドやディズニーシーって。。。

 人々に夢を与える環境を維持するために、一体どれだけの人達が、、、
 人だけでなく、植物たちまでもが、そうやって人知れず、その裏の
 目に見えないところで頑張ってくれているのだろう。。。と。。。


 そう思ったら。。。

 もう。。。
 いろんなことに、感謝でした。。。


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 ディズニーのようなところに行っても、私はいつもお花とか
 空とか、そんなのばっかりに目が行ってしまうのですけれども(笑)

 でも、お花の写真ばっかりでもあれなので、ランドのビッグサンダーマウンテンと、
 シーのミラコスタ・ホテルの写真も今回のイベントの記念に。。。


 両方とも、夕暮れ直前の。。。
 少し哀愁漂う時間に撮ったものです。。。


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 おかげさまで。。。

 自分の人生の物語に、また幸せな1ページが加わりました。。。
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個別記事の管理2014-01-22 (Wed)
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 昔、前世を体験できる催眠誘導のようなCDを聞いた時に、、、
 こんなヴィジョンを見たことがありました。


 私は小さな男の子で、母親と一緒に森の中にある小さな小屋のような
 質素な家に住んでいました。

 ある日、ひとりの男の人がその家を訪ねてきました。

 その人はおそらく私の父親で、裕福そうな身なりをしていましたが、
 とても厳しそうな人で、私はその人がすごく怖かった。

 母だと思われるその女性も、その男の人には逆らうことが出来ずに
 いたようです。

 私はその日、半ば無理矢理母から引き離されるような形で、その人に
 森の外へと連れ出されました。

 その怖い男の人に手をひかれ、私たちは黙ったまま森の中の小道を
 歩いていて、その途中、道を塞ぐように流れていたとても幅の狭い小川を、
 私は一生懸命飛び越えていたシーンがあって、その場面が、なぜか
 とても印象に残っていたりします。


 私がその男の人に連れて行かれた先は、とても規則の厳しい、
 キリスト教系の男子校でした。

 私はその日から、その学校の寮で生活するようになりました。

 その学校は、名門校のような感じでしたが、でも何とも言えず
 陰気くさいというか。。。
 どんよりしているというか、生気がないというか。。。

 色で言ったら、グレーっぽい感じ。。。

 そこで私は、毎日を暗い気持ちで過ごしている。。。


 ・・・というような、そんなヴィジョンを見ました。

 実は、このお話にはこのあともいろいろ続きがあるのですが、、、
 それは今まで誰にも話したことがなく、おそらくこの先も、
 誰にも話さないと思います。

 ・・・が、これが本当に過去生のヴィジョンだとしたら、、、
 この人生って、結構壮絶な人生だったと思います。


 こんなことを書きつつも、当時の私はこれをすんなり自分の過去生だと
 受け入れたわけではなく、例のごとく、常にあれこれ分析したりして
 いました。


 これを観たのはもう、20年以上も前の話ですが、、、
 ほんの数年前までは、自分の中では「ただの妄想だろう」と
 思い続けていたくらいです。


 古い日記を整理していたら2009年か2010年あたりの日記に、
 そのヴィジョンに触れたお話が出てきていて、、、
 今まですっかり忘れていたことを、思い出しました。


 ある日、なんとなくテレビをつけてみたら、そこでたまたま
 ウィーン少年合唱団特集をやっていました。

 それがなんだか面白そうだったので、私はそのまま観ていました。

 その時、合唱団設立当初の制服。。。というものが展示されている
 ショーケースのようなものが映されたのですが、それを見た時、
 私は思わず固まりました。。。

 その制服は、、、
 例のヴィジョンの中で、自分が着ていた制服と全く同じだったからです。


 「あり得ない!!!」


 ・・・と思いました。

 なぜなら、あのヴィジョンの中で私が生活していた寮のあった学校は、
 ミッション・スクール。。。キリスト教に関係している学校だという
 イメージはあったのですが、そこで自分が歌っている姿などは全く
 見なかったからです。

 なので、何かの間違いだろうと思いつつも、気になったので、
 ウィーン少年合唱団のことを、少し調べてみたのです。


 するとその合唱団は、元々は「宮廷礼拝堂少年聖歌隊」というものであり、
 キリスト教には、思いきり関係しているということが良く解り。。。

 私はなんだか、思わず頭を抱えてしまったりもしてね(苦笑)


 そんな話をある日お友達にしたら、その夜に、その子からメールが来て、

 「今久しぶりに読んでいた本に、急にウィーン少年合唱院なんて出てきた!!」

 なんて言われ(笑)

 その次の日は、夫が珍しく歯医者に行き、その待合室で何気なく手に取った
 雑誌に、ウィーン少年合唱団特集があったそうで。。。

 あの現実主義な夫も、さすがにその時は少し驚いていたりしました。
 

 前世で自分はお姫さまでした。とか、前世で私は巫女でした。とか。

 例えばそんなヴィジョンを見たりしたとして、それを、今の自分のことを
 よーく解っている誰かに話した時、その相手の反応が、、、

 「今のあなたのその雰囲気や生き方からして、それって信じられない。」

 って感じだとしたら、多分そのヴィジョンは、その人の思い込み、、、
 妄想とか願望なのだろうな。。。と、私はそう思っているのです。


 なので私も、夫や子供達に聞いたのです。

 「ママが前世でウィーン少年合唱団にいたって聞いたら、どう思う?」

 ・・・と。

 身内からは、「まぁ、そう言われても違和感は感じない。」という答えが
 返ってきました。。。



 でもですね。。。

 こんなにシンクロやらなにやらがいろいろ起こったとしても、、、
 私は未だに、これが自分の妄想なのか、それとも本当の前世なのか、、、
 ハッキリ解らないのです。

 妄想。。。というと、ちょっと言葉が悪いですけれども、、、
 潜在意識とか集合的無意識とか、、、

 WMの「ジェネティック・マインド」なんかもそうですが。。。

 そういったGMなどの中をただ単に覗き込んだだけなのか、
 それとも本当に自分が過去に体験したことの記憶なのか。。。

 それは、未だに解りません。


 例えばチベットでは、「虹の身体」と呼ばれているものがあります。

 ダスカロス用語を使って言えば、それは鍛え上げられた
 「サイコノエティック体」。。。

 その身体を使って私たちは、過去の記憶を見たり、体脱をして意識の旅に
 出かけたり出来るようになるそうなのですが。。。


 そういった身体は、自覚を持った修行、訓練を通して鍛え上げなければ、、、
 おそらく出来上がりません。

 そしてそれは、、、そう簡単なことではありません。

 
 でもその身体が出来あがらなければ、おそらく、本当の記憶は蘇らないでしょうし、
 なんらかのヴィジョンを見たとしても、それはその人がGMの中に潜り込んで見た、
 あまりにもリアルな、空想のヴィジョンに過ぎないでしょうから。


 私は、自分の虹の身体が、今どのくらい出来上がっているのか、、、
 それもよく解りません。

 これまでの前世の経験の中で、私は一体どのあたりまで、この身体を
 創りあげてきているのかな。。。と。


 ですから、それが自分でハッキリと解るまでは、こういったヴィジョンは、
 自分の中で保留しておくしかないのです。

 これだけではなく、アトランティスっぽい記憶や、その他のヴィジョンも。


 ただ、こういったものは、それがたとえGMの景色だったとしても、
 それでも、そこから学べることはたくさんあるのですから、そういった
 有効活用だけは、しておきたいですよね(笑)



 虹の身体を鍛えていく、初歩の初歩というのは、、、
 やはり、日々の地道なハートの美徳の実践なのだろうな。。。と。。。

 私は、そう思っていたりします。


 感謝、寛容、理解、勇気、謙虚、同情(慈悲)
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個別記事の管理2014-01-21 (Tue)
 歌、ダンス、そしてキリスト教や仏教。。。

 古い日記を読み返していると、自分はこういったものと、
 縁があるのだなぁ。。。ということを、なんだか感じます。


 小学校にあがる前ですが、バレエとピアノを習いたいと母に言ったら、
 どちらかひとつに絞りなさいと言われ、、、

 だったらバレエ。。。と、あの時は思いました。


 今、歌かダンスかどちらかに絞れ。。。と言われたらどうするだろう?と
 よく考えるのですが、どうしてもひとつに絞れません(苦笑)

 何度も何度も考えるのですが、いつもいつも、どちらかひとつを
 選ぶことは出来ないのです。


 ルーンを学びに行った時に、そこで初めて出会った女性。。。

 ブログでも何度か書きましたが、私がその彼女を見た時、彼女の背後に
 突然、大自然のような風景が広がり、、、

 その時、なぜか私は、彼女の過去生が見えてしまったのです。

 彼女は前世、ネイティブアメリカンのシャーマンでした。


 それを彼女に伝えたら彼女は、、、

 「そうなのよ。見えちゃったのね。」

 ・・・って言ってた。。。


 そんな彼女は今の人生ではヒーラーであり、ヒプノセラピストであり。。。
 また、いろいろと見える、透視能力のあった人で、、、

 その彼女曰く。。。


 「あなたは、歌や踊りに縁のある人だね。」


 ・・・と。


 そういえば私は、、、
 どこかの過去生で、もしかしたらウィーン少年合唱団にいたかも
 しれないのだった。。。と。。。

 古い日記を読み返していたら、そんなことを思い出したりもしました。


 だから、歌やダンスに関しては、、、
 私がその世界から完全に縁を切ってしまうことは、おそらく出来ないの
 だろうなと思うのだけど。。。

 ダンサーになったり、シンガーになったりする人生は、、、
 きっともう、どこかの過去生で体験済みだと思うのですよ。。。


 昨日、お友達のお話を聞いていてすごく思ったのは、、、

 今の私は、大好きな歌や踊りの世界に対する「必死さ」のようなものが、
 全くない。。。ということでした。。。


 これって、やる気がない。。。というのとはちょっと違うのだけど、
 誰かにこの感覚を説明するのは、なかなか難しい。。。


 今日も歌の先生とお話していた時に、私はこんな風に言いました。。。


 「歌は、私の一生の趣味にしたいと思っているから、だから、あんまり無理せず、
  ゆっくりのんびり、焦らずに目指さずに、じわじわとやっていきたいんですよ。」


 ・・・と。


 すると先生も、「それが一番ですよ。」っておっしゃってた。


 瞬発的な力を使ってつけた筋肉は、筋トレをやめた途端にすぐに
 落ちてしまうのです。

 でも、バレエのようにジワジワとつけた筋肉は、たとえ筋トレをやめても
 そう簡単には落ちません。


 あんまり頑張りすぎて、根を詰め過ぎると、その反動が、
 いつか必ずやってくる。。。

 プラスに振れ過ぎれば、その反動で針はマイナスに振れる。。。

 それが、法則ですから。


 そういうことを、私はこれまでの人生の中で、もうイヤというほど
 繰り返してきました。

 特にダンス、、、バレエの体験の中で。。。



 歌やダンスに関する私の今の目標といったらそれは、、、

 「やめないこと」

 これしかない。。。


 継続は力なり。


 これは、その道をひたすらに進んできた人達は、みんな口を揃えて
 言っていることです。


 瞑想なんかもそうです。。。


 何も期待せずに、ただ黙々と続けること。


 でもこれって、意外と難しいことなんです。


 無理することを、ある時からやめました。

 そして、自分に何かを課すことやめました。


 でもひとつだけ自分にやりなさい。。。と言っていることがあって、
 それが、「やめないこと」。

 そして同時に、「楽しむこと」。。。


 ダンカン・ダンスのメアリー先生は、こうおっしゃっていました。


 「ひとつのことをずっと続けると、いろんなことが解るのよ。」


 ・・・って。


 ホント、、、そうですね。


 私の場合、ずっと続けていくためのコツは、、、
 あまり頑張り過ぎないことなのでした。



 バレエのレッスンの、あのピリピリ感が。。。
 本当は、すごい好き。

 そして、やるからには、このくらいやらないとダメ。。。って。。。
 ずっとずっと、そう思ってきました。。。


 でも、娘にそれを課したら、、、彼女はバレエ嫌いになった(苦笑)


 私も、、、
 いろんなことを体験してきました。。。


 今は、ゆるいのが一番。。。と。。。


 やっとのことで。。。
 心の底からそう思えるようになったのです。。。


 こういうのを見ていると、すごくテンションが高くなる自分は、
 未だにいますけど。。。


 
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個別記事の管理2013-12-28 (Sat)
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 6年前の今日、私はこんな日記を書いていました。。。


 私は、自分が子供を持った時初めて、
 自分以外の人の喜びや痛みを。。。
 本当に自分のことにように感じる感覚。。。

 これを知りました。。。

 それまでは、同情することは出来ても、他人のことを
 自分のことのように感じることなんて、ありえないだろうと。。。
 ずっとそう思ってきたのに。。。

 だから、自分がそういう感覚を持てたことが、とても嬉しかったです。。。
 自分の中にも、そういった気持ちがあったのだと。。。
 そしていつか。。。
 自分の子供だけでなく、全ての人に対して、そういう気持ちが持てる人に
 なりたいと。。。
 そう思ったのでした。。。

 無理のように聞こえるかもしれないけど。。。
 でも、ありえない。。。と思っていた心境に自分がたどり着くことが
 一度出来たのだから。。。
 「在りえない」。。。と、決めつけるのはやめようと。。。
 そう思いました。。。


 いつだったかな。。。

 「私は、自分の子供を泣かせてまで、自分が到達したいとは
  思わない。。。」

 と言ったら。。。

 「でも、到達すれば、自分の子供だけでなく、多くの人を幸せに
  することが出きるんだよ。。。」

 そう言われたことがありました。。。

 確かに仏陀は。。。
 自分の子供を踏みつけて、家を出て行きました。。。

 随分、迷ったりもしたけれど。。。
 本当に。。。その人の言う通りなのだけど。。。
 だけど、だったら私はなぜ今生。。。
 母というものを体験しているのかと。。。
 そう考えました。。。


 輪廻の輪からはずれて、無に帰ること。。。


 それは、ゴールかもしれないけど。。。
 きっと。。。それが全てではない。。。


 女性は悟れない。。。と
 あるところでは言われているけれど。。。
 でも、今私が女性でいるのは。。。
 女性でしか体験できない何かを体験したいためだと。。。


 私がここにいるのは。。。
 こうしているのは。。。
 今の私にしか体験できないことを、したいからなのではないかと。。。

 そう思ったのです。。。

 私だけでなく。。。
 全ての人がみんな。。。
 その人でなければ体験できないことを体験したいから。。。
 今、ここにいる。。。


 そうして思ったのは。。。
 いろいろ迷いもしたけれど。。。
 でもやっぱり私は。。。
 全ての人に対して、母親のような気持ちを持てるような人になりたい。。。

 それを人生の目標にしたい。。。

 そういうことだったのです。。。

 自分が到達することよりも。。。
 到達は。。。今生でなくても出きるから。。。


 そういう思いで、今までは。。。
 私と関わる人が、ホンワカした気持ちになれるようにと。。。
 ずっと思ってきました。。。
 
 その人が喜べば私も喜ぶ。。。
 その人が泣けば、私も一緒に泣く。。。
 その人が、自分はかけがえのない存在なんだと、
 心から信じられるようになってもらえれば。。。と。。。
 こっそり魔法をかける。。。(笑)

 そうすることによって、私もとても救われることも多かったけど。。。
 だけど、いつ頃からか。。。
 ただ、ホンワカしているだけではダメなんだな。。。ということも
 解ってきました。。。
 そのホンワカは。。。一時的なホンワカでしかないということに
 気づいた。。。

 本当に大切なのは。。。
 心の底からホッとすること。。。だから。。。

 子供を育てる時。。。
 その子の成長を本当に願うのならば。。。
 時には。。。
 キツイことも言わなければいけないし、誤解されると解っていても、
 冷たくしなければいけない時もある。。。


 その子がきちんと。。。
 自分の足で立って歩いていけるように。。。


 依存することなく、ちゃんと前を向いて、ひとりで歩いていけるように。。。



 その子の。。。
 成長の度合いをきちんと見ながら。。。
 その子が今、どこに立っているのかを見極めて。。。
 私も自分の対応を考えて、変えていかないといけない。。。
 考えても。。。「自分を守りたい」という気持ちが働くと、
 なかなかうまく行動できない。。。
 
 本当に。。。難しいです。。。




 そこまでは。。。
 だんだん解ってきました。。。

 だけど今。。。
 私はそこで止まってます。。。

 今の私の器では、これ以上先には。。。まだまだ進めないみたいで。。。(苦笑)
 自分の器がまだまだ小さいことは。。。
 よ~~~く知ってます。。。

 だから。。。
 いつの日か、自分の在りたい自分になれるように。。。
 これからまた少しの間は。。。
 自分のことを考えてあげないといけないかもしれません。。。
 自分のケアをしないと。。。


 子育てをしている人は、みんな実感していると思うけど。。。
 子供と一緒に親も成長させてもらっているのですよね。。。

 私と出会う全ての人が。。。
 私に何かを教えてくれている。。。
 私を成長させてくれている。。。

 いい場面で出会う人も、いやな場面で出会う人も。。。

 出会う人全てに感謝しながら。。。
 そしてその人達に、どこかで恩返しできる自分になれるように。。。
 来年は。。。自分の内側を更に深く見つめる一年になるかなぁ。。。と。。。

 そんなことを、今朝。。。
 お仕事に行く道の途中で考えてました。。。



 今年胸に響いた言葉たち。。。


 『愛はお互いを見つめあうことではなく、
  ともに同じ方向を見つめることである。』  サンテグジュペリ


 『あなたの正直さと誠実さとがあなたを傷つけるでしょう。
  気にすることなく正直で誠実であり続けなさい。』  マザー・テレサ


 『ほんとうに人を愛するということは、その人が一人でいても
  生きていけるようにしてあげることだ。』  三浦綾子



 
 この日記に書いた想いと、今の私の想いは、全く変わっていません。。。


 「すべてのもののもとはひとつ」

 ・・・という、あの感覚を。。。

 この今のエゴ・パーソナリティでも実現させたいのです。。。

 そのためにエゴを透明にし、魂の波動と一致させたい。。。


 そして、あれから6年も経ったけれども、私はまだまだ自分自身を完全には
 理解しきれていないし、エゴの浄化もまだまだで、一度澄んだと思っても、
 気を抜くとまたすぐに汚れてしまうくらい、それはまだとても、危ういものです。。。

 目覚めたかと思ったら、また、眠りそうになってしまう。。。
 意識がティフェレットに昇ったかと思ったら、またイエソドに落ちそうになる。。。


 お寺や修道院のような聖地に籠っていれば、誰でも聖者になれる。。。
 スピリチュアルの場でスピリチュアル的でいることは、とても簡単。。。

 でもそこから一歩外に出て、一般社会の中、様々な人と接すれば、
 そこからたくさんの影響を受ける。。。

 そういった影響を受けても、決して揺らぐことのない魂のままの自分でいること。。。

 これはとても難しいことだけれども、でも、これがしっかり出来るくらいの
 強くて美しい自分になれればいいな。。。と。。。


 そう思い、、、あれから少しづつ、進んできました。。。


 同時に、私たちはみんな、弱さを持つ人間なのですから、、、
 あまりにストイックになりすぎて、自分を追い詰め過ぎないように注意して、
 時には休みながら。。。

 

 歌うことや踊ることは、私自身を癒してくれるツール。。。
 ここ数年で、そういったものに巡り会えたこと、とても感謝しています。

 これらはおそらく、、、
 心から楽しむことが出来る、私の一生の趣味になるだろうと思います。。。


 「踊っている時のあなたが、きっと、本当のあなたなんだよね。」


 そう言ってくれた人がいました。。。


 安心して素の自分を出すことのできる場所。。。


 それが、歌ったり踊ったりしている瞬間。。。
 そしてこうしてここで、書いていることも。。。


 そういった場を、ここ何年かで、確実に見つけることが出来ました。。。


 でもきっと、歌や踊りは、私の「お仕事」ではないのです。。。


 私のお仕事、、、
 それはもう、なんとなく解ってはいるのですが、今の私ではまだまだ役不足。。。

 ホント、、、おばあちゃんになった頃にやっと。。。なのかもしれません。
 まだまだ、時間がかかりそうです。

 でもね。。。


 「早ければいいってものでもないよ。」

 
 ・・・と、そういって下さった人がいました。。。


 その言葉を心に留めて。。。

 これからも、自分の目標に向かって、ゆっくりと日々精進。。。


 今年の年末は、そんな気持ちになりました。。。


 
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個別記事の管理2013-12-25 (Wed)
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 今日は、出口さんのライヴに行く予定だったのですが、急遽やめることにしました。。。
 すごく悩んだのですが、なんだか体調がとても悪くなってきたので。。。

 
 過去に二度ほど、生牡蠣にあたったことがあり、その時はすごい
 辛い思いをしました。

 あれ以来、生牡蠣は食べないことにしていたのだけど、昨日の
 チーズ・フォンデュには、牡蠣を使ったんですね。

 もちろん、火を通して。。。

 いつもは、念には念をいれて、生食用の牡蠣を加熱して使っていたのだけど、
 生食用は火を通すと、縮んで小さくなってしまうので、昨日は加熱用の
 牡蠣を使いました。

 調理しながら、なぜか、、、
 なんとなくイヤな予感のようなものがしていました。

 おそらく、過去の経験があるから、、、なのでしょうね。

 
 実際その牡蠣はとっても美味しくて、なんだかんだ言いながら食べてしまったし^^;
 夫も娘も美味しいと、喜んで食べていましたが、息子だけは、変なことを言ったのです。

 「うーーん。。。
  牡蠣は嫌いじゃないんだけど、なんとなく今日は、食べる気がしない。」

 ・・・と。


 やっぱり彼は、敏感なのね。。。って思いました。

 私のイヤな予感のエネルギーが、その牡蠣に乗っているのを、
 感じたのでしょうね。。。


 そして多分。。。
 息子のこの一言が、私のイヤな予感に拍車をかけて。。。

 で、体調に出たのだろうと思います。


 だって、あれだけ食べていた夫や娘は、すごい元気ですし、息子も二つほど
 食べたみたいですが、やっぱり元気ですし、だからきっと、この体調の悪さは、
 牡蠣のせいじゃないのだろうなと思います。


 昨日の夜中、気持ち悪くなって大変だったのですが、その時息子がぽつりと。。。

 「あぁ、やっぱり。。。」

 なんて言ったりしたので、余計なのだと思います。


 このように、、、
 私は、自分の思い込みで具合が悪くなるのが得意です(苦笑)


 今日はダンスのレッスンも行けなかったし、ライヴも行けないしで、、、

 でもまぁ。。。
 こういう時は、家でおとなしくしていなさい。という天からのメッセージだと
 思うことにします。。。


 天と言えば、昨日の日記を書いた後に、ツイッターでこんな記事を見つけて
 びっくりしました。


 「天使に翼はない」、カトリック天使学者の見解


 【12月23日 AFP】天使は実在するが、翼はなく、光の筋のような存在だ――
 ローマ・カトリック教会(Catholic Church)の最上位「天使学者」が、
 このような見解を発表した。

 昨今のニューエイジ(New Age、精神世界・スピリチュアル)ブームにより
 天使人気は再燃している。「キリスト教における天使は再発見されている」と、
 レンゾ・ラバトーリ(Renzo Lavatori)神父は伊ローマ(Rome)にある
 華やかなフレスコ画に彩られたルネサンス(Renaissance)様式の
 カンチェッレリア宮(Palazzo della Cancelleria)でAFPの取材に語った。

 ラバトーリ神父はさらに、「天使の存在を感じるほどには、その姿を見ることはない」
 「クリスタル製の花瓶で屈折した太陽光に少し似ている」と語った。

 バチカンが所有するカンチェッレリア宮では先週、天使を描いた美術についての
 会議が開催され、ラバトーリ神父も出席していた。

 同じ会議に出席した美術史家のバレリオ・マッシーモ・マンフレディ
 (Valerio Massimo Manfredi)教授によれば、天使の語源となる
 「アンゲロス(angelos)」という単語が初めて登場したのは、ミケーネ文明が
 栄えた3000年以上前のギリシャだ。アンゲロスとは古代ギリシャ語で「使者」を意味する。

 聖母マリア信仰の聖地「ロレート(Loreto)の聖なる家」のモンシニョール・
 ジョバンニ・トヌッチ(Monsignor Giovanni Tonucci)司教は、天使が明確な
 姿を持たない「純粋な霊魂」であったため、その時々の芸術家たちが創造力を
 自由気ままに駆使したと語り、「天使をめぐる文化史を追うことは人類史、
 あるいは少なくともわれわれの文明史をひも解くことである」と述べた。

 ラバトーリ神父は天使の「再流行」のためには一般的に広まった天使のイメージは
 必要だったと認めるものの、クリスマスシーズンに天使のイメージがちまたに
 あふれかえることには否定的だ。「ある程度は容認できるとしても、あれは真の
 天使の姿ではないことを知っておくべきだ。天使は翼をもっていないし子どもでもない」

 悪魔学の研究者でもあるラバトーリ神父は、今ほど天使が必要とされている時は
 ないと力説する。社会にまん延する世俗化や物質主義が悪魔に「門戸を開いた」からだという。
 (c)AFP/Dario THUBURN



 すごいシンクロだなぁ。。。と思ったと同時に、やっぱりそうだったんだね。。。と、
 また、太鼓判を押していただいたような気持ちになりました。


 やっぱりここは、ラファエルにお願いして、この具合の悪さを
 治していただかないと。。。


 
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個別記事の管理2013-12-23 (Mon)
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 今日はクリスマス・イヴですね。


 我が家はクリスマスというと、必ずチーズ・フォンデュを作ります。
 
 私がまだ小さかった頃からの、伝統になってます(笑)

 結婚して最初の頃は、夫の両親と同居していましたので、そういった
 クリスマスは出来ませんでした。

 でも、別々に住むようになってからは、やっぱり、私流のクリスマスに
 戻ってしまいました。


 一年の内、様々なイベントがあったりしますが、私はこの、
 クリスマスが一番好きです。


 以前は毎年、ものすごいエネルギーを込めて、クリスマスの準備をしていました。

 クリスマスに限らず、ハロウィンとか。。。
 どちらかというと、西洋的なお祭りになると私は気合が入ってしまうようで(笑)

 その日に向けて早々とあれこれ準備したりするのが楽しくてしかたなかったのですが、
 今の家に越してきてからというもの、クリスマス行事を始め、様々なことが
 自分の思い通りに出来なくなってしまい、最初の頃は、それもストレスで
 しかたありませんでした。

 今ではそういったことにあまりこだわらなくなり、すごく楽になりましたが、
 これもまた、流れにおまかせで。。。

 そんな中でも、なんとか継続できているのが、このチーズ・フォンデュ・パーティー
 ですので、今から、夜が楽しみで仕方ありません(笑)


 そんなクリスマス・イヴの日。。。

 今年はなぜだか、天使のことが気になっていたりします。


 以前も何度か書いたことがあるような気がしますが、私は、天使とは、
 「システム」のことだと思っていたりします。

 システム、、、と書くと、なんとなく夢がなくなるような感じもしますが、
 それは、宇宙の法則による、量子?の働きというかなんというか。。。

 そんな感じがしているのです。


 なぜなら、以前こんな経験をしたからです。。。


 数年前、ドリーン・バーチューさんの天使の本が流行っていて、
 天使の話をしている人が私の周りでもたくさんいたのですが、私はというと、
 相変わらず素直ではなくて(笑)

 みんなのように、簡単にそういった天使の話を信じることが出来ずにいました。


 ただ、みんなが言うように、天使に何か印を見せてくださいと願うと、
 意外なところで「白い羽根」を目撃する。。。というような経験を、
 自分でも実際に体験したりしましたので、「これって、どういうことなんだろう?」と、
 そんな風に思っていたりしました。


 宗教で語られるような、人の形をしていて、背中に羽根が生えているという姿の
 天使というものは、人類の想像の産物なのだろう。。。と。。。

 なぜか、そう思っていたからです。


 ある時突然、ひどい頭痛に見舞われました。

 吐き気はするし、立っていられないしで、倒れ込んだのですが、
 人間、本当に苦しいと、藁をもすがるような気持ちになるもので(苦笑)

 あの時は本当に必死で、天使にお願いしてしまいました。

 治療の天使と言われるラファエルに、「助けてください。」と心の底から
 お願いしました。


 すると、閉じた目の奥の遠くの方から、紫色の光が見え始め、その光が
 だんだんと私のほうに近づいてきました。

 光は近づいてくるにつれ、綺麗な幾何学模様に見えてきて、その模様が
 ハッキリと見えた時、急に頭痛がフッと消えたのです。

 「あ、治った。」と思った直後に、私はそのまま眠ってしまったようで、
 目が覚めた時には、すっかり元気になっていました。


 あの体験から、「天使という存在は、やっぱりありだなぁ。」と、、、
 そう思うようになったのですが、それはやはり、よく言われているような
 姿で存在しているものではないのだろう。。。と、そういう思いも強くなりました。


 この宇宙に存在している「システム」を。。。

 どのように受けとめ、どのように解釈し、どのような言葉で表現していくのか。。。

 ・・・というのは、その人の「個性」によるのかもしれません。


 けれども、なんとなく無機質で、そして機械的なシステムだと捉えるよりも、
 それを、「素晴らしく慈悲深い、大いなる存在」として捉えること、、、

 そのエネルギーを、人間の思考の内で翻訳できる形。。。
 いわゆる、普通の天使の形として想像し、接していく方が、、、

 やはり、人生を夢にあふれた、ロマンティックな物語に出来るような
 気がしている、今日この頃です。


 そしてそのほうが、自分自身の謙虚さや、感謝の気持ちを養え、
 とても「神聖な気持ち」、、、というものを、体験できるような気がするのです。。。
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個別記事の管理2013-12-20 (Fri)
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 12月に入ってからは、とても忙しく過ごしていました。

 忙しいといっても、お仕事とかではなく、自分の楽しみのことばかりですので、
 全く疲れたりとかはしないのですけれども(笑)

 それと同時に、古いブログの整理まで始めてしまったので、
 このブログを書く時間や、翻訳をしたりする時間がなかなか持てなくて。


 正確に言ったら、時間がない。。。というよりも、、、
 そのエネルギーがない。。。って感じかなぁ。。。


 それにしても。。。

 この12月に入ってから、なんとなく「変化」を感じています。。。

 よい変化です。。。個人的なものだけど。。。


 ブログ断舎離、、、って、想像していた以上に、意味のあったことみたいです。。。
 私にとっては。。。


 それだけでなく、、、
 今月は、とてもご縁を感じるような方々と、次々とお会いする約束が続き。。。
 
 一緒にご飯を食べながら、いろんなお話をする。。。という、、、
 そんな日々が、今月は本当にたくさん続いていました。。。


 また、改めて会う日取りを決めて、、、というわけでないのだけど、
 たまたま、偶然、少しまとまった時間を一緒に過ごすことになったお友達とも、
 その時に、なんだか、妙に深いところまで切り込んだ話が出来てしまったり。


 そうやって、、、
 今月は、いろいろな方々と、たくさん深いお話をさせていただきました。。。

 そして、みんな、、、
 なんだか、深いご縁を感じるような方ばかりだなぁ。。。と、本当に、、、
 心の底からそう感じてしまってね。。。

 ハートがね、すごい喜んでいるのが解る。。。


 今もこうして書きながら、胸が開いていきそうな感じがすごくしています。


 スピリチュアル的なことに目を向けるようになってからというもの、、、
 付き合うお友達が、ガラッと変わりました。。。

 総入れ替え。。。と言っていいほどです。。。

 昔あれだけ親友づきあいしていたのに。。。みたいなお友達とも、
 もう、何年も連絡さえ取っていません。。。

 自然と疎遠になってしまった。。。


 そして今は、何をしていても、どこに行っても、、、
 なぜか出会うのは、そういう話が普通に出来てしまうような人ばかり。。。


 それを狙ってそこに行っているわけでもなく、全然違う目的で
 行っているのに。。。です。。。

 
 そういうのも不思議だなぁ。。。って思いますね。。。


 本当は、、、解っているけど。。。


 そして、今月の流れの中でしみじみ感じたのは、、、
 
 私はどう頑張っても、スピリチュアル的な世界からは足を洗えないんだなぁ。。。と
 いうことでした。


 もうね。。。それが、しみじみ解りました。


 今月に入ってからお会いしてきた、大切なお友達の方々のひとりに、
 こんなことを言われました。


 「私は自分からスピリチュアル的なことを追いかけているのだけれども、
  Lyricaさんは、スピリチュアルに追いかけられる人ですよね。」


 ・・・と。。。


 そして違うお友達からは、まるで私自身の思いをそのまんま聞かされているような
 気分にさせられるセリフを聞きました。


 「私も、これまでも何度もスピリチュアル的な世界と縁を切ろうと思ったけれども
  もうそろそろ、認めようと思って。」

 
 ・・・って。


 もっともっと自分を浄化して、、、

 自分の周りにいる人、自分と関わる人たちみんなを、
 幸せな気持ちにさせてあげられるような人になれたらいいなぁ。。。
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個別記事の管理2013-12-14 (Sat)
 Artist Three Women by Belle Johnson
  Three Women by Belle Johnson


 先週の終わりごろから、膝が少し痛んでいて。。。

 なので今週は、大事をとってダンスのレッスンはお休みしていました。


 昔の私だったら、少し痛いくらいだったらかまわずレッスンに行って
 しまっていただろうと思いますが、最近は、絶対に無理はしないことに
 しているので、我慢しました。

 明日にハフラを控えているので、無理して痛めてしまっては、、、
 という想いもあって。


 なんだか、いつも思うのですが、、、

 子供の頃から、ここぞ!という時に、体調を崩すことが私は本当に
 多かったです。

 なんで今なの?!って思ってしまうことが。


 今回の膝も、特に何かでグキッとやったわけではないのに、
 なぜだか突然痛みはじめ。

 そんなに強い痛みではないのですが。


 今週は、ハフラに備えレッスンはもちろんのこと、家でも少し
 あれこれやろうと、頭の中ではいろいろと計画していたのですが、
 この膝の痛みで急にテンションダウンしてしまって、結局何も
 やりませんでした。

 あれこれ、、、というのは、ダンスの練習じゃなくて、、、
 ダイエットとかお肌のお手入れのこと(笑)


 夏の発表会の時も、一週間前にリハーサルをやって、さぁ、あと少し
 最後の仕上げに頑張るぞ~(これもダンスの練習じゃなくて 笑)と
 思っていたら、熱で倒れてそのまま寝込み。。。


 昔よりマシになったのは、、、
 本番当日にそれが起こるのではなくて、少しずれてくれることかも
 しれません(苦笑)


 でも、自分のこういう体質?は、子供の頃から気づいていたので、
 楽しみにしているものほど、意識的にスルーというか、、、
 なるべくそこに意識を向けない努力、、、楽しみにしないようにする
 努力?をしていたりしました。

 そのおかげか、最近ではあんまりこういったこともなくなったかと
 思ったのですが、こと、ダンスに関しては、やっぱりちょっとまだ
 コントロールが出来ていないのかしら?なんて思っちゃう^^;


 それだけきっと、好きなのでしょうねぇ。。。やっぱり。


 でもこういうのも、自分の思い込みで起こっていたりするのでは?
 なんて思ったりもしてね。。。

 そう思っても、それをコントロールすることって、やっぱり
 なかなか難しいものですね。


 私は月の星座が乙女座ですが、、、

 乙女座って、精神的なものがそのまんま、身体に出やすいそうなんです。
 ですので、精神的に不調になると、すぐに体調を崩すらしいです。

 精神的な波が、普通の人よりも早く、、、
 もう、「即!」身体に出てしまうそうです。。。


 これを知った時、私は心の底から納得したのを覚えています。


 不調に限らず、精神的に何か波が立つと、身体の調子が変になるのは、、、
 小さなころから実感していたから。


 子育てを通して、随分、、、というか、かなりたくましくなれましたけれども、、、
 若い頃の私は、かなり繊細、、、というと聞こえは良いけれども(笑)
 神経の細いところがありました。

 緊張すると、すぐにお腹が痛くなってしまうような子でしたが、
 乙女座が象徴する身体の部分というのが「腸」だと聞いて、
 これもまた、すごく納得してしまった記憶があります。


 私の場合、このエネルギーは、無意識と関連する「月星座」の部分に
 持っていますので、よけいにそうなのだろうな。と思いました。


 そんなこんなで、、、
 自分はそういった体質、、、というか、エネルギーを持っているのだなと
 知ったことで、その対処法のようなものも、よりクリアに見えてきたような
 気がします。


 ・・・と。。。

 もう占星術はやめよう。と思ったにもかかわらず、、、
 やっぱり、こうして使ってしまいますね(苦笑)

 一度便利な道具の使い方を知ってしまうと、そう簡単にそれを
 手放せないものなのだなぁ。。。と、痛感します。

 
 こういうことももう、「これ!」と決めないで、風の向くまま、気の向くまま、
 これからは、ゆるゆると進んで行きたいと思います(笑)


 また話がそれましたが、何が言いたかったのかと言ったら、、、


 やっぱり、日々の行いがとても大事なのだなぁ。。。と、、、
 この頃すごく思います。

 私のような人は、ハフラに向けてさぁダイエット!とか気合いを入れると、
 それは逆効果で、そのプレッシャーによって体調を崩し、テンションが
 落ちてしまって逆に太る。。。みたいな。

 仮にそれがうまくいったとしても、ハフラが終わると緊張の糸が切れて
 リバウンドする。。。とか。

 ダイエットに喩えましたけれども、これはダイエットに限らず。。。


 特別な日、、、というのは、その日ではなく、毎日が特別な日なんですよね。。。

 その毎日を、本当に「今日は特別な日」と認識しつつ、感謝しながら過ごせば、
 その生き方は、結果として容姿にも現れてくるはずなのです。

 そういうやり方が、、、多分、私にはあっているのだろうと思う
 今日この頃です。。。

 その日に向かって頑張るのではなく、毎日を丁寧に生きることが。。。


 昔の日記の初期の頃を読み返していて思ったのは、、、
 あの頃の私って、そういう風に生きていたよなぁ。。。って。

 自分で言うのもなんですが、あの頃って今よりももっと、
 キラキラしていました。


 あの頃に比べると今の私ってなんというか、、、
 いろんなことが解ってきた分、同時にちょっと、頑固さが
 強くなったような気がする。


 そのあたりは、少し見直さないとなぁ。。。って思いました。


 女性の一生をよく、月の女神で表現しますけれども、

 最初はアルテミス(処女)、それからダイアナ(母)になり、
 そして、ヘカテ(老婆)になる。。。

 私はなんだか、、、
 ダイアナからヘカテに移行中のような気がしてしまった。。。(苦笑)


 あぁ。。。歳をとったのねぇ。。。って(苦笑)


 そういった自然の流れには逆らえないものだし、内面的には
 ヘカテになるのは、悪いものでもない。。。

 ただ、、、
 やっぱり、せめて見た目だけはまだ、ダイアナでいたいかなぁ。。。

 なんて(笑) 


 
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個別記事の管理2013-12-13 (Fri)
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 古いブログを読み返していたら、懐かしくなったので久々に書きたくなりました。

 それは、「レイオルト」のことです。


 このブログでも何度かは書いたことがあるような気がしますが、
 レイオルトというのは、ヴィジョンの中で出会った、光の存在です。

 彼は、、、と言っても、その容姿は男性なのか女性なのかいまひとつ
 区別がつかない感じなのですが、全身が光り輝いていて、何とも言えない
 穏やかな、一緒にいるとこの上なくホッとしてしまうような、、、
 そんな人でした。


 そんな不思議な人と私が初めてコンタクトをとったのは、、、
 もう、覚えていないくらい小さな頃だったと思います。

 小学校の1年か2年生くらいまでは、、、
 これもうっすらとしか覚えていませんが、その存在のことを、
 無邪気にお友達にお話していたこともあったかもしれません。

 ・・・が、3、4年生になる頃にはもう、誰にも言わなくなって
 いたような気がします。。。

 中学生くらいになった頃は、コンタクトすらとれなくなって
 いたのだったと思いますが、何がどうなってだったのかは、、、
 今はもう、ハッキリと思い出せません。。。

 それからはずっと、レイオルトの存在のことなどすっかり忘れて、
 何年も何年も、、、長い月日が流れていきました。


 ウイングメーカーと出会った頃、、、
 レイオルトが再び、私の前に現れるようになりました。。。

 でも、もうすっかり大人になっていた私は、最初はそれは自分の
 妄想だと思っていたのです。。。

 レイオルトの言っていることが、ウイングメーカーの言っている
 こととかぶることも多かったので、、、
 私はますます、これは自分の思いこみで起こっていることなのだと
 いう想いを強くさせていました。

 いい歳した大人が、こんな妄想をしているなんて恥ずかしい。。。
 とさえ思い、レイオルトの話を意識的に無視するようにしていた時期も
 ありましたが、ある時、、、素直になったんですね。。。


 素直にその話に耳を傾けるようになった私に、、、
 彼は、様々なことを教えてくれました。

 素直になったとはいえ、私は性格的に疑い深いところがありますので、
 聴くことに対しての抵抗はやめたとはいえ、言われたことに対しては、
 「そう言われても・・・」と。。。

 その話を自らの力で検証して、それで納得するまでは、彼の言っていることを
 なかなかすんなりとは受け入れられませんでした。

 でもそれも、、、
 散々検証を重ねまくった後に、レイオルトの言っていることは
 やっぱり間違っていないのだ、、、と、、、

 彼の存在、そして彼の言っていることを、完全に認める日がやってきました。

 エゴはその時、、、やっと降伏したんですね。。。
 


 そういう存在に出会ったとしたら、誰でも思う疑問があると思います。

 それは、、、


 「あなたは誰?」


 という疑問。。。


 小さな子供の頃、彼にその質問をしたかどうかは覚えていないけれども、
 名前を訊ねたことはありました。

 その時彼は、「あなたの好きに呼んでいい。」と言ったので、私は彼に、
 「レイオルト」という名前をつけたのです。

 星の図鑑で、「レイオルト」(もしくは「レイオル」)という星を見つけ、
 そこからつけました。。。

 でもその星は、、、今、どこを探しても見つかりません。。。


 あの出来事は本当のことだったのか、それとも幼い日の夢だったのか。。。
 それとも、脳の錯覚による間違った記憶なのか。。。


 それを確かめる術は、どこにもありません。。。


 そうやって名づけたレイオルトに、大人になって再会した時、、、
 私は彼に、「あなたは誰ですか?」と聞いたのですが、
 最初彼は、それには答えてくれませんでした。


 私は最初の頃、彼は自分のハイアーセルフか何かなのだろうと
 考えていました。

 自分の魂の姿とでも言うのか。。。


 でも、あまりにいろいろと不思議なことが続いていた頃は、、、
 彼は私自身ではなく、それこそ、セントラルレイスなの?!なんて
 思っていた頃もありました。
 

 彼の話を聞いていると、私自身が自分でそれを考え出しているとは
 とても思えなかったからです。。。


 そんなある日、、、
 彼はとうとう、自分が何者であるのかを明かしてくれました。。。


 「私はあなたです。」


 ・・・と。


 彼のこの言葉が、本当は何を意味していたのか、、、

 実のところ、それは今でも謎のままです。。。


 私は、、、
 自分自身で、自分が心底納得できる意味を、、、
 考えだしていくしかありませんでした。。。


 レイオルトとの対話が何年か続いた後、、、
 だんだんと、彼が姿を現す頻度が少なくなり、そしてそのうち、
 完全に消えてしまいました。。。


 彼がなかなか出てきてくれなくなった頃は、私は最初は焦り、、、
 必死で彼を呼んでしまうこともありましたが、ある時こう言われました。。。


 「必要なことは、統合なんだよ。」


 ・・・と。


 今でしたら、レイオルトの言っていたことの意味が解るのです。。。


 レイオルトという存在が何であれ、、、
 当時の私にとって彼は、「私ではない誰か」という感覚でした。。。

 
 10代の時の神秘体験により、「Nothing but Everything」については
 深いところでは理解していたにせよ、「夢の登場人物としての私」、
 要はエゴにとっては、自分の知らない世界についてこんなによく知っていて、
 そしてそういったことを教えてくれる彼は、ある意味、「先生」でありました。

 レイオルトという人がどんな形で存在しているにせよ、エゴが彼を
 先生として感じ、その彼に、知らないことを教えてもらっている状態というのは、、、
 
 それは、「教師と生徒」の形。。。

 いわば、「発展・救済モデル」の域を超えてはいなかったのです。。。


 レイオルトと出会えたことで満足するのではなく、、、

 そこを超えて、私自身が、レイオルトと同じレベルにまで、
 自分自身を成長させなければいけなかったんだ。。。ということに、
 ある時、気づいたんですね。。。


 彼の言葉を伝えるだけの人ではなく、、、
 私(のエゴ・パーソナリティ)が、自分自身の言葉で語れる人にならなければ。。。と。。。


 それが、彼の言っていた「統合」の意味なのだろうと。。。



 レイオルトは、、、
 知識的なこともいろいろと教えてはくれましたが、それは、
 学び始めた最初の頃の、私のエゴ、、、マインドの好奇心を
 満足させはしたものの、それはそれだけでした。
 
 今になってみれば、そういうことを知ったからといって、、、
 何かが変わるのかと言ったら、そういうことでもなく。。。


 ただ、、、
 そういった部分から、まずはエゴをおとなしくさせないと、
 エゴ(低次マインド)は、その先の大事な話を聞こうとしないから(苦笑)


 知識だけでなく、「パワー」というものも、、、
 エゴをおとなしくさせる一つの手ではあるけれども、、、

 結局それは、、、それでしかないのです。。。



 私がレイオルトから本当に学ばなければならなかったものは、、、
 それこそ、言葉では語れないものだったのだろうと思います。。。


 それは、レイオルトが体現していたもの。。。

 その存在から放たれる、あのエネルギー。。。


 そのエネルギーによって、私は、、、というか、私のエゴは、、、
 サレンダーさせられ、そして、自分もそういう風になりたい。。。と。。。

 自分のハートの声に耳を傾けようとする努力を始めることになったのだろうと、、、

 そんな風に思います。。。



 この世は、地球だけでなく宇宙も、、、そして高次元も、、、
 本当はみんな、幻想。。。夢。。。

 私達人類も、レイオルトも、セントラルレイスも、、、
 本当はみんな同じ、夢の中の登場人物。。。

 
 その夢を見ている意識、、、
 ファーストソースが、そのすべての唯一の正体。。。


 ですから彼は、、、というか、彼も、、、

 やっぱり、「私」なのです。。。



 レイオルトと出会えて一番良かったな。。。と思えたことは、、、

 彼がそれを体現して見せてくれて、、、
 素晴らしい在り方のお手本を示してくれたこと。。。


 そこに私は、、、一番感謝をしています。。。
 
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個別記事の管理2013-12-09 (Mon)
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 少し悩み中、、、というか、迷い中なことがあります。。。


 今、ボイトレのレッスンでは、倖田來未の歌を練習しています。。。

 彼女の歌が特に好き、、、という訳ではないのですが、地声で
 パワフルに歌えるようになるための練習曲として、何かいいのはないかな?と。。。


 私がボイトレを始めた一番の理由は、、、


 「目指せ、サラ・ブライトマン!」


 でしたから(笑)

 本当は、地声でたくましく歌う歌い方は出来なくてもいいし。。。
 元々は、そういった歌い方にはそこまで関心がなかったのですが。。。


 私自身は、どちらかというと裏声系で歌うタイプだったのだけれども。。。
 先生は、いろんな声の出し方を覚えて、その上で自分にあった歌い方を
 選んでみてはどう?ってね、、、

 レッスンを始めた頃におっしゃっていて。


 先生にそう言われてしまったら、これはもう、、、
 いろんな世界に興味を持ってしまう私の射手座の血が騒いでしまって(苦笑)


 それもそうだよね。。。って、そう思ったのだけど。。。

 (↑これも柔軟宮らしい選択 笑)


 でもねぇ、、、
 この頃気づいてしまったのだけど。。。

 
 地声で高音を出せるようになるために、、、という目的で選んだ歌は、、、
 (自分で選んでいるのですが)、歌っていても、全然楽しめないの(涙)

 
 まぁ、当たり前といったら当たり前ですよね。。。

 自分の満足いくように歌えないのですから、気持ちよくならないのは
 当然です。。。


 何も解っていない頃は、素人の範囲では楽しめるものだけど、、、
 いざ本格的にやってみると、いろいろと壁にぶち当たる。

 その壁にぶち当たった時、そこで挫折すれば素人のまま。
 でも、そこを乗り越えて次に進めれば、素人の頃には味わえなかった
 もっとすごい楽しさを味わえる。


 ただねぇ。。。

 昔と違って、今は何も目指していない私には、その、、、

 「楽しめない」という現実を、どう受け止めたらいいのか。。。と。。。

 今、そのあたりに関して、悩み中なのです。。。



 先生も、決して無理強いするような先生ではなく、基本はあなたのやりたいことを
 やっていいんだよ。。。という姿勢ですので、私が「それはイヤです。」と
 言えば、それでよいという。。。

 完全に、選択権は私にあるという中で。。。



 これは私がまだ、未熟なせいだからなのだけれども、、、
 地声のレッスンは、喉に少し負担がかかります。。。

 もう少し身体の使い方をマスターして、コツを体得すれば、喉にはそこまで
 負担はかからなくなるのでしょうけれども、そうなるまでの間、、、
 ちょっと不安があったりもするのです。。。


 これを続けていたら、声楽のほうに、支障が出やしないかと。。。



 先生はね、、、

 「あなたは感情や雰囲気を作っていくこととか、裏声に関しては、
  もう全然出来てしまっているから。」

 と、おっしゃってくれていて。


 だから、私の出来ない「地声での高音」を、私がしっかり出せるように
 なったとしたら、きっと、先生も嬉しいのだろうと思うのです。

 サラ・ブライトマンの歌を見てもらっていた時と、今の歌をやっている時では、
 先生の「気合い」が違うのだもの(笑)


 それはそうですよねぇ。。。

 生徒を成長させてあげることこそ、先生の喜びですものね。。。



 でもなんだか。。。
 こうして書いているうちに、ちょっと見えてきたような気がします。。。


 ひとつは、、、
 とりあえずこのまま、地声のレッスンを続けてみる。。。


 なぜなら、私はいつも、壁にぶつかるとイヤになってしまう人だった。。。
 ということを、書いていたら急に思い出したから(笑)

 また、なんだかんだと理由をつけて、同じことを繰り返すところだったと、
 今気づいた。。。


 あとは、あんまり頑張って練習しないことにしました。

 なぜなら、やると決めると、とことん頑張ってしまうところがある私は、
 練習のし過ぎで、どこかを痛めてしまうということが多々あった。。。
 ということを、書いていたら思い出したから(笑)


 なるほどぉ。。。


 モヤモヤが晴れて、スッキリしてきました。。。


 でも。。。

 発表会ライブとかカラオケの時は、、、
 やっぱり、サラ・ブライトマンを歌うことにします(笑)


 そういうところでは、「楽しむこと」を最優先にしよう。。。


 いつか発表会で、絶対にこれ、歌いたい☆


 
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個別記事の管理2013-12-01 (Sun)
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 父の意識が戻らなくなり、病院の先生に「あと一週間持つかどうか、、、」と
 言われていた頃でした。

 ふと見ると、私のいた部屋の網戸のところに、一匹の綺麗な蝶が止まって
 いるのに気づき、私はなんだかそれが、父のような気がしてしまって。

 それでその蝶のところに行って、心の中で話しかけていました。


 「こっちのことは何も心配しなくていいし、後悔とかもする必要は全くないから、、、
  決して振り向くことなく前を向いて、次のステップに進んでね。」


 ・・・と。。。

 そんな感じのことを、たしか言ったのだったと思います。。。


 私が心の中でそれを言い終わったちょうどその時、、、
 その蝶は飛び立っていったので、何とも言えない気分にさせられたものです。。。


 それから数日後、夜中に病院から連絡があり、、、
 でも、私たちが駆けつけた時は父はもう既に旅立ったあとであり、
 私たちは病院の入口のロビーでしばらく待たされていました。

 その時、いきなりその入口の自動ドアが、勢いよく開きました。

 ロビーには他に誰もいなかったので、外から誰か入ってきたのかと思い、
 私たちは一斉にそちらを見たのですが、そこには誰もいませんでした。

 そして、ドアは静かに閉じました。。。

 その時、私たちみんなが思っていたことは、多分同じだったと思うけど、、、
 誰も何も言いませんでした。


 でもそのすぐあと、どこからともなく、ゴキブリが現れて。。。
 そのゴキブリはヨロヨロした足取りで、まっすぐ私と子供達のほうに
 向かってくるの。。。

 母やおば達、そして弟達はそれどころではなかったみたいで、その
 ゴキブリには気づかなかったけれども、、、

 私と夫と子供達は、そのゴキブリをみて、、、みんなで苦笑いしてしまった。。。


 病院の人に案内されて、霊安室に入った時、、、
 私は一生懸命、父のオーラを見ようとしてしまいました。。。

 その時見えたのは、エーテル体と言われている、身体を包む膜みたいな
 オーラだけで、普通だったら身体の外に大きく広がっているオーラは、
 全然見えませんでした。。。


 父の葬儀の時、そこには一匹のハエがいて。。。
 私達身内の周りを行ったり来たりしていてね。。。

 払っても払っても戻ってくるので、親戚の誰かが、、、

 「あれってもしかしたら、そうなのかもね。」

 なんて言ったりしていました。


 そして葬儀が終わったあと、気づいたら我が家のキッチンに一匹のハエがいて。。。

 母とかは、平気でそういうハエを取っちゃうのだけど^^;
 取っても取っても、なぜかどこからともなくまた、一匹のハエが
 入ってきてしまうの。。。

 私や夫、そして子供達はみんな、「・・・・・・」って感じで、
 それを見守っていたのだけれども。。。

 不思議なことに、父の四十九日の法要が済んだあとからは、
 ハエはパッタリといなくなり。。。


 約一ヶ月ほど前に、その父の弟であるおじさんが亡くなりました。。。
 まだ、四十九日は迎えていないようだけど。。。

 そのおじさんの葬儀のあと辺りから、、、
 我が家のキッチンにはまた、ハエが一匹、ずっといるのです。。。

 だから、夫や子供達と、「もしかして?いや、まさかねぇ。。。」みたいに
 今言っていたりします。

 そしてやっぱりね、、、
 そのハエをとってしまうことが出来ない私です(苦笑)


 おじさんの四十九日が済んだあとに、また消えたりしたら、、、
 これはもう、すごい不思議だよねぇ。。。って、みんなで話しています。



 「人は死んだらどうなるのか?」


 今の私に言えることは、「それはもう、自分が死んでみないと解らない。」
 ということだけです。


 だから私たちはみんな、、、
 自分の知っている範囲内で、その出来事に意味をつけていくことしか、
 多分、出来ないのでしょう。。。


 虫たちとの出来事に、科学的な説明をつけようとすればね、、、
 多分、つけられると思います。。。


 神様の作ったカラクリを、いつか人間が解明してしまう日も来るのかもしれません。。。


 ただ、「人情」として、、、

 「これってもしかして、父の魂が、、、」

 ってね。。。

 人ってやっぱり、自然とそういう風に思いたくなるように出来ているのだなぁ。。。
 とも思います。。。


 そうやって、この人生のドラマを堪能できるようにと。。。


 
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個別記事の管理2013-11-29 (Fri)
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 アンビリバボーの、アレクサンダー博士の臨死体験についてのお話を
 観ました。


 博士のお話を聞いていてふと思い出したのは、『コンタクト』という
 映画のことでした。


 
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ジョディ・フォスター、マシュー・マコノヒー 他

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  あの映画でもジョディ・フォスターの演じたある科学者は現実主義者で、
 神を信じていなかったのだけれども、ある体験をしてからは、一転して
 そういった世界を信じるようになりました。。。


 人ってやっぱり、、、
 自分自身が体験したことというのは、誰かに何と言われようとも、
 否定できないものですよね。。。



 番組の感想としては、、、

 「脳幹」では、そこまで鮮明なヴィジョンを見ることは不可能。。。
 
 ・・・という点に、もっと突っ込んでほしかったなぁ。。。

 そこらへんが、今とっても興味あるところだから。。。

 
 あとは、記憶というのは本当に脳が司っているのか、、、

 という点についても。


 記憶は心臓とか、あとはよく言われているようにアストラル体とか、
 そういった、脳とは違う部分に残るという説もあったりしますものね。


 もちろん、、、
 ああいった番組でそこまでやるはずないですけどねぇ。。。^^;


 あの世はやっぱりあるんです。。。

 ・・・というところで話を終わらせないで、もっと次のステップに進んで
 ほしいのです。。。


 なぜそういった世界が存在するのか、私たちがそういった世界を体験するのは、
 どのような仕組みになっているのか。。。って。。。


 そのあたりが、もっともっとクリアに解明されていけばいいのに。。。
 って思います。



 番組を観たら、例の脳の本を読み返したい気持ちになったけれども、、、
 でもやっぱり、、、発掘するのがめんどくさくて^^;


 
死と神秘と夢のボーダーランド: 死ぬとき、脳はなにを感じるか死と神秘と夢のボーダーランド: 死ぬとき、脳はなにを感じるか
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 どうしても必要!!って時は、頭でめんどくさいと思っていても、
 身体が勝手に動き出したりするので、そうならないってことは、
 今はまだ、読む必要ないのかもね(笑)


 それから、、、
 番組の中では、こんなエピソードが紹介されていましたが。。。


 博士は臨死体験中、あっちの世界で見知らぬ美女と出会い、

 「あなたはみんなから愛されている。だから今は向こうへ戻りなさい。」

 ・・・と言われたそうで。。。


 その見知らぬ美女は、、、
 いろいろと訳あって、今まで一度も会ったことのなかった実の妹だったということが、
 その体験の数年後に発覚したのですって。。。

 しかもその妹は、博士が臨死体験する以前に亡くなっていたのだ。。。と。。。

 
 こういった話を聞いた場合、昔の私だったら素直に感動して、、、
 それこそ涙を流して胸がジーンとなったりしたのでしょうけれども、、、

 今ってもう、、、そうならなくなってしまっていて。。。

 これって、、、
 嬉しいやら、、、ちょっと寂しいやら。。。(苦笑)



 このエピソードを聞いた時、とっさにこの本のことが浮かんでしまったの。。。


 
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 「記憶の錯覚」 


 という、脳の錯覚についてのお話のことが。。。


 こういうことを知ってしまうと、、、
 こういった体験談をクールに分析してしまうようになり、、、
 素直に共感したりとか、感動したりとかができなくなってしまったりしますねぇ(苦笑)



 ただね。。。

 こういった本と出会ってしまったことも、やはり私にはきっと必要な
 ことだったのだろうなぁ。。。とも、思っています。


 私と本との出会いというものは、いつも偶然とか、たまたま、、、で。。。

 そして出会った時に、直観的に読みなさい、、、って言われているように
 感じた本でなければ私はまず読まないし、、、

 また、そうやって読みだしてもいつもだいたい途中で飽きてしまうのに、
 めずらしく最後まで読み通せた本というものは、、、

 やっぱりそれだけ縁を感じるから。。。


 上の二冊の本って、そんな風に、私にとっては珍しい本の中の一部。。。 



 そういう風に「出会った本達」によって、少しづつ少しづつ、
 私の中に養われていったもの。。。

 そういうものもまた、、、
 今の私というものを作る欠片になっている。。。


 そこに書かれていたことの詳細は、顕在意識では忘れてしまっていても、
 きっと、潜在意識には確実に刷り込まれているはずで。。。

 あの番組を観た私の胸に、なんとなく「違和感」が残るのは、、、
 その原因は、そうやってそこに刷り込まれた「記憶」なのかもしれない。。。と。。。


 そして私は、、、
 この違和感を感じている限りは、こういった臨死体験の記録を
 証拠としていくつ並べられたとしても、、、


 きっとどこかで、物足りないままなのだろうなぁ。。。


 でもその、釈然としない気持ちがきっと、、、
 次へ進むステップの原動力となったりもするのでしょうね。。。



 こういった「物足りなさ」を解消してくれるものに出会えたら嬉しいなぁ。

 ウイングメーカーと出会った時みたいに。。。



 そんなことを思いながら番組を観ていた時、、、

 脳神経外科で、臨死体験やあの世の存在に関しては完全な否定派だった博士に、
 こういう体験が起こったということ自体が、、、

 人類全体にとって、実はすごく意味のあることだったんだなぁ。。。

 ・・・なんて感じました。


 アレクサンダー博士という、行動力もあり、説得力もあるひとりの脳神経外科が、
 ああいった臨死体験を自分自身で体験し、それによって、今まで否定していたものを
 信じるようになったこと。。。

 目に見えない世界の存在を。。。

 この「事実」こそに意味があるのだなぁ。。。ということを、、、


 彼のような人の意見というものは、、、
 世の中を動かす力があるし、それはもしかすると、彼が在籍している
 今の科学界に変化を起こすための、起爆剤になるのではないかなぁ。。。
 
 ・・・なんてね。


 そんな気がしたのでした。
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個別記事の管理2013-11-28 (Thu)
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 バレエをやりたい!と親に訴えたのは、4歳の時でした。

 実際に習わせてもらえたのはもう少しあとだったけれども、
 でも私は4歳の時からずっと、バレエを愛し続けてきました。


 いろいろ理由はあったのだけど、、、
 なんであの時やめてしまったのかなぁ。。。と、今でも時々、、、
 ふとそんなことを思うこともあるけれども。


 これもまた、、、完璧な運命の流れなのだということも、、、
 やっぱり、解っていて。。。



 あんなに厳しい世界って、他にないよね。。。

 ・・・って思うくらい、バレエの世界って厳しいです。


 ヨガ行者もビックリなくらい、身体は細く柔らかくないとダメだし、
 トゥシューズでつま先は血だらけになり、足は変形し。。。
 超人みたいなポーズを作らないといけない時は、たとえ身体のどこかが痛くても、
 外でそれを見せることは一切NGで、顔では華やかな笑顔を作らないといけなくて。。。

 そして、、、
 いつも今の自分を否定しながら、日々の練習に励む。。。

 こんなんじゃまだまだダメ。もっと上手にならなければ。。。と。。。

 
 そうやって、常に上を目指して、常に完璧さを求めて。。。


 理屈抜きで、、、
 本当にバレエを愛していないと、やってられない世界です。。。

 そして、打たれ強くないと。。。


 だからね、、、
 私の中ではバレエって、自分の中の男性性を思いっきり活性化させて
 踊るものだというイメージが出来あがっているのです。


 そして、理想を目指すのが大好き、、、という点においては、
 射手座の私には、ぴったりな世界だと思いません?(笑)


 私は今でもバレエをすごく愛しているけれども、、、
 でも、、、もうさすがに、自分ではとても踊れないと思っていたりします。


 ある時、ベリーダンスの世界に飛び込んだ時。。。

 同じ「ダンスの世界」なのに、全然違う~~~って、、、
 最初はただただ、唖然。。。という感じでした。

 そして、「私がこの世界に馴染めるのかしら?なんだか無理そう。。。」
 ・・・と、そんな不安もどこかにありました。


 今ではすっかり馴染んで、楽しんでいますが(笑)


 でも何と言うのかな。。。
 
 今の私の、ベリーダンスの世界との関わり方というのは、
 バレエの時と比べると、非常にゆるいです。。。

 バレエの時みたいな、「がむしゃらさ」とか「一生懸命さ」とか、
 「盲目的にそこに没頭する」とか、、、

 そういうのが、全然ないんです。


 こうやって書くと、誤解を招きそうなのだけど^^;

 でも私の中では、これでいい。。。これが、いいんです。。。

 この境地こそ、、、
 実は私の目指していたところだから。。。


 バレエはものすごく大好きだったけれども、同時に苦しいものでもありました。。。

 頑張りすぎてしまってね。。。
 そして、目指しすぎてしまって。。。


 今の私は、ベリーに関しては何も目指していないから。。。


 ただただ、その時を心から楽しく踊っていたい。。。
 ただ、それだけで。。。


 技術の上達というものは、、、そのあとに「おまけ」でついてくるものだとね。。。
 そんな風に、今は思っています。


 だからもう、昔のように無理してストレッチをやって筋を切ってしまう、、、
 なんてことも、しないでしょう。。。

 ストレッチも、ただ気持ちよく伸ばせればいいや。。。みたいな心境に。。。
 やっと、、、なれました。。。



 でもね、、、
 若いうちは、やはりどんどん目指した方がいいとも思っています。。。
  
 まだ色んな意味で未熟なうちから、「このまんまでいい」って
 いってしまうのも、どうなのかしら?って思うから。。。

 
 子供達にも、これからもいろんな経験をして、そして少しは苦労も経験して、
 今は何か目標を持ってそれに向かって頑張っていて欲しいな。。。なんて、
 思っていたりします。


 ゆるくなるのは、、、歳を重ねてからでいいのです(笑)


 ベリーダンスの世界自体がゆるいものだとは、決して言いません。

 これは単に、私の捉え方の話です。


 捉える人によっては、そこはものすごく厳しい世界のように映ることも
 あるでしょうから。。。

 たとえば、、、
 バレエに比べたら断然自由なベリーの世界でも、長い歴史の中で、
 やはり少しづつその体系は形成され、「ここは、こうしなければいけない」
 という、「規則」のようなものは生まれてしまっています。。。

 ですので、頑なに伝統を守るようなタイプの先生は、結構あれこれと
 うるさいことも言うでしょうから、そのあたりはいくらベリーといっても
 「制限」を感じる場面もあったりするでしょう。。。


 ただ私の中では、、、
 ベリーダンスは、自分の中の女性性を活性化させて踊るダンスとされていて、、、

 それがどういうことかといったら。。。

 自分のすべてを受け入れ、ただありのままの自分で踊る。。。ということ。


 ですから、基礎の最低限のことを身につけたあとは、その踊っている本人が、
 心の底から「楽しい」と感じて踊れるのが一番いい。。。と。。。

 そんな心境です。


 プロを「目指す」人には、こんなことを言っては、もちろんダメだけど(苦笑)


 バレエが、血のにじむような努力と共に、ダイヤモンドのように輝く、
 眩しい極上の美を創りあげていくものだとしたら、、、
 
 ベリーは、ありのままの自分を解放させて、誰の中にも最初からある、
 透きとおるようなシンプルな美に光をあてるもの。。。


 私の中では、そんなイメージです。


 
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個別記事の管理2013-11-26 (Tue)
 Artist ~ Matteo Alfanotti
  by Matteo Alfanotti


 昨日ふとしたことから、こんなサイトにたどり着きました。。。
 

 12星座取扱い説明書


 ここで、自分の太陽星座である射手座の取り扱い説明書を読んでみたら、
 なんだか爆笑してしまいました。


 「射手座は束縛嫌い!少しでも不自由を感じると一目散に逃亡!!」


 ・・・って。。。(爆)


 でも、ここに書かれていることって、自分にほとんど当てはまるなぁ。。。
 なんて思いながら読んでいました。

 当てはまりすぎちゃうから、爆笑しちゃうのね、きっと。


 まだ、射手座までしか出ていないようだけど、、、
 そのうち、続きも出るのかな?


 なんだか、12星座の中で一番おバカっぽいことを書かれているのって、
 いつも射手座のような気がして。

 それを笑い飛ばせてしまう自分を見ていると、やっぱり私って、
 射手座なのねぇ。。。なんて思ったりもします(笑)


 楽天的。。。というのは、射手座のキーワードですものね。


 前に何かで読んだことがあるけれども、12星座中、一番男らしい星座は?
 というアンケートで、ダントツ一位だったのが、射手座でした。
 その次が獅子座だったかな?たしか。



 占星術のことをよく知れば、太陽星座だけでは、その人のことを
 本当に知ることは出来ない。。。って思うようになりますけど、
 でもその逆に、占星術というツールを本格的に扱えば、恐ろしいことに、
 その人のだいたいのことは解ってしまうということも同時に解り。

 だから私は、こういうのはもう、自分自身の「答え合わせ」以外には
 あまり使わないようにしようと、ある時決めたの。


 自分のこともそうだけど、相手のこともまずは、、、
 自分のハートを通して感じたいよね。。。

 そうやって自分自身で感じたことを、ずっとあとになってから
 ホロスコープで答え合わせするのならいいけど、最初からホロスコープを頼って、
 「この人はこうだから、こうするのがいい」とか考えながら付き合うのって、
 なんだか打算的で嫌だなぁ。。。ってね。

 そう思うようになったのです。


 ホロスコープを通して自分や、相手のことを知ろうとすることって、、、
 なんだか結局、マインドを通して理解しようとしているような感じがしちゃってね。


 やっぱり、人とのお付き合いは、ハート to ハートがいいなぁ。。。
 私は。。。


 まずは出来事があり、体験があり、、、
 
 その体験を通して自分で感じたり考えたりすることが好き。。。
 知識は、その答え合わせのように使うことが好き。

 先に知識から入っていくのは、好きじゃない。


 
 射手座が12星座の中で男らしい星座だとすると、女らしい星座って
 どれだと思います?

 そういう時だいたい、蟹座と魚座があがるのですけれども、、、
 私は個人的には、蟹座が一番女性っぽい星座のように感じていたりします。


 射手座と蟹座には、共通するところがまったくないの。

 射手座は、「陽」であり「火」であり「柔軟宮」
 一方蟹座は、「陰」であり「水」であり「活動宮」

 魚座は、「陰」であり「水」でありなんだけど、「柔軟宮」なので、
 そこだけ射手座と一致しているのです。


 男星座は、射手座と獅子座。
 女星座は、蟹座と魚座。

 ・・・があがっている中、私のイメージだと、

 The男、、、は射手座で、The女、、、は、蟹座というイメージかなぁ。。。
 やっぱり。


 なので、蟹座の取説もなんとなく読んでみたのだけれども、、、
 こちらは、、、笑えはしなかった^^;


 やっぱり、射手座とはツボが全然違うのねぇ。。。なんて思いながら
 読み進めていたのですけれども、でも、あれ?という部分がありました。


 つい数日前にね、ツイッターでこんなことをつぶやいていたのですけど。。。


 普段、「感情レベル中心」で生きているタイプと「スピリットレベル中心」で
 生きているタイプというのは、世界の体験の仕方が違うのだろうなぁ。なんて思います。

 占星術用語を使うとすれば、「火」のタイプの人って、感情のアップダウンが
 まったくないわけではないけれども、あんまりそこには巻き込まれない感じがする。
 常に観察モード。。。みたいな。

 「水」が強い人は、その感情のアップダウンに思いきり巻き込まれる・・・
 そんな感じがします。

 そうやって、「体験の仕方」が違うんだということを理解していれば、
 自分と違うタイプと一緒にいても、そんなにグッタリしなくて済むのかもしれません。

 私は、完全に「観察タイプ」で、感情のままに何かを言ったり、
 行動したりということって、ほとんどありません。

 私が「もうダメ」という時は、よっぽど我慢の限界か、あとは今はそういう風に
 言う必要がある、、、と「思考」の部分でそう判断した時に、言ったりするのだけど。

 「感情タイプ」の人は、その場の感情にそのまま巻き込まれて、
 喜んだり怒ったり泣いたり笑ったりをそのまんま、思考を通さずに
 表現することが多いんだな。。。と、見ていて思います。

 どうしたら感情にまきこまれずに、中庸でいられるか、、、みたいな
 アドバイスを淡々と語られるよりも、感情タイプの人は、その時一緒に
 喜んだり怒ったり泣いたりと、共に感情に巻き込まれてアップダウンして
 もらったほうが、実は嬉しいのだろうなぁ。って思います。



 これってね。。。
 実は、ある蟹座の男性との体験を通して、自分が感じたり
 考えたりしたことをメモ的に書いたものでした。


 そうしたら、蟹座の取説に、、、


 感情的に生きている蟹座の気持ちの上下は一目瞭然、見たまま。
 落ち込んでいるとき、悲しいときは、ぐったりとして泣いています。
 そんなとき、問題の解決方法をアドバイスしてはいけません。
 蟹座はそんなことは聞きたくないのです。彼と別れたほうがいいとか、
 スキルアップのために転職すべきとか、理路整然としたアドバイスは
 蟹座を怒らせるだけ。蟹座は、「そうだよね~!」と一緒に泣いたり
 怒ったりしてほしいだけなのです。



 ・・・って書いてあったので、思わず苦笑いしてしまいました。


 「共感」って、、、
 射手座には、微妙に苦手なものだったりもするのかもしれませんねぇ。

 だって射手座って、視野が広いのが特徴だったりするから、
 どうしても、「共感」ではなくて「観察」モードになってしまう傾向が
 あるような気がするから。

 自分を見ているとね。


 でもね、、、
 面白いなぁ、、、と思ったのは、「私」という一個人的感覚を捨てて、
 ひとりの女性としてこの、蟹座の取説を読んでみると、、、
 
 ここに書かれていることが突然、すごーーーく理解出来てしまうの。。。


 蟹座のキーワードは「I feel(私は感じる)」。データをそろえ、
 何時間もかけて説明して納得させようとしても、「なんかヤな感じ」の
 一言ですべてぶちこわしてくれます。



 ・・・って、こういうところ、自分にもあるから(笑)


 夫なんて、「証拠がないと信じられないんだよね。」なんてよく言ってるけど、
 私は逆に、「どうだ!こんなに証拠があるんだぞ!」とか言われると、
 それでもうドン引きしてしまって、聞くのもイヤになってしまうところ、
 ありますから。


 男らしい射手座気質を持つ私でも、、、
 女性である限りは、蟹座エネルギーを理解出来ない。。。ってことは、
 きっとないんだな。。。

 ・・・と。

 ちょっと、不思議な気分になりました。


 数年前まで、私の課題は「魚座エネルギー」の理解だったのだけど、
 ここのところは、「蟹座エネルギー」の理解でした。

 その突破口がちょっと見つかったような気がしました。



 ※追記(11/27)

 一晩明けてみたら、、、
 いや、男らしい星座の一番は、やっぱり獅子座だなぁ。。。と、
 考えが急に変わりました。

 やっぱり射手座って、言ってることがコロコロ変わるのかしら?(笑)


 
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